回 生態進化発生コロキウム要旨集

ショートトーク

桂 宗広名古屋大学)「花認識に関わるシグナルの探索

「訪花行動」は昆虫の織り成す多種多様な営みの一つです。私はカザリショウジョウバエという昆虫を使ってこの訪花行動について研究しています。カザリショウジョウバエはキイロショウジョウバエの近縁種でありその小さな脳で特定の種類の花を認識・選別し、花の中でテリトリー主張、求愛や交尾、産卵を行うというとても興味深い進化を遂げた昆虫です。今回お話したい内容は、そのうちの花の認識・選別に焦点を当てたものです。カザリショウジョウバエが標的からどのようなシグナルを受け取って訪花を実現しているのかを探るための実験の一端をご紹介できたらなと思います。

船本 大智東京大学大学院理学系研究科小石川植物園)「花で繁殖する訪花昆虫:ヒゲボソケシキスイ科への注目

訪花昆虫の一部のグループは花を繁殖場所として利用する。現生のヒゲボソケシキスイ科(甲虫目)の成虫は被子植物の花に産卵し、ふ化した幼虫は花組織を摂食する。我々の研究によって、ヒゲボソケシキスイ科2種がショウブの肉質花序で繁殖していることが明らかになり、この甲虫がショウブの花粉媒介に寄与していることが示唆された。ショウブ科は単子葉類の中で最基部で分岐した系統であるため、ヒゲボソケシキスイ科とショウブの相互作用は被子植物の進化を理解する上で興味深い事例だと言える。本研究では、我々の研究を踏まえながら、これまで花粉媒介者として注目されてこなかったヒゲボソケシキスイ科の生態を紹介する。

鈴木 力憲東京都医学総合研究所)「好蟻性コオロギの巧みな回避戦略

好蟻性昆虫のアリヅカコオロギは、アリの体表炭化水素を奪うことで化学擬態する。しかしながら匂いの獲得は捕食のリスクも伴うため、アリヅカコオロギにはアリを巧みに回避する何らかの行動学的戦略があると考えられる。そこで本研究では、アリヅカコオロギのアリに対する回避行動を調べた。軌跡クラスタリング法による行動分類によって2つの質的に異なる回避行動を同定し、典型的な逃避行動であるEscapingと、アリを避けるように躱すDodgingと名付けた。興味深いことに、アリヅカコオロギはこれら2つの回避行動を宿主・非宿主アリに対して使い分けていることを発見した。これらの回避行動は化学擬態の実現やアリ巣での生活に重要であると考えられる。

野尻 太郎東京大学農学生命科学研究科) 「四肢形成ヘテロクロニーから読み解く翼手類の飛行進化における発生機構

翼手類は哺乳類の中で唯一、自由飛行能力を獲得したグループである。飛行の進化に付随して指骨の伸長など四肢に劇的な形態変化が生じた翼手類の胎子期発生には、他哺乳類に対し時空間的な改変が生じている。近年、翼手類の四肢形成における分子基盤が明らかとなりつつある一方、どのステージからどういった時間的改変(=ヘテロクロニー)が生じているのか、定量的な検討はなされていない。このため、伸長した指骨や皮膜がどういった発生変異から創出された新規形質であるのか研究の余地が多く残されている。そこで本研究では、翼手類24種、外群72種の胚発生から羊膜類に相同な120形質を観察し、四肢形成に関する11形質のタイミングの算出・祖先型復元を行った。本発表では、四肢形成のヘテロクロニーに着目して翼手類の飛行進化における発生基盤について議論した研究を紹介する。

東山 大毅東大・医)「哺乳類はサメ顔か

哺乳類は顔面原基の組み方を大きく作り変えて特徴的な顔を獲得した。これは四肢動物で稀な現象だが、実は軟骨魚類のエイやサメでも顎の懸架様式の多様性という形で顔面原基の組み方の変化が見られる。これらの動物に起こった変化はどの程度共通したものなのだろうか。私はまず解剖や文献調査等によってこの疑問に向き合っている。その結果、一部のエイにおいては顎の懸架様式のみならず、哺乳類に特有な表情筋のように、おそらく第二咽頭弓に由来する筋肉が顔の表層に分布し、頭蓋の先端に達する様子までもが観察できた。今後、軟骨魚類の発生過程を哺乳類と比較することで、表情筋のような獲得機構の不明な構造の進化についての洞察が得られるかもしれない。

斉藤 京太千葉大学大学院融合理工学府先進理化学専攻)「生命現象の階層間で共通する表現型多様化パターンから探る進化の制約

生命現象の階層間で共通する表現型多様化パターンから探る進化の制約 地球上には多様な表現型をもつ数多くの種が存在する。一方で、種内にも遺伝的、非遺伝的な表現型多様性がある。ただし、そのような表現型多様性は、無限の自由度の中で生じているものではなく、なんらかの制約の中で生じていると考えられている。実際、このような制約については、生命現象のそれぞれの階層において定量されてきた。しかし、制約の実態を複数の階層で網羅的に検証した研究はなく、階層間での連続性はほとんど未解明である。本研究では、ショウジョウバエ属昆虫の翅形態に着目した解析を行なった。その結果、階層間で共通する表現型多様化パターンが検出された。このことは、生命現象の階層に共通の制約がある可能性を示唆している。

壁谷 尚樹東京海洋大学)「カイアシ類における多価不飽和脂肪酸生合成酵素の多様性

カイアシ類は、ドコサヘキサエン酸(DHA)等のオメガ3多価不飽和脂肪酸(ω3 PUFA)を豊富に含み、魚類含む様々な捕食者の栄養源として重要な役割を果たしている。海洋生態系においては、微細藻類等がω3 PUFAを一次生産し、カイアシ類体内には餌由来のω3 PUFAが蓄積しているのみと考えられているが、本当にそうだろうか?我々は近年、カイアシ類がその分類群ごとに多様なPUFA生合成系を有することを見出しており、この多様性が遺伝子の大規模な欠損や水平伝播などによりもたらされた可能性を示している。本発表では、カイアシ類のPUFA生合成経路の多様性について紹介し、彼らが水圏環境においてPUFAの一次生産者として機能する可能性について考えたい。

後藤 寛貴静岡大)「銅鉄実験から見つかるものもある

銅でやった実験を鉄でもやる、そのような新規性に乏しい「銅鉄実験」は一般的にレベルの低い研究とされている。ホソアカクワガタでやった実験を、コクワガタでやり、さらにノコギリクワガタでもやる、なんてのは典型的な銅鉄実験である。しかしいざやってみると予想外な結果が得られることもあるようだ。本講演では、同一の候補遺伝子を様々なクワガタ種で機能解析する「銅鉄実験」から見つかった発見について、二つの事例について紹介する。

新津 修平東京都立大学・国際基督教大学)「アミメカゲロウ目昆虫で初めて観察された亜終齢期の翅原基について

完全変態昆虫は、「内翅類」という別称を持つ。その呼称の由来は、終齢幼虫期における中・後胸側面の外表皮内側にある上皮組織の陥入による翅原基の構造様式が、内翅類を定義づける固有派生形質であるという認識に拠る。完全変態昆虫の進化的起源については、主に分子系統解析により研究が進められているが、翅原基の発生様式のパターンから議論されることは極めて限定されていた。今回、我々は、内翅類の進化的起源に関する研究を比較発生学的アプローチにより進めるにあたり、翅原基の後胚発生の研究が詳細に行われていないアミメカゲロウ目において、人工飼料で飼育が可能なカオマダラクサカゲロウを研究材料に幼虫期における翅原基の形成過程について樹脂包埋切片による組織形態観察を行ったので、その結果と今後の展望について紹介したい。

神田 元紀理化学研究所・生命機能科学研究センター)「ロボット実験の現在と未来

私たちはロボットと情報技術を用いて生命科学研究の構造を変えることに挑戦している。現在多くの実験は人間の手と頭によって行われているが、いかにしてロボットと情報技術を用いてこの活動を拡張し、加速できるかを研究している。具体的には、汎用ヒト型ロボットLabDroid「まほろ」を用いた自律細胞培養系の開発、自律条件検討系の開発を行っている。ロボットへの実験の実装はただ単にその実験だけが自動化されるものではなく、高度化・共有化により全ての研究者の研究が加速されなくてはいけないと考えている。本発表ではこれまでの成果に加えて、すべての研究者がオープンかつフラットに第一線の技術を使うことができる次世代型実験環境「ロボット実験センター・プロトタイピングラボ」の概要とその開発状況を紹介するとともに、その先に拓かれるサイエンスの未来について議論したい。特に、さまざまな動物における実験に適用するためには何が足りないのか、をぜひ議論させていただきたい。

尾崎 遼筑波大学医学医療系)「ドライとウェットの研究自動化のため研究開発

生命科学の研究では一連の手順を実行することがよく求められる。手順間の連携を効率化することで研究のハイスループット化が期待できる。講演者はこれまでドライ(バイオインフォマティクス)とウェット(実験)における手順間の連携の効率化のための研究に取り組んできた。1細胞RNA-seqデータの解析では、様々なソフトウェアへの処理からレポート作成までを一気通貫で自動で行うツールramdaqを開発した。また、異なる種類の複数の機器を連携させる必要がある自動化実験において、生細胞や不安定な生体分子を扱う際に重要な時間制約を考慮したスケジューリング手法を開発した。本発表では、非モデル生物研究に必要なバイオインフォマティクスについても議論したい。