農耕と狩猟

<<追記2016/02/05

獲物にねらいをつけて喜んだり悲しんだり

準備をして待ち続けて喜んだり悲しんだり

狩猟にしろ農耕にしろ喜んだり悲しんだりするわけである。

特にプログラムなんてものは

狩猟に近い。そして物理なんかも狩猟に近い。

成果があがるかは

狩猟や農耕に限らず神にしかわからない。

そして待ち続けて結果が出るのかは

ある程度の予測が必要である。

私のやることも最大限無駄をしない目標で

自分にできることをしているだけである。

そんな予測も立てれないでむやみに時間は使わない。

私の状況もそんな予測が立っていない。

予測が立てれない以上実現不可能である。

それぐらいの判断は私にもできる。

待つとは他力本願であるが

ある程度の予測ぐらい立てなければいけない。

生物科や農学部に魅力を感じる女性は多い気はする。

それでも何かを利用してやろうと思うのは

プログラムでも物理でも同じである。

難しいことにも長いタイムスケールがかかるし、ゆっくりやれるところもある。

簡単なことには競争が激しく。入れ替わりが激しい。

こんなこと言って

私の世代がこんな事を挽回できる余地はない。

大学を出て16年目である。

それを込みでこれから先をちゃんと予測しているのだろうかと思う。

今まで散々予測は当たっていないと思う。

それでこれから先に予測が当たる根拠は存在しない。

それぐらい私も認識できる。

なのに続けるのは自分の非を認められないからである。

私が非を認めるのは最善の道の途中だからである。

私は私なり予測してそれなりの事をしてきた結果である。

それを他人に言われる筋合いにない。

結局世の中は誰が偉いのかそんな疑問しか持てない。

くだらない人が権力持っているからこんな事になるんじゃあないかと思う。

ちゃんとした人がちゃんとした事やってたら

私みたいな人はお役目御免である。

なのに世の中はそうなっていない。それが私の認識である。

くだらない庶民が権力をふりまわすのはそういった事情だと思う。

私みたいな一般庶民を取り上げるだけみんな納得しない。そういったところだろうと思う。

そんなの私の責任ではない。

偉い人の責任である。

<<追記2016/02/05end