第4回生態進化発生コロキウム 要旨集

ゲストトーク①

鳥らしさを生み出すゲノム配列とその機能(関亮平・遺伝研)

ほぼ全ての鳥は、一見しただけですぐに鳥だと判断できる。他の動物にはないユニークな形態的特徴を、鳥はもっているからである。では、このような“鳥らしさ”の要因は一体どのような形でゲノムの中に刻まれているのだろうか。我々は、鳥だけがもつゲノム配列が重要な役割を果たすと予想し、鳥類48種および他の脊椎動物9種の全ゲノム情報を用いて比較解析を実施した。興味深いことに、鳥類特異的に保存されている配列の99%以上はノンコーディング領域に分布しており、鳥遺伝子ではなく鳥エンハンサーとして機能している可能性が考えられた。本発表では、この可能性を実験的に検証した結果を紹介し、鳥類出現の背景にあるゲノム進化について考察する。

ショートトーク

砂漠の生存戦略:貧餌資源環境下における採餌行動の可塑性(前野浩太郎・国際農林水産業研究センター)

採餌する多くの生物は、変動する環境下でも最適な採餌効率を実現する行動の可塑性を進化させてきた。採餌行動の変化を引き起こす刺激は生物種ごとに異なっており、遭遇する生息環境(餌の質や量等)と密接に関係していることが多い。砂漠は季節的に餌資源の量と質が激変し、生息する生物は乏しい餌資源に曝されることが知られているが、その採餌行動の可塑性と誘導メカニズムについては詳しくわかっていない。本発表では、サハラ砂漠に生息する昆虫が示す採餌行動の可塑性の誘導メカニズムとその適応的な意義について紹介したい。

テナガショウジョウバエのユニークな形態と行動(工藤愛弓・東大)

テナガショウジョウバエはキイロショウジョウバエに近縁であるが、キイロショウジョウバエやその他の近縁種には見られない、誇張化した前脚と高い闘争性、ユニークな求愛行動を有している。これまでの研究から、テナガショウジョウバエのオスの誇張化した前脚は本種のみで急速に進化し、オス間闘争やメスへの求愛行動に用いられていること、そして、これらの形態・行動は種内に大きな遺伝的変異が内包されていることが明らかになっている。今回の発表では,以上の研究について概略を紹介するとともに、現在進めている形質転換ツールの作製とその利用などについても議論したい。

生息環境に応じて浮力を調節する淡水魚類 〜形態・機能・行動の接点を探る〜(吉田誠・東大)

水中を泳ぎまわる多くの魚類は、うきぶくろに空気をためて浮力を得ることで自らの体重を支え、泳ぐ際のエネルギー消費を低く抑える一方、十分な浮力の得られない状況下においても、尾びれを振らずに潜降するグライド遊泳を活用することで、移動コストを低く抑えるとされる。本発表では、流れの有無に応じた浮力調節をみせる、淡水性の外来魚チャネルキャットフィッシュ(アメリカナマズ)および、浮力調節に関連する形態および行動に差異のみられる、琵琶湖産の2系統のコイを対象としたバイオロギング研究の事例を通じて、野外でのかれらの行動がエネルギー的にどのように最適化され、浮力調節に関係する形態や機能と行動がどう関連するかを探る試みについて紹介する。

アユ攻撃行動のEco Evo Devo(飯郷雅之・宇都宮大)

両側回遊性アユの一生にはさまざまな生理・行動の変化が1年間という時間に内包されている。秋に産卵された卵からふ化した仔魚はただちに降海する。冬季にプランクトンを食べて成長したシラスアユは春季に変態し、稚アユとなって河川に遡上する。夏季には河川の上・中流域で成長するが、食性はプランクトン食から珪藻食に変化し、行動形態も集団行動から攻撃行動を伴うナワバリ行動へと変化する。秋季に日長が短くなると顕著な光周性を示して生殖腺が発達し、落ちアユとなって集団で降下し,河川の中・下流域で産卵し、一生を終える。このようなアユの攻撃行動の発現はどのように制御されているのだろうか?性格関連候補遺伝子の多型と攻撃行動の関係について解析した結果、ならびに現在進めている研究について紹介する

ソフト・ロボットを使ってひも解くイモムシのかたちと動きの関係(梅舘拓也・東大)

完全変態を行う種の幼虫「イモムシ」は、柔らかい連続体的な身体(超多自由度系)を比較的少数のニューロンを用いて制御し、非常に適応的な振る舞いを生成する。さらに、身体の大きさ、仮足(イモムシの形態のときのみ存在する脚)の数、仮足が存在する体節、その振る舞いも実にさまざまである。発表者はロボット工学的者として、この生物の適応的な運動機能の発現機序理解を目指し、イモムシ同様の柔らかいボディを持つロボットを作ってきた。本発表ででは、イモムシのかたちと動きの多様性に関して、イモムシ型ソフトロボットを作ることでわかったことを紹介する。

昆虫の突出構造形成を可能にする「折り畳み」について(後藤寛貴・名古屋大)

昆虫をはじめとする脱皮によって成長する動物は、脱皮に先立って古い外皮の下に新しい外皮を形成する。新しい外皮はある程度折りたたまれた状態で形成され、脱皮の際に皺を進展させることで脱皮前より成長することが可能になっている。脱皮時の皺の伸展はごく短時間で起こり、細胞の分裂や移動は完成形の形成にはほぼ関与しないと考えられるため、原基の折り畳みには完成形の情報が内包されているといえる。この「展開された時に完全な完成形になる構造を折り畳んだ状態で作る」というメカニズムについて、我々のグループでカブトムシの角 原基をモデルに行っている研究について話題を提供したい。

ミノガの進化ー退行的な進化の多様化とその個体発生学的な由来を探るー(新津修平・首都大 )

鱗翅目ミノガ科は、蓑の中での営巣生活と幼虫の移動分散能力を獲得することにより、翅を消失させ適応進化した特異な分類群で、雌特異的な翅退縮による顕著な性的二型を示す。この雌成虫の翅退化の度合いは、ミノガ科内の系統間で多様であり、様々な退行的な段階が知られている。発表者は、ミノガ科内の翅形質に見られる退行的な進化について、分子系統解析と翅原基の比較発生学的研究を組み合わせることによって、翅退縮の進化的変遷の解明に迫ることを目的として研究を行ってきた。本発表では、これらの研究結果について紹介し、退行的な進化プロセスのモデルを提唱しつつ、雌特異的な翅退縮の発生メカニズム研究への展望についても紹介する。

カミキリムシが蛹化の準備を開始するしくみ(長峯啓佑・南九州大学 )

昆虫の終齢幼虫が,いつ,何をきっかけに蛹化の準備を始めるか,についてはチョウ目タバコスズメガで詳細な研究が進められた.タバコスズメガ終齢幼虫では,体重が閾値体重に達すると不可逆的な蛹化の準備が始まり、蛹化タイミングが決定する。一方、コウチュウ目ではこの閾値体重が見られず、体重にかかわらず餌が尽きると蛹化の準備が開始する。私が研究対象とするキボシカミキリの終齢幼虫は、絶食状態に置かれると蛹化の準備を開始する。ただし、餌が潤沢にある場合は、いずれ自発的に摂食を終了して蛹化の準備に入る。現在、幼虫がどのように絶食状態を感知しているのか、餌が潤 沢な場合はどのように蛹化の準備を開始するのかを探っている。

ゲストトーク②

飼えないアメンボを飼育して現在F18世代目:翅多型性の新規実験系を目指して(大島一正・京都府大)

野外で見かける生物には様々な種内多型が見られる。昆虫に見られる種内多型の一つに翅多型、つまり、翅の有る無しがある。翅があれば移動能力に長けるが、翅がなければ分散能力は限られる。よって、翅多型は集団間での遺伝的分化の程度に大きく関わっているだろう。日長などの環境要因が翅多型に影響することが知られているが、遺伝要因も関与することが知られている。それなら、翅多型に関わるゲノム領域を特定できれば何か面白いことがわかるかもしれない。我々が研究材料としているセスジアメンボは、日本では琉球列島に分布しており、島間での遺伝子交流を調べるのに適しているほか、低緯度地方に生息する昆虫のため。休眠しない利点がある.ただし、研究を始めた当初は全く飼育ができず、今回は少しずつ室内飼育法を改良することで何とか QTL mapping にまで(強引に)たどり着いた研究例を紹介する。

ショートトーク

胆嚢を持つもの持たざるもの:その発生過程を堪能する(東山大毅・東大)

脊椎動物におけるcharacter lossの代表例として胆嚢の消失がある。胆嚢は肝臓で作られる胆汁を貯蓄・濃縮して排出する器官で、脊椎動物の祖先形質だが鳥と胎盤類の一部の系統で並行的に何度も失われる。この現象自体は古くから知られるにも係らず、機構的説明はおろか、胆嚢の属する胆道系全体のリモデリングの結果として消失が起こるのか、それとも局所的に胆嚢だけがスッポリ抜けるのかといった解剖学的相違ですら実は明らかでない。そこで主にマウス(胆嚢あり)とラット(なし)をモデルに比較をおこなった結果、両者の胆道系は関連する脈管系も含め同様のトポロジーを示し、胆嚢だけが局所的に失われていることが分かった。本発表ではさらに両者の発生過程に着目し、消失の分子的背景についても議論したい。

冠輪動物におけるTALE遺伝子群の拡張と初期発生の進化(守野孔明・筑波大)

前口動物の一群である冠輪動物(軟体・環形・扁形動物など)の初期発生には、らせん状の割球の配置に加えて、動物-植物軸に沿った発生運命の分配パターンが強く保存されているという特徴があるが、これらを規定する分子的背景の理解は進んでいない。発表者は、冠輪動物に特有のTALE-homeobox遺伝子の拡張を見出した。加えて、それらの遺伝子は軟体・環形動物において、卵割期特異的に発現し、動植軸に沿った発生運命の分配に実際に作用していることを発見した。これらの結果は、冠輪動物の初期発生様式の進化に新規homeobox遺伝子群の拡張が重要な役割を果たしたことを示唆する。

発生過程における遺伝子発現状態の進化的変化を定量する(栗原沙織・東大)

発生過程の砂時計モデルにおいて、脊椎動物では咽頭胚期が最も保存されていることが示されているが、このことは咽頭胚期が最も祖先の状態に近いということを表しているのだろうか?新しい形態の進化は発生プログラムに変更が加わることによって起こる。古典的な反復説では発生過程の終端に新たな過程が付加されると考えられたが、現代では支持されていない。では、発生過程のどの時期に新たな発生プログラムが組み込まれていくのだろうか。この研究では、発生段階ごとの遺伝子発現データを種間比較することによって発生過程における進化的変化の度合いを定量し、その変化がどの時期にどの程度起こったかを確かめる。

断続平衡説の歴史的・哲学的考察(高橋昭紀・早稲田大)

断続平衡説(PE)が、エルドリッジとグールド(EG)によって提唱されてから40年以上が経過した。その歴史は賛否両論の激しい論争に彩られている。支持者たちは、それが古生物学による進化生物学への重要な理論的貢献だと主張した。その一方で、進化生物学の主流派(進化の総合説の支持者)は漸進主義の立場からこれを強く批判した。しかし、現在では、もはや科学史家や哲学者の研究対象になり始めている。本発表では、PEが①パターン仮説、②プロセス仮説、及び③化石記録の見方(生層序学的起源)、という3つの要素から成り立つと定式化した。また、PE発表当時、EGには、特定の進化観に由来する観察の理論負荷性がなかったことを主張する。本発表では、特に、③の生層序学的起源にスポットを当てて、PEに関して紹介したいと思っている。

イトヨの多様な季節性繁殖の進化とその分子遺伝機構(石川麻乃・遺伝研)

生物を取り巻く環境は、季節に応じて大きく変動する。このため、温帯域の生物の多くは、 日長条件や温度条件を感知し、彼らにとって都合のいい季節に繁殖する。一方で、周囲の環境が季節によらず安定な場合、生物の季節性は減衰し、より長く繁殖するよう進化することが知られる。このような季節性の多様化は自然界で多く見られる一方、どのような遺伝的変異が、このような季節応答性の獲得や喪失をもたらすのかは明らかにされていない。私たちは、種内に海型と淡水型という生活史多型を持つトゲウオ科魚類イトヨを用いて、 この問題に取り組んでいる。本発表では、これまで明らかになったイトヨの季節性繁殖に関わる甲状腺刺激ホルモンTSHb2の役割と、その喪失をもたらす遺伝基盤を紹介する。 メダカ科魚類における性

的二型の多様化とその遺伝基盤(安齋賢・遺伝研) 性的二型、即ち雌雄間で

の表現型の違いは生物で広く観察されるが、時に近縁種間であっても顕著に多様化する。この多様化の分子機構として、性染色体上への関連遺伝子の蓄積や性特異的遺伝子発現に関わる調節領域変異の獲得などが想定されるが、実証的に検証した例は少ない。我々は、メダカ科魚類のうち、特に近縁種間で多様な二次性徴形質を示すインドネシア・スラウェシ島の固有種を用い、性的二型に関する分子遺伝基盤の詳細な解明を目指している。現在その第一歩として、スラウェシ島南東部に生息するウォウォールメダカ(Oryzias woworae) の雄において見られるかな赤色の胸鰭とメタリックブルーの体色について着目し、解析を進めている。本発表では、種間交雑による量的形質座位 (QTL) 解析の結果を中心に紹介するとともに、今後の展開についても議論したい。 日本列島内で遺伝的に細

分化するガガンボカゲロウにおける系統間の生殖隔離-種内変異か?-(竹中將起・信州大) 原始的昆虫類であるカゲ

ロウ類の中でも最原始系統として位置づけられるガガンボカゲロウ科 Dipteromimidaeは、科レベルで日本固有で、わずか1属2種で構成されている小さな分類群である。限定的なハビタットである山岳源流域に適応し、分散力も低いため、本種群の生息地は孤立・散在的となりがちで、これまでの演者らによる遺伝子解析の結果からは極めて顕著な集団レベルでの遺伝的分化が究明されてきた。さらに、遺伝的に大きく分化した集団間においては、互いに繁殖が可能であるのか? つまり,集団間の遺伝的分化は種内変異の範疇に含められるのか? あるいは、すでに別種程度にまで分化したものであるのか? についても重要な知見が得られつつあるので報告する。 コオロギからミジンコへ

-博士取得後一般企業への挑戦-(足利昌俊・株式会社内田洋行) 本発表では、博士号取得

後に一般企業に就職をした私自身の進路の事例を紹介する。通常博士号を取得した場合は、大学や企業にて研究を続ける場合が多い。しかし私はそうではない進路を選択した。博士課程ではクロコオロギ(Gryllus bimaculatus)の闘争行動に関する研究を行っていた。しかし現在は株式会社内田洋行にて、研究とは全く関係のない業務に就き、なぜかタイリクミジンコ(Daphnia similis)を会社のデスクで飼育するという不思議な生活を行っている。当時どのような考えで一般企業に就職する事を選択したのか、そしてその時の苦労や葛藤、また就職後に感じた研究生活とのギャップや温度差、博士号取得の経験が優位と感じた実例などを紹介したい。