2019年度巻頭言 (第6回大会)

大会パンフレットより転載

詩と語学教育―多言語レシテーション大会の特色と強み

常葉大学長

江藤 秀一

イギリスのスコットランドの作家にロバート・ルイス・スティーヴンソン(Robert Louis Stevenson)がいます。『宝島』(Treasure Island)や『ジキル博士とハイド氏』(The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde)といった小説でよく知られていますが、スティーヴンソンは子供のための詩も書いています。その一つに「雨」(Rain)という短い詩があります。

The rain is raining all around,

It falls on field and tree,

It rains on the umbrellas here,

And on the ships at sea.

この詩は短くて、用いられている語彙も文法も易しくて日本語に訳す必要もない作品です。しかし、この詩は技法的にはとても凝っていて、英語の特徴を学ぶにはとてもよい教材となります。まずは、「弱・強」という英語の基本的なリズムでできております。つまり、the, is, ing, aの語は弱く読み、rain, fall, all, roundを強く読むというリズムになっています。「強弱」の節が1行目と3行目に4つあり、2行目と4行目には3つという規則正しい運びとなっていますので、心地よいリズム感を生み出しています。その2行目と4行目の文末はtreeとseaで「i:」(イー)のように同じ音で終わっています。脚韻(rhyme)と呼ばれるものです。さらに、1行目のrain is rainingのrの音とfalls on filedのfの音が同じ音になっております。このように単語の最初の文字の子音を重ねたものを頭韻(alliteration)と呼びます。脚韻や頭韻を用いることで、詩に特有のリズムや調子を与えることになります。頭韻は古い時代からの英語の特徴で、Coca-Colaというおなじみの商品名、Donald DuckにMicky Mouseといったディズニーのキャラクター名、as busy as bee(とても忙しい)といった英語の慣用句など、日常的にたくさん用いられています。最近の学校における英語教育は実用面が強調され過ぎているせいか、詩を学ぶ機会はめっきり減りましたが、詩は英語のリズムや特徴を知らずしらずのうちに学べるきわめて効果的な題材です。

本学の多言語レシテーション大会の課題文は古今東西の詩歌であり、そこがこの大会の最大の特色であり、強みであります。参加される方々は課題文の暗唱を通してそれぞれの言語のリズムを体得されると同時に、短い言葉に凝縮された詩の持つ深い意味を折に触れて考えることになると思います。本大会が実用的な言語学習では学ぶことのできない貴重な学びの機会となることを願っています。


コミュニケーション・ツールとしての詩文

常葉大学外国語学部長

戸田裕司

レシテーション大会の課題文は、古今の詩歌あるいはそれに準じる名文から選定されている。このような方針は、外国語学部あるいはグローバルコミュニケーション学科が学生の情操教育の一環として決めたものと理解されがちである。しかし、私見ではあるが、詩歌の朗誦(レシテーション)は極めて実用的なコミュニケーション・ツールである。

詩文の鑑賞・講読というものは、外国語学習のシステムの中ではかなり高度な段階に位置づけられる。古典的な作品あるいは作者のものであればなおさらである。だが、日常生活の中で、私たちは古今の詩歌・名文を非常にお気楽に使うことが多い。例えば春先のちょっとした会話で「春はあけぼのだね」、といった風に。

「春はあけぼの」などと言ってみたりする人が、みんな清少納言や『枕草子』に精通しているわけではない。また、原典の文脈に即して「正しく」つかっているとも限らない。往々にして、“あそび”的にことば尻のみ引用してみたり、場合によっては音声のテンポの良さだけで使ってみたりすることも多いのはないだろうか。

このような詩文の使い方は軽薄である、と昔は思っていた。だが、これが国民的教養というものかも知れない、と今は考えている。かりに少し軽薄であったとしても、ありふれたフレーズ・言い回しを共有していることは、その民族や国家の一体感を支える文化的基盤であろう。

「郵便局はどこですか?」を通じさせることがやっとの外国人であったとしても、ちょっとした詩文・古典のフレーズを知っているだけで、一瞬にして「こいつは本当は素養のある人間だ」と評価されるのである。この効果は時として劇的でさえある。

『古今和歌集』の序文(仮名序)にも「猛き武士(もののふ)の心をも慰むるは歌なり」と言う。今日あなたが朗誦した詩文は、明日見知らぬ外国人の心の鎧を解く呪文となるのである。…ほら、素養がありそうに見えるでしょ?