岡山県の砂防の歴史

このホームページは、岡山県砂防ボランティア協会の全面的な協力・監修のもと、岡山県土木部防災砂防課で作成したものです。


岡山県の砂防(土砂災害)の歴史

岡山県の砂防 概略

 時  代  内      容  概 要・詳 細
  
【1 縄文時代】

 【森林と共生した時代】

・人間が自然と共存している時代であり、人為的な森林の荒廃はないと思われる。自然災害での森林荒廃は発生していると思われる。


01概要【縄文~明治30年】

詳細1森林との共生

 【2 有史
   ~江戸時代初期】

 【森林を乱伐した時代】

・森林は、水田などの開発や建築物への木材使用による需要増加などが要因となり、乱伐で荒廃が進んだ時代と言われている。一部では森林伐採禁止のお触れや植林を進めた例がある。

・山林の荒廃に伴い、降雨による土砂の流出によって出来た特異な地形として、天井川扇状地などがある。


02概要【明治30年~昭和16年】

詳細2-1森林の荒廃

詳細2-2吉備の穴海

詳細2-3森林伐採の規制

【3 江戸時代】

 【森林を管理した時代】

・熊沢藩山が岡山藩主池田光政に「治山治水の要」を進言する。

・1654年(承応3年)に岡山で大洪水が発生し、これを受けて岡山藩では治山工事を始め        る。

・全国的にも同様の事がおこなわれ、森林資源は回復に転じる。


01概要【縄文~明治30年】

詳細3江戸時代の森林伐採

 

 【4 明治時代
   ~昭和初期】

 【水害とその対策の時代】

・1880年(明治13年)、高梁川で大洪水が発生したのを受けて、宇野圓三郎が治山治水の必要性を説いた「治水建言書」を県令に提出し、岡山県では翌年度から県費を支出した砂防工事を実施するようになる。

・当時の砂防工事は、川に堆積する土砂が川底を高くしたことで河川の氾濫を招いていたことから、治水のための砂防(治水上砂防)として、山林から下流河川への土砂の流出を防止するために、山林での山腹工事、溪間工事など直接的な砂防工事を実施している。

・これ以後も県内では大水害による大きな被害が発生してるが、県費支出の砂防工事を実施している箇所の下流河川では、比較的被害が少なかったこともあり、砂防工事の効果が多くの人に認められるところとなり、継続的な砂防工事が実施されている。

・1897年(明治30年)、砂防法が公布されたのを受けて、翌年度から岡山県でも国庫補助による砂防工事が開始された。

・1934年(昭和9年)、室戸台風による大風水害で、新たな崩壊地や渓流の浸食により、土砂流出や護岸崩壊などが発生し、耕地や人家などへ大きな被害やをもたらした。このため、その対策として、山林での荒廃防止のための山腹工事や渓間工事を治山事業として、山間地の渓流出口付近での砂防堰堤工事渓流保全工事として、集落の人家や耕地を保全する砂防工事が実施されるようになった。治水上砂防(治水のための砂防)だけでなく、土砂流出の直接的な被害防止を図る対策が開始された。

※この時代は自然災害の中で土砂災害は顕在化していなかった。


01概要【縄文~明治30年】

02概要【明治30年~昭和16年】

詳細4-1明治初期の森林状況

詳細4-2明治初期の岡山県の諸制度

詳細4-3明治初期の国の対応など

詳細4-4砂防法(明治30年)の制定

詳細4-5昭和初期の砂防事業


 【5 昭和中期~現在】

 【土砂災害とその対策の時代】

・戦後においても水害は多発したが、計画的な治山・治水事業による対策施設の整備が促進されたことなどにより、被害の規模が縮小してきた。

・戦後、各地で禿山や崩壊地が出現したが、「国土緑化運動」などにより、1960年(昭和40年)頃には、一定の整備がなされた。

・水害の被害規模の縮小とは逆に、土砂災害は自然災害の中で顕在化してきたため、砂防法だけでは対応できない地すべりやがけ崩れの対策に対応した新しい法律(地すべり対策法、急傾斜地法)の制定など、「治水上砂防」から住民や人家、公共施設などの財産を土砂災害から直接守る対策(ハード対策)に重点が置かれることとなった。

・施設整備によるハード対策とあわせ、土砂災害から住民の生命、身体を保護する目的で、2000年(平成12年)に制定された「土砂災害防止法」に基づき、警戒避難体制の整備などのソフト対策の充実を図っている。


03概要【昭和初期~昭和中期】

04概要【昭和中期~現在】

詳細5-1昭和時代の森林状況

詳細5-2昭和から現在の自然災害

詳細5-3昭和から現在の土