投稿日: 2026/08/23
文 藤城孝輔
『独立少女紅蓮隊』(安里麻里監督、2004年)を最初に見たのは2010年4月だった。当時琉球大学の修士課程にいた奥間勝也監督に誘われて、琉大の学生たちによる私的な鑑賞会に参加したのだ。会場は国道沿いにある地下の倉庫みたいな場所で、普段はイベントや琉大生の活動などに使用されているらしい。人見知り体質の沖国生だった私にとっては初対面の人ばかりで居心地はよくなかったが、何といっても『独立少女紅蓮隊』が見られるのだからこれくらいは我慢しないといけない。2004年に発表されたこの映画は、「沖縄映画」について書かれた本のなかでやたらとほめられていた。DVDはアマゾンで購入可能(でも高い)だったが、現在はもう店舗自体がないうちの近所のTSUTAYAにはおいていなかった。もちろん、Prime Videoなどの配信プラットフォームは存在すらしていない。以前からずっと見たいと思っていた作品だった。
コザ暴動を思わせる暴動の夜に生まれた主人公の少女ユキは、アカデミーでダンスを学んでいる。このアカデミーは表向きには歌手やダンサーを養成しているのだが、実のところは日本国から「王国」を独立させる計画を進めている。厳しい指導のもと、ユキは他の少女たちと銃の使い方や暗殺技術を学ぶ。「歴史を凝視せよ!」というアカデミーの校長の叫びや「すべての楽器を武器に!」という教官の言葉に洗脳され、やがて少女たちは一流の暗殺者に育てられていく。他の少女三人とともに東京に派遣されたユキは、石原慎太郎を露骨にもじった「右原キンタロウ」という名をもつ大臣の暗殺を命じられる。マクベス夫人の独白を連想させるかのように、少女たちは催涙ガスが噴き出す乳房を引き剥がして敵に投げつけ、暗殺者として命を賭して国家権力と戦うという物語だ。
この作品について、『沖縄映画論』では著者たちがこぞって「メディアを批判するには自らの身体をまずメディアと化してからだという決意。荒削りの未知数だが期待できる」(四方田犬彦)、「沖縄を「女性化」して手なずけようとする中央マスメディアの「権力」に対して果敢に挑んだ娯楽作品」(越川芳明)などと賛辞を送り、べたぼめ状態である。また、沖縄映画についての本『沖縄劇映画大全』を出したのにそのなかで大半の作品をけなしている世良利和ですら、この映画を「沖縄のナショナリズムとアクターズ・スクールを結びつけて物語を組み立て、その中に山田風太郎の「くの一忍法帖」や東映の戦隊アクションのテイスト、梶芽衣子的な怨念などを盛り込んだ荒唐無稽さが新しい」と珍しく肯定的に評価している。「ただしヒロインたちは単純すぎて内面的な奥行きに欠け、見せ場であるはずのダンスもパッとしない」と毒を吐くのも忘れていないが。
四方田が論じるように「沖縄映画」という用語は、沖縄出身の監督が撮った映画を意味するのか、沖縄をロケ地に使用した映画なのか、それとも沖縄語が使われる映画のことなのか、はたまた沖縄の歴史や文化に言及した映画なのかと、突きつめて考えれば定義の難しい用語である。監督は沖縄出身であるものの、「沖縄」という言葉が一切表れず、出演者に沖縄出身者がいない『独立少女紅蓮隊』が「沖縄映画」に含まれるのかどうかという判断には、あまり興味はない。少なくとも私にいえることは、この作品が「沖縄映画」と呼ばれる他の作品と通じる主題を有しているということだけだ。
最初に私が興味をひかれたのは、この作品において象徴的な意味での「父親捜し」がおこなわれている点だ。作中の王国のナショナリストたちは「歴史」を凝視せよと大文字のl’Histoireばかりを振りまわすものの、主人公であるユキの個人的な物語(histoire)はきわめてあやふやな描かれ方しかされていない。実際に語られるのは、暴動のなかで臨月の母親が産気づくこと(もちろんユキはまだ生まれていない)と、米軍の軍用機が落とした部品が頭にあたって母親が死ぬときのことだけだ。ユキは母親を殺した部品をペンダントにして首からさげ、日本国に対する怨嗟の象徴としている。暴動の記憶は他人(おそらく母親)から語り聞かされた物語、母親の死はペンダントを通して常に自分自身に語り聞かせてきた物語だといえるだろう。これらの他に、ユキは記憶と呼べるものを全然もちあわせていないように見える。実際、彼女の頭の大部分を占めるのは、共同体から教えこまれた「歴史」のみである。
そして、映画において決して語られることのない、欠落した彼女の記憶の領域にあるのが、父親の存在である。父親については一切語られることなく、ユキには最初から父親がいない印象を受ける。アカデミーで少女たちを指導する男性にも、ユキにとっての父親代わりを務めることはできない。アカデミーの男性教官は片足が義足であり、校長は自力で歩くことができずに車椅子に乗っている。ここでは肢体の欠如という去勢/性的不能の比喩となる特徴が与えられることによって、独立派の人間の男性性の欠如が暗示されている。他の「王国」側の男性として、先祖の畑を軍に売って東京で暮らしている王国出身者が登場するが、この男は瀕死の重傷を負ったユキを手当てし、眠っている彼女に付き添ってかいがいしく世話をするなど、母性的な特徴が強調されて描かれている。
父親の不在は、沖縄映画においてしばしばくり返される主題である。『ウンタマギルー』ではギルーには過食症の母親がいるが、父親は登場しない。『夢幻琉球つるヘンリー』でも、つるの息子ヘンリーに父親がなく、劇中劇で高等弁務官である父親を捜してアメリカに行くジェームズもまた「アメリカのその筋のもの」に父親の記憶をすべて抹消されて沖縄に帰ってくる。『涙そうそう』では、母親と祖母に育てられた兄妹の兄が妹の父親役を務めようとして、自分の前に次々と登場する父親的な存在にロールモデルを見出そうとする。沖縄で一部が撮影された『アンを探して』ではタイトルとは裏腹に、少女が追い求めるのはアンの恋人のギルバートである。このように、沖縄映画にはさまざまな形で父親(的な存在)を欠いた子どもたちが頻繁に登場する。それは、琉球王国から日本、アメリカへと支配権が移り変わっていった沖縄の暗喩であるとともに、沖縄戦というあまりにも深く刻まれた傷の記憶が表象されたものであるともいえよう。
『独立少女紅蓮隊』では、冒頭の暴動の場面で母親が一人で逃げまどう様子を描くことによって、彼女が独力でユキを生み育てたことが暗示されている。この場面が言及する復帰前のコザという背景や、この場面での母親の西洋風の派手な服装から、父親はアメリカ軍人なのかもしれないと想像できる。ところが、ユキが首にさげた飛行機の部品を握りしめて回想する母親の死の場面、そして幽霊として彼女の前に現れる母親の姿は暴動の場面とは大きく異なる。これらの場面で母親は白い和服を着て、緋色の袴を履いているのだ。その服装は神社で目にする巫女装束を強く連想させるものである。ユキの主観を通して描かれる母親の姿に、日本の神道のイメージが重ねられるのは興味深い。母親が神道の神に身をささげた女性であるとすれば、父親は神道の神、あるいはその末裔と見なされる現人神(=天皇)ということになるのだろうか? 少なくともユキの主観のなかでは、そうなのかもしれない。だとすれば、主人公が国家に恨みを抱いて政府高官をつけ狙うことには、父親捜し、さらには父殺しという意味が加わることになる。この作品においては、不在の父親に対する肉親憎悪が、大臣の右原が体現する日本国にむけられていると考えられる。
ユキの「独立」は、彼女が三線に仕込まれた刀という隠された男根を手に入れ、両性具有の身体になることによって実現される。その仕込み刀を用いて「王国」側の教官と「日本国」の右原をともに貫くのは、父性に対する決別であると見ることができるだろう。また、歌手として日本のメディアで活躍しながら主人公たちに暗殺の指示を送っていた独立派の女性Cocoeをボートに乗せて川に流すことによって、ユキは母性とも決別する。ここで暗に引用されているのは、もちろん溝口健二の『山椒大夫』である。映画の終わりでは、東京に残ったユキが一人で戦いを続けていくことが暗示されている。これが幸福な結末といえるのか、私にはわからない。
来たる2026年9月13日に開催される沖縄映画研究会第19回研究発表会では、愛知淑徳大学の柳井貴士会員が本作について研究発表をするらしい。沖縄をめぐる文学および映画研究の分野でめざましい活躍を続ける同氏がどんな議論を展開するのか、私は楽しみにしている。
引用文献
世良利和『沖縄劇映画大全』ボーダーインク、2008年。
四方田犬彦/大嶺沙和編『沖縄映画論』作品社、2008年。
画像出典: 『独立少女紅蓮隊』DVDジャケット