第3回生態進化発生コロキウム 要旨集

ゲストトーク

進化的新規形質はどのように獲得されたのか、心臓の進化を例に考えてみよう(守山裕大・東京大学)

生物は進化の過程で様々な形質を新規に獲得し、生息する環境に適応してきた。では、このような進化的新規形質はどのように獲得されたのだろうか? 演者はこの問題に取り組むために、心臓の進化に着目してこれまで研究を進めてきた。例えば、有名な“1心房1心室から2心房2心室へ”という心臓形態進化では心房中隔・心室中隔という進化的新規形質が獲得されている。また、真骨魚類では心臓の一部を心筋ではなく平滑筋へと変化させ、動脈球という進化的新規形質を獲得した。これによって循環器系がより効率の良いものとなり、水中環境へ適応し脊椎動物においてもっとも大きなグループとなる程の爆発的な繁栄へと至った。本発表ではこの動脈球の解析から明らかになった進化的新規形質獲得の新たなメカニズムについて紹介する。

栄養バランス変化に適応する生体システムの解明に向けて(服部佑佳子・京都大学)

生物は絶えず変化する環境要因にさらされており、その主な要因の一つは栄養である。我々は、全世界に分布し様々な果物を食べる広食性のキイロショウジョウバエと、特定の地域にのみ生息し単一の植物を食べる狭食性の近縁種に注目し、比較解析を行っている。近縁5種間での食餌依存的な生体応答のオミックス解析から、広食性種が持つ栄養バランスへの柔軟な適応能力の分子基盤の解明を目指している。また、実験室でのエサや、それぞれの種が自然界で摂取しているエサの栄養成分の比較分析も行っている。本発表では、栄養成分の変化が生体内でどのように作用し、また個体の側はどのように応答することで、様々な栄養バランスに適応しているかについて、食べる側と食べられる側双方からのアプローチを紹介したい。

口頭発表

捕食者が駆動する被食者の急速な表現型多様化(森井悠太・北海道大)

捕食者は被食者の進化にどのような影響を与えるのだろうか。私は、北海道に生息する近縁な2種の陸産貝類(カタツムリ)を用いて、この課題に取り組んでいる。この2種は道内の広い地域で同所的に生息するだけでなく、生息環境にすら種間差が見られないことも示され、種間にはたらく「資源をめぐる競争」や「繁殖干渉」の効果が非常に軽微な2種であることが示唆されている。一方で2種は、2種を主に捕食する大型のオサムシ類に対して著しく異なる防御行動を取ることが発見され、「捕食・被食者間相互作用」が2種に大きな影響を与えている可能性も示されつつある。本発表では上記の研究結果のほか、今後の方針についても触れたい。

行動の種間差を生み出すメカニズムを探る 〜ショウジョウバエの求愛行動を用いた試み〜(田中良弥・東北大)

ショウジョウバエ属の求愛行動は種間で異なることが知られている。モデル種であるキイロショウジョウバエのオスではfruitless(fru)と呼ばれる遺伝子の働きが求愛行動の実現のために重要な働きをしていることがわかっている。一方で、求愛行動の種間差を生み出す遺伝子・神経基盤についてはほとんどわかっていない。私たちはキイロショウジョウバエと同属でありながら、ユニークな求愛行動を示すD. subobscuraに遺伝学的なツールを適用することでこの問題にアプローチしている。本発表では、ゲノム編集技術を用いて作製したD. subobscuraにおけるfru変異体の行動解析の結果について紹介する。また、特定の神経細胞群を可視化・強制活性化することを目指した今後の取り組みについても議論したい。

芒形態形成のメカニズムと栽培化の関係(上原奏子・名古屋大)

移動することのできない植物は、形態・生理・化学防御などを発達させることで、環境に適応してきた。多くの単子葉植物は、種子先端に「芒(のげ)」という、突起状の構造を持つ。芒の表面には鋸歯状の細かい棘が形成されており、鳥獣による食害から種子を保護する役割や、人の衣服や動物の毛にからまって種子の拡散を補助する役割があると言われている。この芒の発生を司る遺伝的な分子基盤はわかっていない。そこで、人為選択によりわずか数千年の間に芒が失われた栽培イネに注目して解析を行い、原因となる染色体領域を特定した。

送粉者をめぐるトレードオフがもたらす花形質におけるパレート最適性の検証 (三上智之・東京大)

送粉生態学の分野では、植物が複数の送粉者に依存し、かつ各々の送粉者が異なる花形質を好む場合、花形質にトレードオフが働くことが示唆されている。一方、システム生物学の分野では、このようなトレードオフが働く生物の形質について、パレート最適性と呼ばれる概念を用いて説明できる可能性が議論されている。そこで本研究では、トレードオフが働く花形質がパレート最適性を満たすのではないかという仮説を立てた。このとき、実現するパレート最適な花形質は、形質空間上で、個別の送粉者に特化した極端な花形質に囲まれた、限られた領域に分布することが予想される。今後、送粉生態学分野の研究で得られた花形質データを用いて、検証を行う予定である。

最小の微生物は最小のゲノムを有するか?(中井亮佑・遺伝研)

私の関心は「生物サイズの下限」であり、自然界から極小微生物(主に細菌)を探索している。その結果として、国内河川から終生を極小サイズ(大腸菌の細胞体積の約30~40分の1)で過ごす極小細菌を分離した。本細菌のゲノムサイズは約1.6 Mbと小さく、その近縁グループが3~4 Mbであることから、ゲノム縮小が生じている。事実、近縁ゲノムでは保存されている200以上のオーソログが存在しない。また、北極氷河などから培養した他の極小細菌2 種のゲノムもそれぞれ 1.8 Mbp、1.9 Mbp とやはり際立って小さく、最小の細菌は最小のゲノムを持つ、という命題が想定されてきた。

安定同位体比を用いた白亜紀二枚貝イノセラムス類の絶対成長様式と生態の推定 (高橋昭紀・早稲田大)

白亜紀イノセラムス科二枚貝類の絶対成長様式と生態を,殻頂の靭帯受に残されている微細成長線と酸素安定同位体比の比較をして明らかにした.まず,各種成長モデル曲線とイノセラムス類の成長線の適合度を算出し,全てがおおよそ99%の信頼で適合することから,成長線は年輪である可能性が高いことが解った.次に,成長線および成長線のない箇所の酸素安定同位体比を測ると,成長線部分だけが軽い同位体比と大体一致する個体と,成長後期に軽い方へシフトしていく個体があることが見い出された.従って,成長線は夏輪で,一部の個体は擬浮遊性の生活様式をとり,成長後期に暖かい地方へ流されていたと推定される.

分子系統解析から見るホソアカクワガタ属の大顎サイズ進化 (後藤寛貴・名古屋大)

クワガタムシのオスで見られる発達した大顎は、性選択によって進化した「誇張された形質」として有名であり、古くから生物学者の興味を惹いてきた。演者はこれまでメタリフェルホソアカクワガタ Cyclommatus metallifer をモデル材料として用いて、極端な大顎発達をもたらす発生機構の研究を行ってきた。メタリフェルホソアカクワガタを含むホソアカクワガタ属は東南アジアに広く分布するグループであり、属内では種ごとに大顎のサイズや形態に大きなバリエーションが見られる。そのため、クワガタムシに見られる多様な大顎の形態・サイズの進化を研究する上で最も適したグループと考えられるが、属内の系統関係については全く明らかではない。そこで、本研究ではホソアカクワガタ属で見られる多様な大顎の形態と大顎のサイズがいかなる進化過程を経て生じたのかを明らかにすることを目的に分子系統解析を行った。

カイコガ科におけるクワへの適応進化(木内隆史・東京大学)

カイコはクワの葉を食べて成長するが、クワには消化酵素の働きを阻害する毒素が含まれており、カイコガ科の昆虫でもクワを利用できる昆虫は限られている。カイコガ科においてクワへの適応進化に重要な役割を果たした遺伝子を探索するために、クワを食べられる昆虫と食べられない昆虫の消化器官で発現する遺伝子を網羅的に比較した。その結果、クワを食べられる昆虫では毒素に耐性をもつ数種の消化酵素遺伝子が高発現していることがわかった。そこで、ゲノム編集技術を用いてこれら遺伝子をノックアウトし、クワ食性に及ぼす影響を調べてみることにした。しかし、作出したノックアウトカイコは何の影響もなくクワを食べて成長することができた…。

ショウジョウバエはどのような神経回路で同種の求愛歌を識別するのか?(石川由希・名古屋大)

私たちは音の中で暮らしている。音は環境の変化や他個体の状態を知るために有用な情報源であり、多くの動物はこのための聴覚感覚器と神経回路を発達させている。しかし音特有の時間パターンがどのような神経回路によって処理され識別されるのかは全くわかっていない。キイロショウジョウバエDrosophila melanogasterのオスは、求愛時に翅を震わせて“求愛歌”を歌う。求愛歌の時間パターンは種ごとに異なり、キイロショウジョウバエは同種の歌を聴き分けることができる。では彼らはどのような神経回路を用いて同種の歌を識別しているのだろうか?今回私たちは、ハエ一匹の聴覚応答行動を検出する行動解析法 SMARTを新たに開発した。本発表ではこの結果を紹介し、そこから予想されるショウジョウバエの聴覚神経回路のモデルを提案したい。

淡水魚ウグイ類における不完全な種維持機構(渥美圭佑・東京大)

種を維持する機構は、種分化の観点から主に分岐後若い種を用いて盛んに研究されてきた。しかし、種分化が完了した古い種群における知見の蓄積も重要である。北海道に生息するウグイ属魚類3種では、大規模な種間交雑が生じている(河川によっては雑種第1代が集団の2割を占める)にもかかわらず、各種は融合せず独自性を保っている。本種群はこのような不完全な種維持機構を持つことに加え、長期間同所分布してきたと考えられるにもかかわらず接合前隔離が不十分であると考えられる点、3種の在来分布種が自然界で交雑するという点でユニークである。本講演では、ウグイ属魚類の種維持機構の解明を目指す今後の取り組みについて紹介したい。

カミキリムシは,いつ何をきっかけに蛹になることを決心する?(長峯啓佑・東京大)

完全変態昆虫の終齢幼虫は,何らかの条件が整って蛹化運命が決定されると,蛹化へのプロセスを開始する.蛹化運命決定後は餌の質にかかわらず蛹化の時期は変わらない.いつ何をきっかけに蛹化運命が決定するか,という問いに答える研究は少ない.蛹化運命決定タイミングについて,最も研究が進んでいるのはチョウ目,タバコスズメガである.タバコスズメガは十分な体重に達したときに蛹化運命が決定する.一方,コウチュウ目の数種では,体重にかかわらず餌がなくなることにより蛹化運命を決定する.キボシカミキリ(コウチュウ目)から,これらの種とは異なる蛹化運命決定タイミングを発見した.

遺伝子重複がもたらすホタルの発光の多様性(別所学・名古屋大)

発光生物の多様性は何によってもたらされるのか?発光性甲虫(ホタルやヒカリコメツキ)は緑色から赤色まで様々な色で光り、また、発光器官の位置や発光する発生段階も様々である。これらは外的環境に適応していった結果だが、その多様化を可能にした内因的駆動力はなんだろうか。発光生物を発光生物たらしめるエッセンスは、ルシフェリン(低分子基質)とルシフェラーゼ(酵素)である。ホタルの多様化にはルシフェラーゼの多様化が関わっていると考えられる。本発表では、遺伝子重複を起こした2つのルシフェラーゼについて、生化学的なアプローチからその生理的な意義について話したい。