陰流と新陰流

陰流と愛洲移香

新陰流の元となった陰流(陰之流)の開祖は愛洲移香久忠です。疋田豊五郎の新陰流の系図では初代となっています。

愛洲移香は謎の多い人物で、江戸時代から奥州(東北)の人とも常州または鹿島の人(茨城)、日向の人(宮崎)など色々な説があります。また明国の戚継光の兵法書「紀效新書」に倭寇から得たという影流(愛洲移香の陰流のようです)の目録が掲載されていることや、熊野の愛洲氏一族に水軍がいたため、倭寇であったと類推され、現在では定説のようになっています。江戸時代半ばに上野景根の弟子が書いた聞き書きには「鵜戸権現の神官」とあり、当時の肥後細川藩の新陰流では日向の人と信じられていました。

ともかく、伝承によれば愛洲移香は戦国の世に諸国を修行し剣術を良くした人物で、日向国の鵜戸神宮に籠り、蜘蛛の動きから極意を得て陰之流を開眼したとされています。

実際のところ秋田県に愛洲移香の子孫である平澤家があり、伝わった文献によると移香は亨徳元年(1452)生、天文七年(1538)没で代々伊勢国に住んだ一族であったとあります。伊勢愛洲氏の研究家の中世古詳道先生によると、愛洲移香は五ヶ所(三重県度会郡南伊勢町五ヶ所)の愛洲氏の一族ではないか、としています。

五ヶ所の愛洲一族の中から修験僧となっているものが何人もいる事、平沢文書に修験道の影響が大きい事、陰流の開流伝説に修験道や密教の影響が大きい事、愛洲移香が開眼したとされる鵜戸権現が「西の高野」と呼ばれるほどの修験道の聖地だった事、などから愛洲移香は当時全国各地を移動する事が出来た修験者であったのではないか、と推測されたという事です。亡くなるまで九州中心に陰流を指南していたようです。

ところで江戸時代、肥後細川藩の新陰流では、新陰流と名乗ったのは愛洲移香であると信じられていました。肥後細川藩に伝わった書物によれば

「伏義王が創始した陰ノ剣法を日本においては鵜戸大権現が継承し、日向の鵜戸権現の神官の家に産まれた愛洲移香という人が、鵜戸権現の社内で七日断食、修行しある晩夢の中で陰ノ剣法一巻を得た。移香はあらたに手を加え、陰ノ剣法に新の字を加え(日本風に)新陰之流と名乗った」

とされています。もちろん、この伝承をそのまま信じる事はできませんが、情報の少なかった当時の人がこのような伝承を伝えていた事を尊重し、ここに記しておきます。

愛洲小七郎と平沢家

愛洲小七郎は愛洲移香の嫡男で、系図の上で上泉武蔵守信綱の師となっています。ただし、小七郎の方が信綱より10歳以上年下である点などから、信綱がどちらから学んだかは論争の的となっています。柳生家では愛洲移香から直接習ったとしているようです。

小七郎はいつ頃か不明ですが、関東へ移住しており、佐竹義重に仕官します。天流(現在の天道流)の開祖、斎藤伝輝坊が発給したと思われる天正9年(1581)の「天流諸目録」(筑波大学所蔵)の中の外物には、卜伝や有馬、小神野、上泉など関東の武芸者の技に並んで「影流あいす」の技が5種類含まれています。このことから天正9年(1581)以前の東関東で愛洲陰流が学ばれていた事がわかります。

愛洲家は後に平澤姓を名乗ります。子孫は代々佐竹に仕えていました。残念ながら陰流は平沢家の何代目かで失伝し、明治維新までに多くの文献が失われました。平澤家と陰流については、戦前に古武道史の研究家、青柳武明が平澤家を訪れ、平沢家と陰流について雑誌等で発表し知られるようになりましたが、それまでは愛洲移香や小七郎については名前から出身地まで諸説あり、ほとんど謎だったと言って良いようです。

なお江戸時代中期の肥後細川藩の伝書によれば、

「上泉武蔵守が最初に上洛した際、京都にいた新陰流の名人・愛洲小七郎に入門した」

とされていました。

上泉武蔵守と新陰流

新陰流の開祖、上泉武蔵守信綱は永正5年(1508年)頃、上州の大胡氏の一族に生まれたとされています。箕輪城の長野氏に仕えた武将で、柳生家に伝わる古文書によれば、陰流・新当流・念流などを学び、特に陰流から奇妙(優れたもの)を抽出し新陰流を創始したとされています。詳しくは色々な書物やwebページで解説されているのでそちらをご参照ください。

・上泉信綱(朝日日本歴史人物事典)

・上泉信綱(wikipedia)

江戸時代中期の肥後細川藩では小七郎に新陰流を学んだ名人で、外物謀畧之巻(普段気をつけるべき種々の心得等をまとめたもの)を書いたとされています。疋田豊五郎と試合しこれを弟子としたともあります。

参考文献

中世古祥道,1999,『増補 愛洲移香斎久忠傳考』,南伊勢町教育委員会

中世古詳道,1998,『上泉武蔵守信綱傳私考』,南伊勢町教育委員会

今村嘉雄,1982,『日本武道大系2巻』,同朋舎出版 …「天流諸目録」の翻刻が掲載

写真:愛洲移香斎像(愛洲の館)