第6回 生態進化発生コロキウム要旨集

ゲストトーク

小進化と大進化のあいだ( 坪井 助仁 ・オスロ大学)

進化生物学に残る難題の一つは、個体群レベルで観測される進化プロセスがどのように種間以上のレベルで見られる多様性を生み出すかを理解することである。小進化の枠組みでは野外・実験個体群において高い遺伝的変異と方向性選択がしばしば報告されている。このことから、多くの形質には高い進化能が備わっていると考えられてきた。これとは対照的に、大進化の枠組みでは数百万年かけて生じる進化が現生個体群において数世代のうちに起こる進化と同程度しかないことが化石記録と種間比較の研究から繰り返し指摘されてきた。この小進化と大進化のあいだを橋渡しする理論として着目されているのが適応地形図と進化的制約の概念である(Arnold et al. 2001, Genetica 112: 9-32)。

演者はこれまで、近年爆発的に発展した系統種間比較法を使ったビッグデータの解析によって小進化と大進化の関係についての実証研究を行ってきた。本講演ではまず適応地形図の概念を見直し、適応地形図の研究方法として系統種間比較法で用いられる進化モデルのパラメータと量的遺伝学モデルのパラメータとの関連性を探るアプローチを提案する。次に、このアイデアに基づいて行った顎口上綱の脳サイズと体サイズのアロメトリーに関する研究を紹介する。これらの結果と先行研究を合わせ、小進化と大進化のあいだを理解するためにこれから何が必要かを議論したい。

酵母のフェロモン/受容体の新しい組み合わせができる分子機構(清家 泰介・理化学研究所)

多くの生物では、性フェロモンを使って異性と交配している。フェロモンもしくはその受容体が変化すると、適切な交配が妨げられ、集団から隔離 (生殖隔離)されてしまう。 そのため、フェロモンと受容体の新しい組み合わせが生まれるためには、両者がその分子適合性を保ちつつ、変化する必要があるが、この共進化のメカニズムはよく分かっていない。 私は最近、世界中に棲息する野生酵母を広範に解析することにより、片方のフェロモンは完全に保存されているが、もう一方のフェロモンは極めて柔軟に変化していることを見出した。本発表では、酵母が持つ「非対称な」フェロモン認識システムを紹介し、多様性が生まれる分子機構を議論したい。

ショートトーク

シカ害による集水域の森林下層植生の衰退が生じた河川の魚類相と生息環境の11年間の変化(中川 光 ・京大フィールド研)

シカの個体数増加による大規模な森林下層植生の衰退が生じた京都大学芦生研究林において、林床の裸地化による河川への土砂流入増加の影響を11年間継続して行ってきた目視観察と河川環境測定のデータをもとに検討した。その結果、調査地において特に2010年以降、大型の礫が優占する河床が砂地へと置きかわり、それに対応して大型の礫を好む一部の種(ウグイ)の減少と砂地を好む種(カマツカ)の増加が観察された。これらの結果は、もしも芦生研究林において現在生じている河川生態系の変化を食い止めようとする場合には、森林生態系を含めた集水域スケールでのマネジメントが必要となることを示唆している。

水草から挑む気孔の生態進化発生学 (ドル 有生 ・東京大学大学院 理学系研究科)

植物のガス交換器官である気孔の発生様式は、生態・系統に応じて著しい多様性を示す。しかし、モデル植物で気孔発生の分子メカニズムが精力的に研究されている現状とは対照的に、その他の植物の気孔発生については分子レベルの研究は極めて少ない。そこで私は、植物で多様な気孔発生様式が進化した過程を明らかにするため、水辺の多様な環境に生息するアワゴケ属(オオバコ科)の植物を対象として研究を開始した。本発表ではアワゴケ属内でみられる2つの多様性、すなわち(1)水陸両生の種のみが示す水中における気孔形成抑制、そして(2)両生種と陸生種の間でみられる気孔幹細胞の分裂様式の違い、に注目して現在行なっている研究を紹介したい。

植物のオスとメスはどのようにしてお互いを認識するのか?( 金岡 雅浩・名古屋大学 理学研究科)

被子植物の受精において、精細胞は花粉管という先端成長をする細胞に内包され、雌の卵細胞へと運ばれる。一般に、ある種の植物の雌しべに他種の花粉を受粉しても、花粉管は卵細胞を含む胚珠まで到達できないことから、雌雄の細胞間の認識が受精や種間障壁に重要であると考えられている。私たちは胚珠から分泌される花粉管誘引因子を複数の植物から同定している。本発表では、誘引因子の多様性が花粉管の誘引員はたす役割について紹介したい。

発熱植物ザゼンソウの発熱誘導機構の解明(佐藤 光彦 ・九州大学 大学院医学研究院細菌学分野)

植物の中には花で熱を生産する発熱植物が存在する。発熱植物の多くは熱帯域に生息しており、発熱することで匂いを拡散させて昆虫を誘引していると考えられている。それに対してザゼンソウは寒冷地で融雪期に開花することが知らており、氷点下に近い外気温の中、20度近く温度を上昇させながら開花する。ザゼンソウの発熱にはミトコンドリアの活性が関連することが知られているが、その遺伝的背景はわかっていない。そこでザゼンソウの発熱に関連する遺伝子を探索するために、発熱前後のトランスクリプトームを比較した。本発表では発熱へのミトコンドリアの関与とエネルギー輸送について報告したい。

植食性ショウジョウバエの進化に伴う、嗅覚受容体遺伝子の機能解析 (松永 光幸・University of California Berkeley)

1000万年前に植食性へと進化したScaptomyza flava (S. flava) を対象に、植食性への適応をもたらした遺伝的基盤の解明を進めた。適応的に機能分化した遺伝子の候補として、嗅覚受容体遺伝子Odorant receptor 67b (Or67b) が挙げられる(Goldman-Huertas et al., 2015)。S. pallidaDrosophila melanogasterなどの微生物食性の近縁種のゲノムにはOr67bが1コピーしか存在しないのに対して、S. flavaでは3コピー (Sflab1, Sflab2, Sflab3) に重複していることが解明されていたが、Sflab1, Sflab2, Sflab3の機能や適応的意義は不明だった。本研究では、電気生理学的手法によってSflab1, Sflab2, Sflab3の機能解析を進め、Sfla67b1, Sfla67b3はそれぞれS. flavaの宿主植物が生成する化学物質をリガンドとして持つことを明らかにした。本研究からSfla67b1, Sfla67b3が宿主探索において重要な役割を果たしていることが示唆された。

ショウジョウバエ嗅覚系における傍分泌性セロトニンによる神経修飾機構(鈴木 力憲・早稲田大学)

"外界の情報は、神経系を伝達していく過程で様々な神経修飾物質によって調節を受けている。特にセロトニンによる神経修飾は、感覚情報系のみならず、うつ病などの様々な精神疾患にも関わっており、その神経機構の解明が目指されてきた。最近我々の研究グループでは、ショウジョウバエの初期嗅覚系において、傍分泌性セロトニンが神経伝達を調節していることを明らかにした。本発表では、この傍分泌性セロトニンによる神経修飾の分子機構について発表する。

またさらに、現在進めている新しい研究プロジェクトについても触れる予定である。このプロジェクトでは、合成生物学の技術を用いて、様々な昆虫種に適応可能な遺伝学的脳領域標識法の開発を目指している。生命システムを"理解する"ことを目指す従来の生命科学と、生命システムを"創る"ことを志向する合成生物学がどのように融合できるのかについても議論してみたい。

リュウキュウクチキゴキブリの雌雄が配偶時に行う翅の食い合い(大崎 遥花・九州大学)

配偶ペアのオスとメスが交尾の際に互いの体の一部を食い合い、その後協力して子育てをするゴキブリをご存知だろうか。日本産クチキゴキブリ属の一部の種において、配偶個体同士である雌雄が互いに翅を食い合う行動が報告されている。既知の共食いにおいて、互いに食い合う例は知られていない。更に、体の一部を食うので相手を食い殺さない点、雌雄に体サイズ差が見られない点、交尾後は子の保護を両親で行う点も相まって、既知の共食いとはかなり異質な現象であり、適応的意義も不明である。しかし、クチキゴキブリでは配偶時にほぼ必ず起こるため、何らかの意義があると考えられる。今回は、現段階で候補とされる仮説群を紹介し、翅の食い合いの意義に各方面から意見を戴きたい。

昆虫の翅退化をもたらす共通原理を探る( 新津 修平 ・首都大学東京 大学院理学研究科/国際基督教大学大学院アーツ・サイエンス研究科)

チョウ目昆虫のシャクガ科(フユシャクガ類)、ドクガ科、ミノガ科等においては、メス特異的な翅の退化・消失が見られる。これらの蛾類に共通することは、その発生過程において成虫になる前段階では翅原基が存在し、幼虫期、或いは蛹の時期に予定細胞死による翅原基の退縮が生じることである。異なった適応的バックグラウンドにより、チョウ目内の異なったグループで独立に退行的進化が生じた一方で、“翅原基を作り、あとで壊す”という一見無駄に見えるシステムが平行進化的に維持されているのは何故か、また、どういう機構によるものか?本講演では、上記の蛾類で生じた二次的な翅の退化・消失において想定される発生機構と諸概念について議論したい。

翼手類の飛行進化に伴う四肢形成の長期化(野尻 太郎 ・北海道大学 環境科学院)

翼手類は空への進出を果たした唯一の哺乳類であり, 飛行進化がどのような遺伝学的, 形態学的変異を介して獲得されたのかはこれまで盛んに検討されてきた. 翼手類では飛行のための皮膜を自在に制御できるように指骨が著しく伸長していることから, 一般的な哺乳類の四肢形態から逸脱していることが分かる. したがって形態形成プロセスも一般的な哺乳類とは異なることが予想されるが, どの点が特異的であり, どの点が保存されているのかは明らかでない. そこで翼手類を含む四肢動物の四肢形成を網羅的に比較した結果, 翼手類の系統において前肢, 後肢ともに形成期間の著しい長期化が検出された. 本発表では翼手類内における四肢形成パターンの変異にも着目するとともに, 四肢の異時性と翼手類特有の生態との関連性について検討したい。

ぼくらの鼻先はトカゲの口先(東山 大毅・東京大 医 代謝生理化学)

我々は、これまでの羊膜類祖先や爬虫類、鳥で上あごの先(口先)を作る顔面原基(内側鼻隆起)間葉が、哺乳類においてはもっぱら鼻先に分化し、代わりに上顎突起を用いた新規な口先が作られることを発見した。同事実は、原基同士の結合阻害やCreERT2マウスを用いた系譜追跡実験、さらにマウス、ハリモグラ、ニワトリ、ソメワケササクレヤモリ、ニホンアカガエル胚や化石単弓類も含めた比較形態学的解析より明らかとなった。原基の組合せの差は三叉神経の分布の相違と一致し、発生原基と解剖学的構造との対応が、原基同士の境界が見えなくなった後でさえ頑健に保たれていることを示唆している。この背景にある機構は不詳であり、今後の課題である。

TBA(石川 麻乃・遺伝研)

らせん動物の割球特異化機構に見られる発生システム浮動(守野 孔明 ・筑波大学 生命環境系)

らせん動物 (冠輪動物)は軟体動物、環形動物や扁形動物門などを含む前口動物の一群である。特徴として、初期の受精卵の卵割がらせん状に進むこと(らせん卵割)に加え、卵の動物-植物極軸に沿って、特定の位置に特定の発生運命を持った割球群が生み出されること挙げられる。本発表では、割球の発生運命の進化的保存に反して、割球運命特異化の分子機構は腹足類(軟体動物門)の中ですら必ずしも保存されていないことを紹介する。なぜ割球特異化機構の分子メカニズムは浮動しうるのか、議論したい。

環形動物シリスにおけるストロン形成過程(中村 真悠子・東京大学大学院 理学系研究科 三崎臨海実験所)

海産動物では生活環の中で生活様式や繁殖様式を切り替える種が多く見られるが、その中でも環形動物多毛類に属するシリス科の一部の種では、特有の繁殖様式による底生生活から遊泳生活への切り替えが見られる。シリスは底生の海産動物であるが、繫殖期になると、生殖巣のみが大きく発達した遊泳繁殖個体(ストロン)が尾部に形成され、成熟すると親個体から遊離して放精・放卵を行う。後胚発生の過程で本体の頭部に加えて新たな頭部が前後軸の途中で形成される現象は、動物の発生拘束を逸脱した興味深い現象と言うことができる。本研究では、ストロン形成の発生機構を解明する基盤を構築するため、ストロンとシリス本体の頭部の形態的比較、およびストロンの形成過程の形態観察を詳細に行った。

チョウの翅の色模様形成過程と進化機構の解明に向けて(岩田 大生・東京農業大学 国際農業開発学科 世田谷キャンパス/日本学術振興会特別研究員 PD)

目を見張るほど美しく多様なチョウの翅の色模様には、進化生物学者や発生生物学者の知的好奇心をくすぐる魅力がある。しかし、いまだに色模様の形成過程や進化機構には謎が多い。そんな彼らの斑紋は、野外における遺伝的同化や、形態形成に関する長距離シグナルを探るのには好適な材料である。本発表では、野外におけるヤマトシジミの斑紋変異個体(流紋型、消失型)の大発生事例を通じての遺伝的同化に関する検証及び、チョウの蛹の内部で起きている翅組織(斑紋形成過程)のダイナミクスを捉える手法を軸にこれまで行ってきた研究を紹介していくとともに、現在進行中のシジミチョウ科共通の斑紋変化機構に関する研究にも触れていくことにする。

昼休みの自由研究:ハラヒシバッタの斑紋多型(林 亮太・日本工営(株) 先端研究開発センター)

同種でありながら多様な模様を持つ斑紋多型は、テントウムシやナナフシ、 グッピーなどをはじめ広い分類群で知られる現象である。ハラヒシバッタについては、斑紋が隠蔽色として機能する捕食者回避と、黒紋への日射による体温調節のトレードオフで多型が維持されていることが既存研究で明らかにされている (Tsurui et al. 2010; 2012)。また、日射の影響から、南ほど無紋個体の比率が高く、北ほど黒紋を持つ個体の比率が高くなる緯度クラインも報告されている(鶴井・西田, 2012)。本発表では、緯度クラインと同時に日射の強い夏に無紋個体が多くなる季節的クラインも成立しているのではないかという仮説を立て、弊研究所構内で4月から11月までサンプリングを行い検証を試みた経過を報告する

スラウェシ島のメダカ固有種群における性的二型の多様化メカニズムの解明に向けて(安齋 賢・基礎生物学研究所)

性的二型は幅広く様々な生物で見られるが、時に近縁種間で著しく多様化することが知られるが、その分子メカニズムには不明な点が多い。我々は、インドネシア・スラウェシ島のメダカ科固有種群が示す性的二型の多様化をモデルとして、その分子基盤の解明を目指している。まずはその最初の例として、ウォウォールメダカ種群の雄が示す胸鰭の婚姻色に着目し、その原因遺伝子を同定した。本発表では、同定した原因遺伝子の発現解析や変異体を用いた配偶行動実験、野外個体における集団ゲノミクス等、複数の解析から見えてきた胸鰭婚姻色の進化メカニズムについて議論したい。

セノテヅルモヅル(Astrocladus coniferus)の腕の再生過程の解明にむけて(岡西 政典・東京大学大学院 理学系研究科 附属臨海実験所)

テヅルモヅル類は,腕が分岐するという特徴的な形態を持つクモヒトデ類(棘皮動物門)である.系統・分類学的な研究に関しては,発表者らが,博物館標本に基づいた研究を進めてきたが,概して深海性で大型の種が多く,飼育が困難なため,発生・生態・生殖・行動などのほとんどの生物学的な側面は謎のままである.発表者は,比較的浅海に生息するセノテヅルモヅル類を飼育し,腕の再生における形態形成過程を2ヶ月にわたり経時観察した.その結果,再生過程を5つにステージ分けできること,並びに,腕の分岐部位における組織形成の一端が明らかとなった.以上を踏まえ、今後のテヅルモヅル研究の展望をお伝えするとともに,参加者からのご意見をいただきたい。

ヒトスジシマカ卵の越冬メカニズムにおける遺伝的基盤の解明(高柳 咲乃・東京慈恵会医科大学 熱帯医学講座)

ヒトスジシマカは熱帯原産種であるが、越冬卵を形成できる個体群が温帯地域に侵入するようになり日本にも定着した。越冬卵は通常卵よりも強固なストレス耐性をもち、生存に適した環境が一時的に訪れても次の初夏までは孵化しないという特徴をもっている。面白いことに、この越冬卵形成能力は温帯に侵入した温帯系統だけが獲得した形質であり、熱帯に生息する熱帯系統は有していない。ヒトスジシマカの越冬卵形成能力は50年以上前に発見された現象であるが、未だその分子機構は解明されていない。そこで、本研究ではヒトスジシマカの遺伝子改変系統を作製することでヒトスジシマカの越冬戦略を分子レベルで解明することを目指している。

バイオインフォマティクスはツールか?アートか?(岩崎 渉・東京大学 大学院理学系研究科/理学部/大学院新領域創成科学研究科/大気海洋研究所/定量生命科学研究所/微生物科学イノベーション連携研究機構)

本講演では、標題に示した重要なテーマについて、主に進化学・生態学の観点から、発表者自身の経験をふまえて話題提供したい。