第2回生態進化発生コロキウム 要旨集

ゲストトーク

小分子RNAが紡ぎだすカイコの性決定システム

木内隆史(東京大学)

約80年間、謎に包まれていたカイコの性決定カスケードの最上流因子が明らかになった。それはW染色体から転写されるノンコーディングRNAとそこから産生されるPIWI-Interacting RNA(piRNA)というsmall RNAであった。カイコの雌性はたった29塩基の小さなRNAの存在により決定されていたわけである。私たちがFem piRNAと名付けたこの小さなRNAはカイコのPIWIタンパク質Siwiと複合体を形成し、Z染色体上にみつかった雄化遺伝子MascのmRNAを切断していた。すなわち、カイコは雄化するシステムの遮断により雌性を決定していることがわかった。本来トランスポゾンの抑制のためにはたらくpiRNAがどのようにしてカイコの性を操作するようになったのか。W染色体をもたない近縁種を扱うことで性決定システムの進化に迫れると私たちは考えている。

自家交配の進化がもたらすもの:シロイヌナズナの集団ゲノムから探る

土松隆志 (東京大学)

適応的な進化はどのような突然変異によって起きるのか.それらにはどのような普遍的な特徴が見られるか.これらの問いに答えるには,何度も繰り返し進化した形質に着目し,その遺伝的基盤を調べるのが有効なアプローチである.両性体が多数を占める被子植物において,自家交配(自殖)ほど頻繁に進化した形質は他にないと言われている.私たちは,自殖性のモデル植物シロイヌナズナとその近縁種を材料に用いて,自殖の進化がどのような突然変異によって促されたのか,自殖の進化が植物集団に何をもたらしたのかを探ってきた.本講演では特に,大規模な集団ゲノムのデータ(「1001ゲノム」)を用いた解析から見えてきた新しい知見を報告したい.

口頭発表

チャルメルソウの種分化遺伝学(奥山雄大・国立科学博物館)

送粉者との関係は花の多様性をもたらし、同時に近縁植物種間での生殖隔離メカニズムとしても働くため、被子植物適応放散のカギを握ると考えられてきた。特に近年、匂いを含めた送粉者に対する信号が種分化の引き金として注目されつつある。しかし、これらの形質を支配する遺伝基盤についてはほとんど分かっていないため、実際にこれらに分断化淘汰が働いた証拠はほとんど得られていない。本発表では、日本列島で劇的な多様化を遂げたユキノシタ科チャルメルソウ節(Mitella sect. Asimitellaria)での研究例を起点として、送粉者への信号の1つである匂いの遺伝子をあらゆる植物から単離し、その機能を解明すると同時にその多様化メカニズムや植物の種分化に与えたインパクトを明らかにする研究プロジェクトについて紹介する。

受容体フィトクロムの分子進化と日長に関連した機能進化(池田啓・岡山大)

高緯度・低緯度地域に異所的に分布する姉妹種の光受容体遺伝子の分子進化を調べたところ、フィトクロム(PHYB)が種間で非中立に分化したことが示された。タンパク質の生化学活性を測定したところ、日長の違いと関連した活性を持つことが明らかになり、日長に応じた生理適応に寄与する可能性が考えられた。

接合藻ミカヅキモにおける自殖とその進化(土金勇樹・日本女子大)

接合藻ミカヅキモは陸上植物に最も近縁な単細胞生物の1つである。この藻類には+型、-型の異性間で接合と呼ばれる有性生殖を行うヘテロタリズムが知られている。一方、1細胞由来のクローン細胞間で接合を行うホモタリズムと呼ばれる接合様式が知られている。このホモタリック株において、単一の栄養細胞の分裂により生じた姉妹配偶子囊細胞同士が寄り添い、主にそのまま接合(自殖)することが明らかとなった。本研究は、これらの接合過程を生理学的、分子生物学的に比較解析することで、自殖するホモタリック株がどのように進化してきたのかを明らかにし、最終的には、藻類における接合様式決定機構の解明を目指している。

ネムリユスリカの乾燥耐性における酸化ストレスの影響(Cornette Richard・農生研)

ネムリユスリカの幼虫はアフリカの半乾燥地帯に生息している。幼虫は岩盤の上にある小さな水溜まりの中に生きているが、乾期に水溜まりが干上がると共にネムリユスリカの幼虫もカラカラに乾燥して、anhydrobiosisという無代謝状態になる。マイクロアレイ解析などにより乾燥耐性における酸化ストレスの重要性が明らかになり、乾燥過程に生じる活性酸素が生体分子にダメージを与えることが分かりました。一方、主な乾燥耐性関連遺伝子(抗酸化因子、HSP、LEAタンパク質やトレハロース合成酵素など)の発現が直接に酸化ストレスによって誘導されることも最近明らかになった。したがって、酸化ストレスはanhydrobiosisの重要な引き金であることが考えられる。

胆嚢の進化、発生(東山大毅・東京大)

消化器官は、食物の消化という機能に密接に繋がる構造だが、発生学的・進化的研究は充分に進んでいるとは言い難い。脊椎動物の胆嚢は、肝臓の分泌する胆汁(脂質の分解にかかわる)を一時的に貯蔵し、十二指腸へと分泌する袋状の器官である。この器官は、ウマ、シカをはじめ様々な種で頻繁に失われるが、しかし胆嚢の有無について系統関係に基づき網羅的に論じられたものはなく、その進化的変遷の詳細は謎のままである。本講演では、約800種の脊椎動物の解剖学的記載を文献から調べ、系統上に配置することにより見えてきた胆嚢の進化的傾向を報告する。またマウスを用いた発生学的研究とも交え、今後の取り組みについても紹介したい。

十脚甲殻類の胸脚の再生メカニズム(進士淳平・東京大)

生物は、長い進化の歴史の中で繰り返されてきた捕食‐被食の連鎖を経て、捕食者から逃れる様々な手段を獲得してきた。その中でもエビ・カニ類などの十脚甲殻類は、近縁生物と比べ優れた再生能力に支えられ、自ら胸脚の特定の部位を切り離し囮とする自切という逃避手段を行うことが知られている。しかし、十脚甲殻類の自切と再生を司る分子基盤は未だほとんど解明されていない。そこで本研究では、淡水性ザリガニProcambarus fallax f. virginalisをモデルとし、自切後の胸脚再生機構の解明を試みた。これまでの分析で、本種の自切後の胸脚再生機構は近縁生物と比較して単純化されており、自切部位は自切後の再生を行う上で合理的にできている可能性が示唆された。本発表では、Hox遺伝子を主軸とした取り組みについて紹介する。

クワガタムシにおけるトランスクリプトームデータを用いた性決定遺伝子群の同定と機能解析(後藤寛貴・名古屋大)

演者らはこれまでメタリフェルホソアカクワガタ Cyclommatus metallifer の大顎を材料に、極端に発達した武器形質の発現機構を研究してきた。本研究では本種の大顎形成期に発現する遺伝子を網羅的に同定するため、次世代シークエンサー(Roche, 454 GS FLX Titanium Series)を用いて雌雄の幼虫期・前蛹期における頭部・胸部由来の発現遺伝子カタロギングを行った。その結果、約10,000遺伝子の全長、または部分配列を得ることができた。このカタログの有用性を検討するため、ショウジョウバエで性決定への関与が知られる24遺伝子について、相同遺伝子の探索を行い、約半数の13遺伝子について相同遺伝子配列を同定し、さらにこのうち重要な3遺伝子については発現・機能解析を行った。

中生代白亜紀中期の海洋無酸素事変がイノセラムス科二枚貝類に与えた影響について(高橋昭紀・早稲田大)

中生代白亜紀中期のセノマニアン/チューロニアン期境界(約9,390万年前)では,海洋無酸素事変(OAE)と呼ばれるイベントが生じ,属レベルで海生生物のおよそ26%が絶滅した.イノセラムス科二枚貝類は,成体の移動能力がなく底生性であったと考えられるため,OAEによる海生動物の影響を評価する上で好適な動物である.本邦のイノセラムス類はやはりOAEの影響を受け,種レベルでほぼ100%が絶滅した上,境界直後では統計的に有意に殻サイズが矮小化した.その他にも,境界後に殻サイズの種間変異の著しい減少,汎世界的分布種の卓越などの現象が生じた.本講演では,それらの現象と考えられる原因について発表する.

コノハチョウの枯葉模様の進化 ボディプランと漸進進化(鈴木誉保・農生研)

コノハチョウ(タテハチョウ科Kallima属)は見事な枯葉模様を呈している。今回、葉っぱに似てもにつかない模様をした蝶が、徐々に変化を蓄積しながら、葉っぱにそっくりな模様をした蝶へと進化していくプロセスを明らかにしたので報告する。枯葉擬態ように複数の要素からなる模様や形態の進化プロセスに取り組むことは、これまで困難とされてきた。本研究では、動植物の基本原理である相同性・ボディプランという性質と系統比較法として知られる系統ベイズ解析技術とを組み合わせた数理手法を開発し、複雑な模様の進化プロセスを明らかにした。本発表では、解析手法の解説にやや力点をおいて、枯葉に擬態した模様がどのように進化してきたのかを概説する。

参考文献:Suzuki TK, Tomita S, Sezutsu H. (2014) BMC Evol Biol 14:229 Gradual and contingent evolutionary emergence of leaf mimicry in butterfly wing patterns

つる植物における自己識別(深野祐也・東京農工大)

自個体と他個体を識別するシステムは生物に広くみられ、植物では柱頭における自己不和合性がもっともよく研究されている。また植物は、隣の株が自株か他株かによって、根の伸長パターンや地下部に対する配分を変化させることが知られている。しかし、地上部の生長器官において、植物が自己識別をしていることは知られていなかった。われわれは、つる植物が、巻き付きつく相手として自株と他株を見分けていることを示唆する結果を得た。本発表では、この発見の概要と示唆されるメカニズム、そして植物の構造や競争を理解するうえで自己識別能を考慮する重要性を議論したい。

魚に電子標識を取り付けて追跡・観察する行動研究(古川誠志郎・長崎大)

動物の行動を研究する第一歩は観察することとよくいわれる。では、その対象がサメやマグロのように海洋という巨大な三次元空間を動き回る大型魚であればどうだろう?野外で人が泳いで追跡し、行動を観察するには少々手ごわすぎる相手である。捕まえて水槽の中での振る舞いを観察しようとしても、その飼育系の確立には水族館並みの設備が必要となる。本発表では、直接観察の難しい海産魚類の行動研究に、対象動物に記録計を取り付けて追跡するという手法を用いて試みた事例を、発表者の研究を中心に紹介する。そして、この手法だけでは答えるのが難しい研究動物に対する「なぜ?」という問いに答えるための Eco Evo Devo 研究の可能性についても問うてみたい。

DHA合成能が担う新規環境への適応放散(石川麻乃・遺伝研)

新規環境に進出する潜在能力には、生物群間で違いがあるが、その実態や遺伝基盤の理解は進んでいない。そこで、我々はイトヨの淡水域進出に注目し、その潜在能力の違いを規定する遺伝基盤を解析している。イトヨは、太平洋イトヨGasterosteus aculeatusと日本海イトヨ G. nipponicusに分けられる。太平洋イトヨは淡水域へ進出し、適応放散を遂げた一方、日本海イトヨではこのような淡水域への進出が見られない。この鍵となると考えられたのが、DHA合成能の違いである。日本海イトヨは太平洋イトヨに比べ、淡水餌で飼育すると、幼魚期に高い死亡率を示すが、これは海産餌の給餌で回復した。一般的に、ドコサヘキサエン酸(DHA)は海産餌に多く含まれる一方、淡水餌にはあまり含まれず、淡水魚は独自のDHA合成経路を持つことが知られる。そこで、淡水餌で飼育した日本海イトヨと太平洋イトヨの脂肪酸含有量を解析すると、太平洋イトヨは日本海イトヨに比べて高いDHA合成能を持っていた。本発表では、この異なるDHA合成能に関わる酵素群の発現・機能解析について発表する。