第7回 生態進化発生コロキウム要旨集

ゲストトーク

村中智明(京都大学・生態学研究センター)「できるかな?概日時計で分子進化生態学」

生物は時間を計る能力をもつ。このことを人類が認識したのは、1920年に農作物の中に日長を感知して花をつける種類が発見された時であった。この現象は光周性と名付けられ、来年で発見100周年となる。光周性は概日時計が生成する1日周期のリズムを基盤とし、生殖時期を決定するため、応答性に地域適応がみられる。ならば、その基盤である概日時計にも地域適応があってもよいはずだ。そんな折、水田に住んでいるアオウキクサで、概日時計の周期と花成誘導日長に相関を発見した。この発見を起点に、概日時計の周期多様化、1日24時間の地球で何故いつまでも「約1日=概日」周期であり続けるのか、を考えている。概日時計の周期について進化・生態の観点から話題を提供したい。

壁谷尚樹(東京海洋大学)「水生動物における多価不飽和脂肪酸生合成酵素の多様性」

多くの生物にとって生化学・生理学的に重要な役割を果たすEPAやDHAの正体は、多価不飽和脂肪酸(PUFA)と呼ばれる物質の一種である。我々のこれまでの研究により、とりわけ魚類においては、PUFA生合成酵素遺伝子の一部欠損、その後に起こった遺伝子重複や新機能獲得といった事象により、多種多様なPUFA生合成経路が存在することが明らかとなった。さらに近年、種々の無脊椎動物に、脊椎動物とは全く異なるPUFA生合成経路が存在することを確認した。このようにPUFAは、生命の維持に必須な物質であるにも関わらず、種ごとにその生合成能が多様化しており、生態系における被食・捕食の関係を栄養素という観点から解析するための格好の標的であると考えられる。

ショートトーク

大竹裕里恵(東京大学)「湖沼堆積物と休眠卵に残された、ミジンコ個体群定着過程における遺伝的構造変動の歴史」

生物個体群の新たな生息地への定着は異なる環境条件への適応を伴う過程の一つであり、環境適応機構の研究題材として用いられてきた。定着に伴う環境適応機構の解明に有効となる手法の1つは、個体群の遺伝的構造や形質の時系列変動を定着初期段階から直接観察することであるが通常は困難である。本研究では、湖沼堆積物コアの各年代層に残存するミジンコ(Daphnia pulex)の休眠卵を対象として集団遺伝学的解析を行うことで、個体群定着初期から現在に至る遺伝的構造の時系列変動の解明を試みた。今回はこの解析結果について報告するとともに、長期観察データを要する研究における湖沼堆積物の有効性を紹介できれば幸いである。

中川光(京都大学・東南アジア地域研究研究所)「河川魚類の個体群動態に対する出水撹乱の直接・間接効果」

日本では、春の雪解けと梅雨の降雨、夏から秋にかけての台風による出水が代表的な撹乱イベントとして存在し、それらの規模や頻度は年によりばらつく。河川魚類の繁殖や成長はこうした出水レジームによく対応する一方、極端な出水後には個体群密度の減少が生じることも知られる。本研究では、魚類の個体群動態を決定するプロセスとして、出水撹乱の直接効果と生息場所の物理環境の変化または他魚種の個体数の増減を介した間接的効果を想定し、状態空間モデルに魚類とその生息場所および河川の水位の12年分のデータ当てはめることで上記を検証した。その結果をもとに河川魚類の多様性に対する出水撹乱の正負両面の影響について議論する。

木下千尋(東京大学・大気海洋研究所)「ウミガメ類の代謝速度に対応した行動様式」

代謝速度は動物の行動や生理状態に影響を与える.爬虫類は外温動物であり,環境温度の低下と共に体温が下がり,休止代謝速度と活動性も低下する.しかし近年,アカウミガメ(Caretta caretta)には冬季の水温低下に伴って不活発になる個体群と,通年に渡って活動性を維持する個体群が存在することが判明した.個体群によって休止代謝速度とその温度係数が異なっており,それぞれの代謝速度に見合った体温や潜水時間を示した.また,単位距離を移動に要するエネルギーコストを最小とする速度(最適遊泳速度)を休止代謝速度から推定すると,実測された遊泳速度と一致した.従って,代謝速度は潜水時間や体温,遊泳速度を左右する基盤になっていると推察された.

加藤貴大(総研大・先導研) 「スズメにおける胚の性特異的死亡:発生段階、生態学的要因、内分泌学的要因および適応的意義」

スズメは他のスズメ目鳥類と比べて一腹卵の孵化率が低く、秋田県大潟村の野外個体群では、平均して4割程度の卵が未孵化卵だった。発表者らの調査から、未孵化卵のほとんどで雄胚が胚発生早期に死亡したことが分かった(胚の性特異的死亡)。さらに、雄胚の死亡率は資源競争の強度に依存することを明らかにした。また、母親のストレスレベルが雄胚の死亡に関与することが示唆する結果が得られた。加えて、未孵化卵の存在が雛のコンディションを上昇させることが分かった。発表では、性特異的死亡が起こる発生段階、生態学的要因、内分泌学的要因を報告し、適応的意義について議論する。

江川史朗(理研BDR・形態進化研究チーム)「恐竜の股関節における発生システム浮動」

直立型(下方型)の後肢姿勢は、恐竜の最大の特徴の一つである。これは股関節の特殊化に因るところが大きく、本研究では大腿骨の部分(大腿骨頭)に着目した。恐竜型の大腿骨頭が形態学的にどのように進化してきたのかは、古生物学ではコンセンサスに落ち着きつつあるが、鳥の胚発生を勘案すると“矛盾”もある。本研究では、爬虫類・鳥類胚の比較と、恐竜化石の比較を行い、結果として、この古生物学と発生学の“矛盾”が確固たるものであることが判明した。これに基づき、「恐竜型の大腿骨頭の形態形成機構は、はじめは古生物学が想定する様式で獲得され、後の進化過程で発生学が想定する様式へとスイッチした」と結論した。

東山大毅(東京大・医・代謝生理化学)「怪奇!人面鳥は実在…しうるのか?(顔面形成の仕組み的に)」

脊椎動物の顔面は複数の顔面原基の結合で生じる。これまでの研究で我々は、18世紀から相同性が疑われたことのなかった上あご先端をつくる原基が、実は哺乳類の系統で大きく入れ替わっていることを示した。祖先的な口先は哺乳類ではむしろ鼻先に転用されている。このシフトはダイナミックではあるが、言ってみれば同じ発生原基のセットの量的な変化として哺乳類の顔面進化が説明できてしまうということにもなる。では同シフトが哺乳類でだけ起こった理由は何だろう。哺乳類顔の鳥だって出来そうなものだがなぜいないのか。まだ答えは出ていないが、今回はプレリミナリーなデータも交えつつ雑多な仮説を紹介する予定であり、議論の種となれば幸いである。

野尻太郎(東京大学・農学生命科学研究科)「超音波器官形成から捉える翼手類のエコーロケーションの進化的起源」

コウモリ類は超音波を用いて獲物を定位・捕捉するエコーロケーションを行うことで知られる. 中でも超音波発信に用いられる器官は系統によって異なり, 口内発信型, 鼻腔発信型, 舌発信型の3グループが報告されている. これまでに遺伝学, 古生物学的アプローチによりエコーロケーションの進化が研究されてきたが, 超音波受信能が共通祖先から由来したのか, 収斂進化によって現生の異なるクレードで出現したのか未だ論争が続いている. そこで我々は, これまで着眼されてこなかった超音波受信に用いられる蝸牛および茎状舌骨の発生過程をコウモリ類20種, 他哺乳類6種の間で比較し, コウモリ類内における発生の保存性を検討した. 本発表では, コウモリ類のエコーロケーションの進化的起源を進化発生学的に検討した結果を報告する.

黒田春也(神戸大学・大学院理学研究科)「ゆるい発生拘束はある程度の形態の多様化を許容する」

現生の顎をもつ脊椎動物の頭蓋は、脳の底面と側面のすぐ外側を覆う内骨格要素(一次頭蓋壁)と、そのさらに外側を覆う臓性の内骨格要素や外骨格要素によって構成される。哺乳類では脳の肥大化に伴い、中胚葉性の一次頭蓋壁が退化傾向にあるが、外眼筋の直筋要素の起始部となっている視交叉下翼と呼ばれる軟骨塊は例外的に少なくとも羊膜類の共通祖先から保存されていることが先行研究から明らかになっている。そこで我々は外眼筋の起始部の骨格が外眼筋形態の進化的保守性に対して負荷を負っていると仮定し、哺乳類の視交叉下翼と相同な骨格要素と外眼筋との関係を化石種も含めた顎口類の広い系統で比較した。その結果、予想外なことに外眼筋の起始部自体は進化的には保存されていなかった。では哺乳類の視交叉下翼の存在は発生拘束で説明できないのかという点について議論したい。

山道真人(東京大学)「Toxic males: Density-dependent male mating harassment can explain geographic parthenogenesis」

Understanding evolutionary forces that maintain sexual reproduction has been a central question in evolutionary biology, because the well-known ‘two-fold’ cost of sex demands an explanation, especially since asexual reproduction (vegetative reproduction and parthenogenesis) often arises by mutation and hybridization. Geographic parthenogenesis, where asexual reproduction by close relatives of sexual lineages tends to be found in ‘marginal’ habitats, has been considered a key pattern for studying the maintenance of sex. Recent studies of sexually reproducing populations have revealed that mating attempts by males can be harmful to females due to sexual conflict. Where that occurs and where there is a mixture of both sexual and asexual females, if male mating harassment is more harmful to asexual females than to sexual females, this may prevent the invasion of rare asexuals. Here we use a simple ecological model with density-dependent male mating harassment to show how asexual reproduction can become prevalent in habitats when environmental conditions are poor (i.e., low carrying capacities). The maintenance of sex is possible in a bistable system where abundant males are so harmful that they prevent the invasion of rare asexuals. However, male density is not large enough to suppress asexuals and sex is lost when carrying capacities are low or when sex ratio is highly male-biased. While previous theoretical studies employed a frequency-dependent model to study male mating harassment, we demonstrate that density-dependence may be important to explain the dynamics in low population densities where there is geographical parthenogenesis.

鈴木啓(UCバークレー)「蓼食う虫、ワサビ食う虫:植食性ショウジョウバエにおける味覚の進化」

アブラナ科植物はイソチオシアネート(ITC,=ワサビの辛味成分)とよばれる毒物を合成し、天敵を遠ざけることによって被食を防ぐ。しかしながら、ITCによる防御機構はモンシロチョウなどのアブラナ科植物に特殊化した昆虫には効果がないように見える。本来忌避すべき毒物への選好性はどうやって進化するのか?我々はショウジョウバエ科のアブラナ科食種であるScaptomyza flavaの飼育系を確立し、行動実験・配列解析・電気生理実験を用いてこの問題に迫っている。これまでのところ、イオンチャネルTRPA1の機能変化が行動レベルの進化をもたらした可能性が示唆されている。

網野海(東京大学・大学院農学生命科学研究科)「テナガショウジョウバエを用いた縄張り闘争研究にむけて」

オス間での縄張り闘争は古くから研究の対象となってきたが、どのようなオスが縄張りの所有者となるのか、といった縄張りシステムの形成メカニズムに関しては今なお意見が分かれている。従来はフィールドでの観察が主であったが、飼育が容易で実験室環境下でも縄張り行動を示す種を用いることが出来れば、従来の疑問に新しい答えを与えうるだろう。テナガショウジョウバエDrosophila prolongataのオスは近縁種に比べて非常に激しく闘争するうえ、相手をエサ台から追い出そうとする場面が観察されている。発表者は体サイズのコントロール、深層学習を用いた自動アノテーション、といった手法を用いて、本種オスにおける縄張り闘争の知見を深めたいと考えている。

工藤愛弓(首都大学東京・理学研究科)「渓流域に生息するヒメシュモクバエの生態」

シュモクバエの仲間は、成虫の特異的な形態から研究者の興味を惹き続けてきた。ところがその野外生態については、イネの害虫である一部の種を除き、食性や幼虫の生息環境など全く分かっていない。ヒメシュモクバエは、日本の南西諸島に生息し、現生するシュモクバエ類の中で最も原始的な属であるSphyracephalaに属する。本種を用いることで、シュモクバエの仲間が有する"眼柄"の進化的な起源に迫れるかもしれない。ヒメシュモクバエの成虫は渓流域でよく見られることから、幼虫も渓流域に依存した生活をおこなっている可能性が高い。本発表では、ヒメシュモクバエ成虫の行動と幼虫期における水中での低酸素濃度耐性について紹介したい。

廣田敏(東京大学大学院)「甲虫類における菌細胞塊の多様性と進化」

昆虫類は色や模様、角や形といった外見の美しさと多様性から人気な生物であるが、実はその体内も多様性に富んでる。その代表とも言えるのが、「菌細胞塊」という一部の昆虫に見られる特殊な共生器官である。菌細胞塊の中には共生細菌がぎっしり詰まっており、内部の共生細菌は宿主の昆虫にアミノ酸やビタミンを供給し、昆虫の乾燥や貧栄養など過酷な環境の適応に一役買っている。菌細胞塊はいくつかの系統の昆虫に見られ、それぞれ独立に進化したと考えられるが、その進化発生学的起源は明らかになっていない。この問題の解明に向けて、演者は昆虫の中でも特に多様な鞘翅目(甲虫)に着目して菌細胞塊の多様性や進化を研究しており、その成果を紹介したい。

長峯啓佑(農研機構・生物機能利用研究部門)「クサカゲロウにおけるオス殺し抵抗性の拡散推移」

2011年、千葉県松戸市では、クサカゲロウで共生細菌による”オス殺し”(宿主のオスを特異的に殺す現象)が観察されていた。ところが、2016年には同地点でオス殺しは観察されなくなっていた。これはクサカゲロウの集団内にオス殺しに対する抵抗性が急速に広まった結果であることが、遺伝学的な手法で明らかになった。では、オス殺し抵抗性はいつどこで発生し、どのように広まってきた(また広まっていく)のだろうか?この疑問へのアプローチとして、現在私たちは2019年に日本各地から採集したクサカゲロウを用いて、「宿主」「共生細菌」「オス殺し抵抗性」のそれぞれの動態を解析している。発表では解析の一部をご紹介したいと思います。

岩田大生(東京農業大学)「チョウの模様と鱗粉の世界」

チョウの斑紋(眼状紋)における位置情報の獲得は濃度勾配モデルによってなされていると一般的には考えられている。しかし、濃度勾配モデルがどこまで現実のチョウの翅の模様を反映しているかを、鱗粉レベルや着色過程の視点から検証した研究はほとんどない。これまで濃度勾配モデルが正しいかのような状態でチョウの斑紋形成の研究は進められて来ているが、そもそも濃度勾配モデルが正しいのかを実物のチョウの標本などを例にあげて、本発表では議論したい。

後藤寛貴(国立遺伝学研究所)「複雑な3D構造を有するツノゼミのヘルメットの形態と発生」

ツノゼミ(昆虫綱、半翅目、ツノゼミ科)は体の背面に「ヘルメット」と呼ばれる構造を有する。ヘルメットの形態は屋根型や角型といった基本的なものから、アリやハチにそっくりなもの、テレビアンテナのような一見すると珍奇な構造まで非常に多様で複雑である。本研究ではツノゼミのヘルメットについて、屋根型のヘルメットを持つヨコトゲツノゼミを材料に、成虫と終齢幼虫のヘルメット形態を記載するとともに、終齢幼虫期間における成虫ヘルメット形成過程を調べた。結果、形成過程で成虫ヘルメットの「ミニチュア」がまず形成され、これが折り畳み構造を形成しながら成長することが明らかになった。「ミニチュア」の形成は、単層鞘状の幼虫ヘルメットから二層板状の成虫ヘルメットへの形態変化を実現するキーステップであり、他種の多様なヘルメット形成でも同様のステップを経ると考えている。

林亮太(日本工営株式会社)「『ニッチェ・ライフ』:生物多様性情報の共有に向けて」

『ニッチェ・ライフ』(ISSN Online 2188-0972)は、2013年に創刊したオープンアクセスジャーナルで、生物に関する話題を対象に幅広く原稿の投稿を受け付けている。生物多様性保全の基盤となるのは「どこに何がいるか」という生物の分布記録情報である。『ニッチェ・ライフ』では、SNSで情報公開されても文献として固定化されず散逸しがちな貴重な観察記録などを、なるべく手軽に、一方で適切に引用することが可能な「報文」として掲載する場を提供する。コロキウム参加者各位からも、メインテーマには関係ないけれども研究・調査の途中で得られた報告の価値があるような観察記録があれば是非『ニッチェ・ライフ』への投稿・掲載を検討されたい。