名古屋大学 人文学入門I(第7回) 2020年度(2/4)

講義題目:「音声学・音韻論からみた日本語のバリエーション」(2/4)


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3. ア段+イの発音

先ほどの動画の中で、名古屋方言の音声上の特徴と思われる箇所はいろいろあると思います。そのうちの一つとして、ア段+イの発音を上げることができます。たとえば、「細かい」を「コマキャー」のように言っていました。ただ、実際には、「キャー」の部分は、共通語の「ケー」と「キャー」の中間ぐらいの発音で、仮名でうまく表記できない発音です。英語で cat の母音に似ているとも言えます。

この「キャー」の母音は、国際音声記号(International Phonetic Alphabet)という記号体系では [æ] と表記できます。国際音声記号については、少し後で説明します。

さて、「ア段+イ」の発音は、伝統的な名古屋方言の音声上の特徴の一つで、他の日本語の方言の中にさほど多く観察されるものではありません。また、名古屋の中でも、若い世代で「ア段+イ」を河村市長のように発音する人は少ないだろうと思います。このように、日本語という言語ひとつとっても、地域や世代によって発音にはバリエーションがあります。

では、日本語の中で、地域や世代によって発音に違いがあるものとして、他に何か例を挙げられるでしょうか?考えてみてください。

4. ガ行鼻音

日本語の中で、地域や世代によって発音が変わる例として、ガ行音を挙げることができます。以下の動画を見てみましょう。

国語研教授が語る「濁る音の謎」(国立国語研究所)

皆さんは「鏡」をどう発音するでしょうか?

ちなみに、ガ行鼻音・鼻濁音は、音声学的には「軟口蓋鼻音」と呼ばれる音です。国際音声記号では [ŋ] と表記されます。

5. 国際音声記号とは

ここまで見てきたように、日本語の中だけでも、地域や世代によって様々な発音のバリエーションがあります。世界に目を向ければ、様々な言語の中には、さらに多様な発音があります。皆さんも大学に入学して初修外国語(いわゆる「第二外国語」)を勉強し始めると、日本語とも英語とも異なる新たな発音に遭遇することがあると思います。

そのような様々な発音を表記するための世界共通の記号体系として、International Phonetic Alphabet(略して "IPA";日本語では「国際音声記号」または「国際音声字母」と訳されます)が考案され、用いられています。

国際音声記号は、International Phonetic Association(こちらも略して "IPA";日本語では「国際音声学協会」または「国際音声学会」と訳されます)という団体によって定められています。国際音声学協会は、1886年にフランスのパリで発足した言語学の教師たちによる協会に端を発します。International Phonetic Association(およびフランス語の L'Association Phonétique Internationale)という団体名は1897年から用いられています。国際音声記号の最初の版は1888年に公表されており、その後何度もの改訂が重ねられてきています。現在、国際音声学協会のウェブサイトからは、最新の2015年の記号の表を見ることができます。これは、2005年の改訂以降、(字形の細部での変更を除いて)基本的に変わっていません。

以下の国際音声学協会のウェブサイトにいき、国際音声記号のチャートを見てみましょう。

International Phonetic Association

※メニューのAlphabet > Full IPA Chartを選択、表をクリックすると国際音声記号のチャートのPDFファイルを開くことができます。

6. アクセント

話を再び日本語の発音のバリエーションに戻しましょう。日本語の中で方言差が大きいものの一つに、「アクセント」があります。「アクセント」を簡単に言えば、単語レベルで決まっている高低のパターンのことです(ただし、「アクセント」の言語学的な定義は研究者によっても違う奥が深いもので、ここで簡単には説明できないので、これはあくまでも簡単に説明したものです)。例えば、次の単語を東京と大阪のアクセントで発音するとどうなるでしょうか。

「箸」「橋」「体」「うさぎ」