(H18_1 大仏)

偉大なる折田先生・其ノ九



平成十八年二月、男子にとって気の重い例の日(=チョコの日)が間近に迫った某日。
トップページのカウンターが通常より一桁多く回る。

(えっ、もう!?入試はまだ先のはずだが・・・。)

早速 折板 をチェック。
おりた3さん、DDDさん、ななしさん、エルさん。
早速のタレコミ、ありがとうございました!


(まぁ入試まではまだ日もあることだし、
来週末あたりにまったりと見に行くか。)
などと思っていたが、、、、


「え゛っ!!!」

gambit72様、哀しいお知らせ&メールありがとうございました(半泣)。


何とも言えぬ苦~い気持ちで、
旧教養部(現・総合人間学部)へ。


そういえばご存知でしたでしょうか?
大規模な改築に伴い、A号館地下にコンビニ(ローソン)ができたことを。

(門の左前の看板に注目。)

(小洒落たおフランス製の発泡水(通称ペリエ)とか、
 お酒とかも売ってまっせ、お客さ~ん。。。
 「ちっ、ここは俺の居たキャンパスぢゃねぇ。」←昨年に同じ。)


以下、現場(図書館前)の惨状。

(「あ゛~ぁ、、、、、。」)



根元から折られた角材の横には古風な木の立看が




像が設置されていたであろう場所の前に賽銭箱がある。

中を覗きたくなるのは人情と言うもの。
「あ、入ってる!」

収益金はどうするつもりであったのであろうか。
先ほどのコンビにで使ってしまうつもりか、
せめて銅像の再建立への寄付をお願いしたいものである。


像は発泡スチロール製、塗装の類は一切無し。
塗装がない、これは大変にめずらしいことである。


像の脇腹あたりには
路地裏の塀とかで見かける小さな鳥居が二つ突き刺さっている。
いったいどこから持ってきたのであろうか。
通りすがりのおじぃちゃま・おばぁちゃまがこれを見たら
きっとヨヨと泣いてしまうに違いない。


そして胸部には何やら張り紙も

まさか、、、
現国・文学史等にてお馴染みの、読み方要注意の作家か?
(あれは「パリ燃ゆ」だったような気が。。。うぅむ。)


破壊されているとはいえ、まだ何かわかることもあるはず。

再度よく調べて見ると、少々気になったことが。

大仏の台座が異様に細い木の組み合わせでできている。
いったいこれはどういうことなのであろうか。

例年なら「折田先生像」という例のプレート付で
台座もしっかりと再現されていたはず。

上物のわりにかなり貧弱な台座。

まったく構造計算できてないではないか!


構造計算・・・・・はっ!
もしやこれってA歯物件?


さて、
像の周囲を探してみたが大仏先生の肩から上が無い。
常人ならあきらめて帰るところであろうが
ここは一つ少し落ち着いて考えてみることに。
(それなりの大きさがあるはずだ。 この付近でそんなものを捨てられる場所があるとしたら

・・・・あっ、あそこかも!)


「ビンゴ!」

ここは泣く子も黙る吉田寮(吉田キャンパスの南端、像からは数十m)


「なぜここだってわかったかって?
 オレのゴーストがそう囁くからさぁ(バトーの声希望)。」





完全な不法投棄である。
通りすがりの寮の掃除のおば様も「迷惑だ」としごく嘆いておられた。



後日倒された像付近で見つかることになるが
取材当日、頭頂部は見つけることができなかった。


調査から帰還後、ネットを介して建立当初の写真を探す。
いち早くブログに写真を掲載されていた  D.B.E三二型の某氏さん と連絡をとり、
転載の許可をいただいた。
某氏様、ありがとうございました!


以下は12日破壊直前の大仏先生の姿である。



入試当日まで残っていれば
受験生の心もきっと幾ばくかは救われたであろうに。


明らかなことは、
張り紙と鳥居は破壊前には存在しなかったということ。
まずは張り紙をし、次に倒し、そして鳥居を刺した。

憶測は憶測を呼ぶもの。
この像が模倣者による偽モノであるとの説まで
自称ウォッチャーや折像ファン達の間で飛び交った。
たしかに、例年とは何かが違う。


そしてウォッチャーたちの期待は裏切られなかった。
倒壊事件から間もなく。
我々は真のハリボテ継承者たちの作品を再び目にすることになる。

→ 其ノ十へ続く。





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