ナレーション「※今回はトムの過去編です※」
若い父親「【1人の男性がじっと焼け焦げたカーテンを見つめている】
……「また」なのか
【傍らには乳飲み子を抱えて泣く女性の姿】
【男は、ベッドですやすやと寝息を立てている少年の姿を悲しみの表情で見つめると、女性と乳飲み子を抱きしめた】」
神父「[[その日の夜]]
息子さんには悪魔が憑いておりますな。
それも地獄の業火を操る強力な炎の悪魔です。
今はまだボヤで済んでいるようですが、このままではいずれ、奥様、あなた、そして娘さん全てに危険が及ぶでしょう。
しかし、我が教会の門戸を叩かれたのは実に運が良い。
御子息をお預かり、必ずや炎の悪魔を祓ってみせましょう……ただ、それは長く苦しい戦いになる事でしょう」
若い父親「私達にはもう、神父様にお縋りするほかありません。
どうか息子を……家族を御救いください
【胸の前で十字を切る】」
トムの独白「小さかったんで当時の事は全然覚えてないが、神父やシスターの話から推測するに、どうにもだいたいこんな事らしかった。
教会では何年も暮らしていた筈だが、その間両親どちらかが会いにきた覚えは無い。
会いには来たが、お世辞にも丁寧な扱いをしていない事が発覚するのを恐れた神父に言いくるめられて会えなかったのかもしれないし、そもそも、教会に金を払う以外で『悪魔憑き』と係り合いにはなりたくなかったのかもしれない」
トムの独白「教会での暮らしはどうだったかと言えば、元は地下牢だったらしい半地下の石造りの自室をあてがわれ、そこでシスターから読み書きを教わり、あとは時々教会の仕事を手伝う。そんな生活だった。
教会の敷地内から出るような事は殆どなく、軟禁状態と言われればそうだろうが、修道院なんてところも似たような暮らしらしいから、児童虐待かと言われると微妙なところだ。
燃やしてしまうからという理由で家具は最低限のものしかなく(実際に何度かベッドのシーツを燃やした覚えがある)、同様の理由で本なんかも学習時間以外は与えられず、一日の大半を明かりとりの窓から見える空を眺めて過ごしていたのを覚えている」
トムの独白「そんな毎日が何年続いただろうか? 雲と空以外には頑なに何も映さなかった窓に来訪者が訪れるようになった」
???「前にミサのお手伝いの時に見た気もするけど、キミは修道士さん? っていうわけでもないよね? 」
トム「おねーさんは……だれですか? 」
???「おねーさんは……」
『悪魔憑き』として親元を離れて教会に預けられたくだりですね。
さて、悪徳神父が『悪魔憑き』をでっち上げてトム君の両親からお金を巻き上げていたのかと言えば、そうではないとトム君は分析していました。
トム「神父やシスターの頭の中には『超能力』なんてものに対する知識は存在してないわけだ。
敬虔なクリスチャンの両親の頭の中にもな……で、起こった事を『キリスト教の常識』の中でどうにか説明をつけたら『悪魔憑き』になったってわけだな。」
逆に科学サイドの人間が「悪魔が雷を纏って村を襲っている」という状況を説明しようとすれば、正しくその現象を理解する事が出来ずに「帯電した金属が風で煽られて人間にぶつかっている」と、科学の法則で判断を下すような感じだと思います。
トムの独白「メイズ……そう名乗る女との、日に1時間にも満たないお喋りは、幼かった俺をすっかり虜にしてしまった。
毎日時計仕掛けのように同じ事を繰り返す事が最大の美徳とされる、教会の中の日々変わらぬ生活。
物語と言えば大昔に死んでしまった聖人達の偉業ばかり。
メイズが時に語り、時に歌うのは、今を生きる人達の、聖人達とは比べるべくもないささやかだが、血肉の通った人間達の物語。
それらを聞くたびに、幼かった俺の中で外の世界への憧れはどんどんと膨らんでいった。
楽しい話ばかりではない、理不尽な話もあった。悲しい話もあった。取り返しのつかない話もあった
それでも、教会の中でそれまでただのひとつも抱く事の無かった「欲望」というものを抱くようになった」
トム「僕も……外の世界で暮したい」
トムの独白「その一言が禁断の果実に手を伸ばしたのだという事は、幼いながらにはっきりと感じていた
」
メイズ「そう……」
トムの独白「教会から出る用事が無いからそうしなかっただけで、別段自室に閉じ込められていたわけでも、教会に監禁されていたわけでもない。
数日後、教会から出るのには何の苦労も無かった。
メイズは俺の手を引くと、一件の廃墟へと連れて行った。
元は大きな建物だったのだろう。ビルを建てる為に両側から切り崩されたその建物は、その区画でもとりわけ時代を感じさせる」
???「ようこそ、自由の国へ。
ここには何も無いが、屋根ぐらいは提供してあげよう。
とりあえずパンが食べたければ靴磨き、ちょっといいものが食べたければ泥棒でも覚える事だね。
まぁ、どっちも、出来なくてもサルベーションミリタリーのシェルターあたりで媚びればスープぐらいは奢ってもらえるさ」
トムの独白「スラムで俺が雨露をしのいだ廃屋。
(本当にそうだったのかは定かではないが)その持ち主がチムニーと名乗る男だった。
年齢はだいたい二十よりは上で、廃屋の煙突部分に部屋を作って自室にしていたからチムニー(煙突)。
ガキ達の上前を撥ねて生活している……こう言うと聞こえが悪いが、盗品を妥当な額で換金したり、あとは子供たちを靴磨きに出せる程度には衛生的に保ったり、あとは大人達と揉めた時に仲裁に入ったり、いわばマネージャーのような仕事をしていた。」
トムの独白「さて、メイズがどういう人間だったのかと言えば、そういった店に出入りする年ではなかったので、実際にそれを見たことは無かったが、どうも酒場で歌を歌ったり、ピアノを弾いたりしていたらしい。
俺達が起きる頃に帰ってきて入れ替わりでベッドに寝転び、靴磨きでひと仕事終えて帰ってきた頃に起きだしてきて、一緒に昼食をとり、夕飯前に出掛けて行くような生活だった。
俺達の前でのメイズはと言えば、気ままに歌い、気ままに街をうろつき、気が向くと(俺以外の子供たちに)読み書きを教え、正に「自由気まま」な生き方を体現していた。」
トム君がスラムでお世話になっていた大人達……メイズさんとチムニーさんの登場です。
サルベーションアーミーというのはホームレスの救済なんかに手厚いキリスト教団体ですね。
日本では救世軍という名前で活動しています。
独白「それまで盗みは殺人と並ぶ最大の悪徳とされる環境で育っていたのが、いきなりいいモン食いたきゃ盗みに抵抗があったかって?
……そんなのは本当に最初の一週間だけだったな。
いつ報われるのかもわからない日々の祈りより、財布をスッたその日の夕飯が即豪華になる方が俺にはずっとわかりやすかったんで、教会で教えられた事なんてすっかり抜け落ちちまった。
暮らしの方はと言えば、靴を磨いて金を貰う、たまに盗みをやって金を稼ぐ。
食いモンはチムニーが安レストランで売れ残った食材を安く買ってきて料理したもの、たまに残った料理そのものを食ってた覚えがある。
些細な事で苛々して、チムニーと喧嘩して、廃屋に帰りたくなかった時には、2~3日ゴミ箱を漁ったりした事もあったな」
と、トム君のスラム街暮らしの時のお話が続くんですが、この辺は思いついたら進める事にして、しばらくはSFBI時代のお話をしたいと思います。
■武器を持つ覚悟
ナレーション「そんなある日のこと、トムがこっぴどくやられた姿で廃墟へと帰ってきた」
トム「おい!! チムニー!! ナイフか銃を寄越せ」
チムニー「これはまたこっぴどくやられたね……。
今、軟膏を取ってくるよ」
トム「ンなもなぁいらねぇよ!! 料理に使ってる包丁があったろ!? あれを寄越せ!! 」
チムニー「……落ち着きなよトム。
誰にやられたか知らないけど、そんなものを持ったら君が危険だ」
トム「は? あんな包丁でも、素手でやりあうよりはずっといいだろうが。
おかしな事言ってねぇで包丁寄越せよ。ナイフか銃があんならもっといい」
チムニー「いや、駄目だ。
今の君に銃を突きつけたり、ナイフをチラつかせたりするごろつきはいても、君のような幼い子供を銃殺したり、ナイフで本気で刺しに来る奴は、アル中か重度の麻薬中毒者(ジャンキー)だけさ。
だが、君が銃やナイフを持つようになれば、相手も躊躇しなくなる。
君がナイフを抜けば躊躇なく相手は拳銃を取り出すし、抜かなくても持っている事が知られれば、そいつを奪おうとナイフで切りつけてくるだろう。
いいかい? この街じゃ持ってない事は立派な自衛手段だ。
僕やメイズが一度だって銃やナイフを持って外に出たことは無いだろう? 」
トム「そりゃお前が人を刺せない腑抜けだからだろーが!! 」
メイズ「うーん……それは確かに事実よねー」
メイズ「でも、チムニーが言ってる事もまた事実なのよねぇ……
目をつけられて、あんまりにも毎度毎度財布を巻き上げられるようになったら、私かチムニーがスラムの顔役に相談してやめさせるけど、この街じゃ週に一度や二度理不尽な目に逢うのは諦めちゃった方が楽よ? 」
トム「滅茶苦茶な事言うな!! 巻き上げられた小銭を取り返しゃ解決だろうが!! 」
メイズ「うーん……世の中ままならない事の方が多いのよねー
不条理にいちいち立ち向かってると身が持たないわよ?
【トムの両脇の下に腕を入れて持ち上げる】」
トム「あっ!? コラ何すんだ!! (じたばた)」
メイズ「添い寝して慰めてあげたいところだけど、今夜は予定あるのよねー。
そんなわけだから大人しくしてなさい☆
派手なパーティーだから、きっと明日の朝の残飯は豪勢よ?
【手際よくトムを毛布に包んでロープで縛りあげる】」
トム「おいこら!! 待ちやがれ!! メイズーっ!!!!!!!!! 」
チムニー「まぁ、そんなわけだ。
それじゃぁお休み、朝飯の時にロープは解くよ」
トム「待て!! 解け!! この野郎!! 」
怖いですね、銃社会