進化ゲノミクスを基礎として、ゲノムの解析のみならず、その近隣の異分野(時には人文系も)のデータを活用して、新しい知見を見出すような研究テーマを展開しています。主に下記のテーマの研究を進めています。
伊川津貝塚から出土した約2500年前の縄文人のゲノム解析に関わりました。縄文人の形成を考える上で、現在の東アジア人のみならず、南アジアの人々の情報が重要であることが示唆されています。(McColl, H et al, 2018, Science; Gakuhari et al, Comm. Biol. 2020)。またこれまであまり注目されていなかった北東アジア人の形成についても関心があります。古代ゲノムではオホーツク文化人の論文(Sato T et al, GBE 2021).
2021年はダーウィンの「人間の由来」から150年です。ゲノム解析に基づく人類の進化の理解は飛躍的に進みましたが、人間の文化の進化については分かっていることが限られています。文化の中でも言語は、他の生物と比べても、突出した人間らしさの1つです。特に言語学は生物学との親和性も高いため(脳機能・会話のような生体機能の研究、文字や音声の記号化のしやすさ、自然言語処理など)、言語を文化のモデルケースとした研究を中心に進めています。
これまで、言語族を超えた言語間の関係は統計的に分析が困難でした。そこで我々は語族を超えた関係を分析可能にする文法要素の解析手法を構築し、北東アジアの10言語族について、統計解析を行ったところ、文法の類似性と民族集団史に一定の相関が見られることを発見しました。このことは、文法の類似性は、三つの原因 、人類の集団史(遺伝的な拡散の歴史)、歴史上の突発的なイベント(ある特定の言語・民族における言語転換など)、人類の遺伝的歴史とは独立した文法独自の文化進化を反映し、複雑な進化をしている可能性が示唆されました。言語学者、民族音楽学者、地理学者、統計学者と進化遺伝学者の共同研究です。
北東アジアの音楽の多様性と民族集団史の関係についての最初の調査 (Savage, et al. 2015)
北東アジアの言語、音楽、民族集団史の統計的解析 (Matsumae et al, Sci. Adv, 2021)
この研究は生命誌vol.102にも取り上げて頂きました。
情報学的観点から人文科学と生物学のデータ統合について議論した発表にて、2020年度情報処理学会・山下記念賞を受賞しました。
また関連して、国際ワークショップを2回開催しました。
Workshop "the (co-)evolution of genes, languages, and music from data analyses to theoretical models" Yokohama, Japan, July 17, 2018.
Workshop "Frontiers of early human expansion in Asia: linguistic and genetic perspectives on Ainu, Japan and the North Pacific Rim" Zurich, Switzerland, 2016.
野外に生息し病気を引き起こすような真菌(菌類)について、東海大学医学部を始めとする臨床医の先生方や、千葉大学真菌医学研究センター、国立科学博物館の専門家と共に、フィールドサンプリング、培養、核酸抽出、ゲノム解析を進めています。
左)培養中の菌。右)パソコンにUSBで接続できるポータブル型NGS(MinION)で解析する様子。
酵母よりも複雑なライフサイクルや体形、生物多様性における役割を理解するための進化生物学の実験モデルを確立するために、真菌のゲノム配列を解析しています。
1〜3の研究テーマを統合する情報学として、Museomicsという概念を提案しています。詳細は下記をご覧ください。
ワーキンググループについては、こちらをご覧くださいhere (only in Japanese)
日本バイオインフォマティクス学会ニュースレター, vol 34, 2018年8月号, 低解像度版、高解像度版 にMuseomicsがバイオインフォマティクスに与える役割についての総説を書きました。
実際に博物館資料のオミックス解析も進めています。
Publication: (Takezawa et al. 2014)
人類学的背景に基づく個人ゲノム解析の倫理的問題については、日本語解説(松前・間野・太田 2014)をご覧ください。
大学院生の時の研究テーマです。
Research 1: カタユウレイボヤのマイクロアレイ開発。
Collaborative project with Dr. Takeshi Kawashima at OIST (〜2013)
Publication: (Matsumae et al. 2013)
この時デザインしたアレイについてはこちらをご覧ください。
Research 2: カタユウレイボヤの放精放卵に関与する遺伝子発現解析
Collaborative project with Dr. Takeshi Kawashima at OIST (〜2013)
Research 3: カタユウレイボヤの概日リズム因子を探索するための時系列遺伝子発現解析
Collaborative project with Prof. Dr. Norio Ishida at AIST (〜2010)
Publication: (Minamoto et al. 2010) (Matsumae et al. 2015)
Software: (Matsumae et al. 2015)
ERATO河岡プロジェクト及びシステムバイオロジー研究機構における研究 (〜2010)
Publication: (Matsuoka et al. 2013)
Bioinformatics: NGS, microarray, population genetics,
Molecular Biology (wet lab skills)
DNA sequencing
Gene expression analysis
計算機を使った仕事がメインですが、過去には実験も少々やりました。
私の研究に対する取り組み方
DNA(あるいはタンパク質なども含めた生体情報)というデータになってしまえばどんな生物種でも扱うことが出来るのは生命情報科学の最大の強みです。そこで私は生命情報科学の立場から、生物学における問題を解決したいと考えています。特に広義の進化生物学における諸問題が私の興味を惹くところですが(進化生物学とはここでは進化生物学の教科書 "Evolution" Barton, Briggs, Goldstein & Patel で扱う範囲内ととりあえずは定義します)、問題の解決に必要が生じれば、技術的基盤の開発や、実験生物学から取り組みます。通常、私がとる課題の設定方法は、以下の通りです。
まず、その分野で、何が問題なのかを考えます。その分野の文献を引用から遡って読み込み、その分野の人たちの話を聞きます。分野によりますが今までの経験上(ホヤ学、ウイルス学、人類学等)、問題の整理に、だいたい半年〜2年くらいかかるようです。
抽出された問題点から、取り組む課題を設定します。課題は、以下のような視点で選ぶことが多いです。
進化生物学的に面白いと思う問題
その分野における過去の優れた研究のうち、時代(流行)の流れにより忘れ去られているが、現代の技術を用いれば解明できそうな問題
大学院生時代のアプローチ
例えば、博士課程で選んだカタユウレイボヤという生物種は、その進化的(とくに進化発生学的)重要性から、2002年にドラフトゲノムが解読されました。ヒトゲノムが解読されたのが2001年ですから、非モデル生物としては、極めて早い時期にゲノムが解読された生物種です。その際、日本には優れたホヤの研究者が多かったため、ゲノム解読後も様々な分子生物学的手法やリソースが開発されてきました(非モデル生物の場合、cell line、RNAiやトランスジェニックの系を作成することはとても難しいのです)。今でこそNGSやCLISPRなどの手法が出現し、de novoの研究は急速に進んでいますが、それよりは10年早く研究史が進んでいることとなります。そのおかげもあり、ホヤの発生や脊索動物の中枢神経系の進化に関する知見は大量に見いだされました。一方、ホヤは1970年代くらいまでは博物学・動物学的研究が盛んになされていました。ホヤは世界中の海に、俗に1000種近くいると言われていますが、それらの多様な生き方(単体性のもの、群体をくむもの、プランクトンとして生きるもの、固着性をもつもの等々)や、生理的現象については、分子生物学を用いてそれらのメカニズムを解明するような研究はあまりされておらず、またそうした視点は現代のホヤ学の主流から外れていました。そこで博士課程では、動物学的に興味深いホヤの体内時計や生殖行動に着目し、それらの遺伝子レベルでの制御を解明したいと思い、研究を行いました(続く)。
また、学位論文のテーマとは別に、(工学的な)システム生物学思考や、新しい研究を0から立ち上げるための考え方をSBIの北野さんの下で学びました。
次に、何故、人類学を選んだか
進化的現象を時系列で捉えるために、第1段階として、古代ゲノムと集団遺伝学に興味を持ちました。古代ゲノムが進んでいる研究分野は人類学なので、人類という、遺伝的多様性が低く、集団遺伝学が最も進んでいる生物種と方法論の研究を進めています。もともと、歴史や文化にも興味があり、趣味と実益も兼ねていて選択としては良かったです。
人類学は、素材は面白いものが多いのですが、日本では広く人材不足と言うこともあり、人類学的背景に基づく倫理・社会問題から、古代ゲノムや人類集団史の解明、ゲノム研究のための最新の実験技術・アルゴリズムまで幅広くカバーしています。特に、ゲノムの倫理・社会問題は片手間で取り組むには限界なので、文系研究者との共同研究を強く希望します。興味がある方は、コンタクト頂ければ幸いです。
そろそろ第2段階として、これらのデータをツールとして、進化メカニズムの解明を進めるために、システム生物学的なアプローチに飛びたいと思っており、いくつかの生物種をターゲットに検討中です(ヒトだと実験による検証・予測が不可能なのでどこかでモデル生物を使う必要があり)。