破裂音とVOT

このページで使うサンプルファイルは以下の通りです。右上に表示されるアイコンをクリックするとGoogle Driveを開くことができます。

今回は破裂音の音響分析を行います。

(1)破裂音

まず,サンプルファイルの ta-da.wav をダウンロードしてPraatで開き,スペクトログラムを観察してみましょう。

このサンプルファイルは複数の発音から成っています。とりあえず,[ta]の最初の発音だけを拡大してみましょう。

ちょうど上の図のカーソルを立てたあたりに,スペクトログラム上で縦線のようなものが観察されるのがわかると思います。また,音声波形上でも,瞬間的な振幅の高まりが観察されるのがわかります。このようなスペクトログラム上の縦線や波形上の瞬間的な特徴は,破裂音の調音における破裂に相当するものです。この破裂の少し後で母音のフォルマントが観察されるのがわかると思います。(ちなみに,破裂の前にもわずかな波形のうねりが観察されますが,これはノイズです。)

(2)破裂音とVOT

今度は破裂の後ろに注目してみましょう。

音声波形を見てみると,ちょうどカーソルを立てた辺りから一定に近い周期を持った波が現れ,その振幅が徐々に高まっているのがわかると思います。また,スペクトログラムに注目すると,低い周波数域(ちょうど横方向の赤い点線で示しているあたり)の横棒がこの辺りから始まっているのがわかると思います。これらの特徴は声帯振動の開始に対応しています。スペクトログラム上に現れるこの横棒は,ボイスバー(voice bar)と呼ぶことがあります。

次に[da]のスペクトログラムを見てみましょう。

[da]にもやはり,破裂に伴う縦線が観察されます。しかし,[ta]とは異なり,破裂よりも前にボイスバーが観察されます。つまり,声帯振動が破裂に先立っているわけです。

破裂と声帯振動開始の間の時間をVOT(Voice Onset Time)といいます。破裂の後に声帯振動が始まるときは正(プラス)の値で,破裂よりも前に声帯振動が始まるときは負(マイナス)の値で示します。VOTが正の場合を +VOT ,負の場合を -VOT と言うことがあります。上の例における[ta]は +VOT,[da]は -VOT ということになります。典型的な無声破裂音は +VOT,典型的な有声破裂音は -VOT となることが知られています。ただし,これはあくまでも「典型的」な場合であることに注意してください。有声破裂音でもときには +VOT になることがあります。VOTが正になるか負になるか,また,どれぐらいの値をとるかは,言語や方言によって違います。また,個人差もあります。

上のサンプルファイルは,無声破裂音,有声破裂音をそれぞれ3回ずつ発音しています。それぞれのVOTを測ってみましょう。

また,別の破裂音の場合のサンプルファイル(pa-ba.wav,ka-ga.wav)のVOTも測ってみましょう。

このほかに,以下のリンク先からは様々な言語の音声ファイルをダウンロードすることができます。自分の興味のある言語の音声ファイルをダウンロードして,破裂音のVOTを計測してみましょう。

[文献案内]

高田(2011):日本語の有声破裂音における地域差と世代差を扱った研究書。

邊姫京(2016):韓国語のVOTを計測した論文であるが、2.3節でVOT計測の際の基準について検討しており、参考になる。なお、この論文では最終的に、Francis et al. (2003) にしたがい、音声波形における最初の準周期的な波形を声帯振動開始点の基準としている。

参考文献

邊姫京(2016)「韓国語ソウル方言における語頭閉鎖音VOTの年齢差と性差」『音声研究』20 (2), 23-37.

Francis, A. L., Ciocca, V., & Ching Yu, J. M. (2003). Accuracy and variability of acoustic measures of voicing onset. The Journal of the Acoustical Society of America, 113(2), 1025-1032. 

高田三枝子(2011)『日本語の語頭閉鎖音の研究―VOTの共時的分布と通時的変化―』くろしお出版.