第5回 生態進化発生コロキウム要旨集

ゲストトーク

昆虫の翅の多様な色彩が進化してきた遺伝的基盤の理解に向けて ~テントウムシとチョウを例に~ (安藤 俊哉・自然科学研究機構 基礎生物学研究所)

昆虫の翅の色彩に着目して進めている2つの研究について紹介する。1つ目は、テントウムシの赤と黒の目立つ斑点模様について。自分はまずいと捕食者に知らせる警告色として機能するこの模様には、著しい斑紋パターンの種内多型が見られる場合と、そうでない場合が存在する。ナミテントウのゲノム解読と連鎖解析から見えてきた斑紋パターンのバリエーションを制御する遺伝的構造について紹介する。2つ目は、色素によらずに色鮮やかな体色を呈する構造色について。タマムシやモルフォ蝶の翅に代表される光の干渉を誘起する微細繰り返し構造はどのような分子機構によって形成されるのだろうか。蝶の翅の鱗粉に着目した、現在進行中の研究プロジェクトについて紹介する。

藻類の酸性環境への適応戦略(廣岡 俊亮・国立遺伝学研究所 細胞遺伝研究系)

世界中に散在する酸性環境の多くは火山活動や採鉱作業を起因としており、地中から溶けだした鉄、アルミニウム、ヒ素等の金属を高濃度に含んでいる。この様な極限的な環境においても、一次生産者である光合成生物に支えられて、様々な生物が独自の生態系を築いて生育している。進化系統的に多様な好酸性藻類は、それぞれ中性環境に生息していた祖先種が酸性環境に適応することによって誕生したことが知られているが、その詳細な機構は明らかになっていない。本発表では好酸性緑藻のゲノム解析から明らかなになった酸性環境への適応機構を紹介する。

ショートトーク

ミズタマショウジョウバエDrosophila guttiferaの模様ができる仕組みを調べ、機能を考える(越川 滋行・北大・地球環境)

模様を持つ昆虫は多くいるが、世代時間が短く様々な実験手法が使えるショウジョウバエは、模様が形成される仕組みを調べる上で有利な材料である。私は共同研究者らとともに、翅に黒い水玉模様を持つミズタマショウジョウバエを使って、模様形成に関わる遺伝子を調べてきた。昨年から今年にかけて、ゲノム編集により、いくつかの遺伝子に変異を導入することに成功し、新しい実験の方向性が見えてきた。さらに模様はハエにとってどんな機能を持っているのか調べる方法についても考えたい。

エンハンサーはどこからくるの?:シス調整配列獲得による形態変化(毛利 亘輔・遺伝学研究所)

動物の多様な形態は発生関連遺伝子の発現パターンと強度によって制御されている。どのようにして新規のエンハンサーを獲得するのかは形態多様性を解く鍵のひとつである。我々が合指症を示す変異体マウスHammer toeを解析した結果、合指の原因がShh遺伝子によるエンハンサー獲得であることを明らかにした。別染色体由来の150kbがShh上流に挿入された結果、Shhは指間部での発現を獲得し、手の形態を変化させていた。本発表では、獲得されたエンハンサーがどのように機能しているのかを紹介するとともに、ゲノム構造変異によるエンハンサー獲得のメカニズムと影響について議論したい。

二枚貝類におけるTALE遺伝子の更なる拡張と初期発生の進化(守野 孔明・筑波大学 生命環境系)

発表者は近年、冠輪動物(軟体動物や環形動物)に特有のTALE型Homeobox遺伝子群 (SPILE) が存在すること、SPILE遺伝子群がらせん卵割型発生の特徴である動植軸に沿った細胞の運命規定を担っていることを報告した。軟体動物二枚貝は極葉の分配により、将来背側になる割球だけが4細胞期で大きくなる派生的らせん卵割を示す。このため、背腹軸に沿った細胞運命規定がより早期に起きていることが推察される。本発表では、二枚貝の系統において数が2倍近く(12-13)に増えたSPILE遺伝子群と、割球運命規定の早期化のつながりについて報告したい。

表現型可塑性の進化研究のジレンマ克服に向けて:周期性単為生殖ミジンコを利用した遺伝学(宮川 一志・宇都宮大学 バイオサイエンス教育研究センター)

生物が環境に応じて様々に形態・行動を変化させる表現型可塑性については、その分子発生制御機構が近年様々な生物を用いて研究されている。一方で可塑性自体が世代を超えて変化(獲得・喪失)するその分子遺伝基盤に関してはほとんど解明されていない。その大きな理由の一つとして遺伝学との不適合がある。つまり、人為交配によって作成した個体はそれぞれ唯一無二の遺伝子型をもつため、それを可塑性の解析のために様々な実験環境下に置くことは不可能となる。私はこのジレンマを克服するために、周期性単為生殖ミジンコを使用した遺伝学実験系を確立した。これを用いて実際に可塑性の遺伝様式の追跡に成功したのでその結果を紹介したい。

顔面構造は胚原基の曲げ伸ばしで説明できるか?:上あごの骨格と神経の発生から(東山 大毅・東京大・医・代謝生理化学)

成体の解剖学的構造は、胚原基の結合性をどこまで反映するのだろうか。脊椎動物の顔面は複数の顔面突起(原基)より生じ、その組合わせが顔面形態の相違を決めるとされる。骨格にもとづき、羊膜類でこの組合せパターンは同様と見なされてきた。しかし三叉神経をはじめ軟組織は哺乳類で大幅なズレがあり、①軟組織が原基のパターンを逸脱する、②現在の骨格の相同性や原基の組合わせの知識が誤り、の二つの可能性がある。本研究では、比較発生学的な形態比較、Cre-ERT2マウスを用いた原基間葉の系譜追跡、マウスとニワトリを用いた原基の結合阻害実験を試み、この問題に取り組んでいる。現時点では上記②が正しいと予想され、頭部骨格系に関して大幅な知見の更新が求められそうだ。

翼手目のエコ―ロケーションの進化的起源(野尻 太郎・北海道大学 環境科学院)

翼手目(コウモリ目)は哺乳類のうち齧歯目に次ぐ2番目に高い種多様性を誇る。そのうちのほとんどの種においてエコ―ロケーションと呼ばれる、音波を用いて環境を把握したり、飛んでいる昆虫を捕まえたりするための行動が見られる。このエコ―ロケーションには、発する音波の周波数や、音波発信の手段といった様々な多様性がみられる。本研究では、翼手目の出生前胎仔の蝸牛の発生というアプローチから、翼手目のエコ―ロケーションの進化的起源についての糸口をつかむことを目的とする。

カブトムシの角原基にみられる折り畳みの細胞生物学的形成要因について(後藤 寛貴・名古屋大学)

カブトムシの角は、幼虫時に頭部の中に形成される折り畳み構造を持つ角原基が、蛹化の際に一気に展開することで形成される。演者らの研究グループはこの急激な変化は、ほぼ折り畳みの展開という物理学的プロセスのみでなされていることを最近報告した(Matsuda et al. 2017)。つまり、角原基の折り畳みパターンが完成した段階で最終的な三次元形態が一義的に決まるので、折り畳み過程そのものが三次元形態の形成過程であるといえる。では、この折り畳みはどのような発生機構で起こっているのだろうか?本発表ではこのトピックに関して最近おこなっている細胞生物学的な解析に関する話題を提供する。

翅を無くしたフユシャクガ-発生の過程で翅の退化が生じるしくみ-(新津 修平・首都大学東京 理工学研究科/国際基督教大学 アーツサイエンス研究科)

昆虫類における翅退化現象は、多くの有翅昆虫類で見られる。その現象面での理解は進化生態学を軸とした究極要因に偏っており、分子発生学的な至近要因の理解は進んでいない。演者は、フユシャクガ類の一種、フチグロトゲエダシャクにおいて、内分泌物質を利用した休眠打破法および実験室内における通年累代飼育系を確立し、翅退化の至近要因の解明に取り組んでいる。この飼育系と実験系を利用して、雌特異的な翅退縮の誘導が、内分泌物質を通じた性によって異なるプログラム細胞死の制御によって生じることを明らかにした。本発表では、これらの研究成果について紹介し、雌特異的な翅退縮の分子発生メカニズム研究への展望についても紹介する。

カタツムリから考える種分化・多型の維持・共進化(山道 真人・東京大学 総合文化研究科広域システム科学系)

カタツムリは、遺伝学・生態学・進化生物学にとって興味深い特徴を備えている。例えば、(1)殻の巻き方向は、母親のある遺伝子座上の二つの対立遺伝子の組み合わせによって決まる、(2)巻き方向の異なる個体同士は交配しにくい、(3)一部の捕食者は多数派である右巻きを食べるように特殊化しており、左巻きは食べられにくい、といったことが知られている。これらの情報をもとに、カタツムリの種分化・遺伝的多型・共進化の動態について、生態–進化フィードバックの観点を取り入れつつ、数理モデルをもちいて解析を行った。このようなカタツムリの遺伝・生態・進化という個別事例から、一般的な予測を導くことの可能性について議論したい。

性を維持する分子基盤の解明(小林 和也・京都大学 フィールド科学教育研究センター)

性の進化とそれがもたらす様々な生命現象は、多くの研究者を惹きつけてやまない謎である。これまでも様々な側面から有性生殖がどのように進化してきたのかが研究されてきたが、遺伝子・ゲノムレベルにおける性の進化・維持メカニズムは依然として未知の領域が多い。我々のグループではコウシュンシロアリにおいて、未授精卵の孵化率がおおよそ0%、50%、100%の三通りになることを発見した。この材料を用いれば、分子レベルで生物に有性生殖を強いているメカニズムを解明出来る可能性がある。本発表では、現在進めている研究の概要を紹介し、今後の可能性について議論を深めたい。

オオオサムシ亜属の種特異的交尾器形態に関わる候補遺伝子群の発現パターン(野村 翔太・京大・院理)

体内受精を行う動物の多くは種特異的な交尾器の形態を持っており、近縁種間において性的隔離に役立っている。日本に生息するオオオサムシ亜属において、近縁種間における生殖器の形態は極めて異なっていることが知られており、これらの種間においては雄の生殖片形態に対して、雌の膣盲嚢が対応する構造を持つ。オオオサムシ亜属における多様な交尾器形態の遺伝基盤を調べるために、近縁種であるマヤサンオサムシ(Carabus maiyasanus)、イワワキオサムシ(C. iwawakianus)ドウキョウオサムシ(C. uenoi)について、RNA-seqを用いて発現量解析を行った。本発表ではこれらのデータを用いて行った、三令幼虫から蛹後期にかけての発現パターン解析、及び蛹化に伴う形態形成期以降の種間発現変動遺伝子比較の結果を紹介し、それにより示唆された交尾器の進化パターンなどを紹介する。

グルメvs.味オンチ:タテハチョウ類におけるジェネラリスト種の進化 (鈴木 啓・東北大学・生命科学)

植食性昆虫のうち、多数の植物種を利用できるジェネラリスト種はごく僅かである。一見起こりにくいと思われるジェネラリストへの進化は、どのような遺伝的基盤によって起こるのだろうか?先行研究では、チョウ類において味覚受容体遺伝子(GR)群が産卵時の寄主選択に関与していること、また様々な生物で利用資源の多様さとゲノム中のGR数に関連があることが報告されている。そこで我々は、チョウ類におけるジェネラリストへの進化は、GR数の変化と関連しているのではないかと考えた。本研究ではタテハチョウ科に属する4種を対象に、雌成虫の脚部で発現するGR群の同定・解析を行い、寄主植物利用様式の進化機構を推測した。

水草から挑む葉の生態進化発生学(古賀 皓之・東京大学 大学院理学系研究科)

水草とは水辺や水中に生育する陸上植物を指す。そのような植物ではしばしば、水位変動に対する適応として葉形の劇的な表現型可塑性(異形葉性)を持つことが知られている。適応形質としての表現型可塑性そのものの進化機構への興味もさることながら、特に私たちは可塑的な葉の発生進化機構の理解が、植物の形態進化の理解につながると考え研究を行なっている。私たちは現在小型の水草ミズハコベを新たな水草研究のモデルとして、本種の発生実験系を確立し、異形葉性の発生メカニズムの研究を進めている。これまでの研究でわかってきた本種の異形葉性機構について議論するとともに、その進化の解明に向けた展望についても発表する。

葉緑体ドロボウ渦鞭毛藻、ヌスットディニウムから探る細胞内共生の進化(大沼 亮・国立遺伝学研究所 細胞遺伝研究系)

細胞内共生は宿主生物が共生生物を細胞内に取り込んで成立したと考えられるが、その2つの生物が1つの生物に統合されるプロセスについては不明な点が多い。渦鞭毛藻Nusuttodinium属は、もともと無色の単細胞性藻類で、光合成性藻類クリプト藻を捕食し、クリプト藻から“盗んだ”葉緑体で光合成を行う。この盗葉緑体現象は永続的な共生を確立する前の段階であると解釈できるため、細胞内共生を研究する上でとても興味深い現象である。私はNusuttodinium属渦鞭毛藻類の系統分類、微細構造観察、遺伝子発現解析を行っており、本発表では本属の進化史と盗葉緑体現象について概説する。

マメ科植物ミヤコグサに共生する根粒菌の遺伝的変異と共生遺伝子の水平伝播(番場 大 ・千葉大学 土松研究室)

マメ科植物と共生する根粒菌の進化には,宿主認識や窒素固定に関わる遺伝子(共生関連遺伝子)の水平伝播が大きな役割を担ってきたと考えられている。しかし,同種のマメ科植物に共生する根粒菌の間でどのように共生関連遺伝子の水平伝播が起きているのかは,いまだ詳細には明らかになっていない。そこで本研究では,同種のマメ科植物に共生する根粒菌間の遺伝的変異と水平伝播の過程を明らかにするために,日本各地からミヤコグサ(Lotus japonicus L.)を採集し,各自生地で共生している根粒菌を調査した.本発表では根粒菌の系統解析の結果と,また遺伝的に異なる根粒菌との共生における植物表現型の変化について紹介する。

環境変動に対するアマモ場生物群集の応答解明を目指して(井坂 友一・北海道大学・FSC)

現在地球上において人間生活に起因する環境変動が進むなかで,将来の生物群集応答を推測することは重要であり,その応答の基本単位となるのは個体の生理・発生機構であろう.環境変動に対する1種の,もしくは数種間関係をとおした応答を明らかにするのであれば,室内実験やメソコスムを用いることができるが,これら閉鎖系実験による結果を実際の野外生態系へ適用する際はその妥当性が問題となる.この問題を解決するためには,野外において環境操作し生物の移出入が可能な人工パッチをつくり出す開放系実験システムが不可欠である.今回,アマモ場を対象とし開発した野外実験システムの概要を紹介するとともにその将来性を考える.

トンボの脱皮・変態機構の解明に向けた実験系の確立(奥出 絃太・東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻)

トンボは有翅昆虫の中でも最も祖先的なグループに属し、幼虫(ヤゴ)と成虫の間で形態や生息環境を劇的に変化させる。しかしトンボの変態に関わる分子機構は全く不明である。その背景として、①トンボの大量飼育が困難であること、②幼虫の脱皮回数や各齢の期間、変態における形態変化などの基本的な情報が欠落していること、③非モデル生物であるため、遺伝子解析がほとんど行われておらず配列情報も不足していること、などが考えられた。そこでこれらの問題点を解決するために「アオモンイトトンボ」に着目し、実験系の確立などを行った。現在行っている変態ステージ毎のRNAseq解析や脱皮・変態に関与する遺伝子のRNAi実験についても一部紹介したい。

“寄生”の全体像の解明を目指して: リーフマイナーの寄生蜂を例に(青山 悠・京都府立大学大学院 生命環境科学研究科 応用生命科学専攻)

昆虫の捕食寄生者のうち, 寄主を発育させ続ける飼い殺し型には, 寄生者の幼虫が寄主の体内で発育するものが多く, 寄主側からの寄生回避戦略の影響を強く受ける。しかしこれまでの研究には、寄主の免疫系からの回避のみに着目したものが多く, 寄主の探索から寄主体内における発育までを一貫して検討した例は少ない。そこで本研究では、リーフマイナー(潜葉性昆虫)のクルミホソガと, その寄生蜂であるワタナベコマユバチを用いた室内寄生実験を行い, リーフマイナーの潜葉パターンの違いが寄生蜂からの回避にどのように影響するのか, また、寄生蜂の幼虫が自身の発育をどのように寄主の発育と同調させているのかに迫る。

食材性カミキリにおける生体内セルロース分解の可視化(長峯 啓佑・南九州大学)

数種のコウチュウ目では,食糧が尽きて絶食状態に陥った終齢幼虫は,食糧が潤沢であった場合に比べて早期に蛹化する(絶食蛹化).食材性のキボシカミキリ幼虫では,絶食中のグルコースもしくはセルロースの摂取により絶食蛹化が抑制された.これらの結果は,消化管内でセルロースがグルコースに分解され,体内に吸収されたグルコースが絶食蛹化を抑制したことを示している.つまり,“生体内のセルロース分解”が“絶食蛹化の抑制”として可視化されたことになる.この「生体内セルロース分解の可視化」を利用して,食材性昆虫の中でも突出した成長率を示す,カミキリ幼虫のセルロース分解メカニズムを探った.