柳生宗厳

柳生宗厳〔むねとし〕は晩年ある事の為に人に怨まれ、その者は何とかして宗厳を討ち果たそうとしたが、名にし負う名人のことであり、家臣も多いので手のつけようがなかった。宗厳がある時病気にかかり、門弟二三人を連れて摂津*の有馬の湯に行った。某はひそかにその後をつけて行き、日夜宗厳の動静を窺っていたが、ある時宗厳がただ一人小刀を携えたままで、宿屋の南の日当りのよい所に坐って、愛養の隼鷹を拳の上に置いて余念なく可愛がっている。某はこれを見て、ここぞと思って刀の鞘を払って、宗厳の頭上を目がけて斬りつけたが、その時早く宗厳は抜く手も見せず腰の小刀を抜いて、敵の急所に突き込んだので、某はあえなくその場に斃れたが、その時宗厳の拳の上の隼鷹は、もとのまま、身動きもしなかったそうである。

*大阪府。