第1回生態進化発生コロキウム 要旨集

ゲストトーク

キスゲ属の蝶媒花ハマカンゾウと蛾媒花キスゲにおける送粉適応した花形質の遺伝的基盤

新田梢(九州大学)

キスゲ属のハマカンゾウは朝開花し、夕方に閉花する昼咲き種で、昼行性のアゲハチョウ類に送粉され、赤色を帯びたオレンジ色、香りなしという特徴がある。一方、キスゲは夕方に開花し、翌朝に閉花する夜咲き種で、夜行性のスズメガ類に送粉され、薄い黄色、強く甘い香りという特徴である。花形質が、ハマカンゾウのような蝶媒の状態からキスゲの蛾媒の状態へと進化する機構を解明するために、本研究では、次世代シーケンサーHiSeq2000を用いたRNA-seqによって、花弁で発現している遺伝子群を比較し、ハマカンゾウとキスゲの花形質の違いに関与する遺伝子を明らかにした。得られたreadデータについて、TrinityでDe novo Assemblyを行った。RSEMで全体のライブラリに対して、各サンプルのreadをマップした。RパッケージTCC(1.0.0)を用いて、発現量比較を行った。Blast nr によるアノテ―ションによって、花色・花香の生合成に関する候補遺伝子を得た。特に、ハマカンゾウにおいて、アントシアニン色素合成経路の発現が高く、R2R3MYB familyであるAnthocyanin 2遺伝子を得た。

クワガタムシにおける大顎特異的発達の発生メカニズム

後藤寛貴 (ワシントン州立大)

生物の多様な形態の多くは、既存の構造を改変することで生じている。昆虫の口器はその典型例である。昆虫では食物や用途に応じた様々な形態の口器が見られるが、それらは全て祖先的な口器の基本構造を改変することで進化したと考えられている。では、その進化はどのような発生メカニズムの改変により起こったのだろうか?最も単純な口器形態の改変方法の1つは「特定のパーツのサイズ変化」である。この典型例である「クワガタムシにおける大顎特異的発達」を材料に、本研究ではその発生メカニズムの解明を目的に分子発生学的解析を行った。まず大顎特異的な発達を制御する位置情報遺伝子の特定を目指し、Hox遺伝子など複数の転写因子について機能解析を行った。結果、大顎発達に必須の位置情報遺伝子を特定した。次いで、大顎の発達と形成を担う分子メカニズムを明らかにするため、付属肢形成への関与が知られる遺伝子群を対象に機能解析を行った。結果、大顎形成と発達に関与する遺伝子が複数特定された。今後はこれらの遺伝子機能の種間比較を通して、大顎発達の発生メカニズムの進化的改変について探っていく予定である。

ショートトーク1

トカゲの色彩パタンの進化-捕食者に対応した地理的変異

栗山 武夫(東京大学・農学)

伊豆諸島と伊豆半島に生息するオカダトカゲが、異なる色覚をもつ捕食者(イタチ、シマヘビ、鳥類)に対応して、防御形質である尾の色を進化させてきたことを、至近要因(皮膚の色素細胞の構造と胚発生における形成過程)と究極要因(捕食者の色覚との関係、捕食‐被食関係の成立)を解明することで明らかにした。捕食者の色覚と尾の色を比較すると、同所的に生息する捕食者の色覚の違いによってヘビ・イタチには目立つ青色を、色覚が最も発達した鳥類には目立たない茶色に適応してきた結果であることが考えられた。また、この尾の茶色・緑色・青色は皮膚にある3種類の色素細胞(黄色素胞・虹色素胞・黒色素胞)の組合せで作られ、尾部の茶色・緑色・青色の割合は反射小板の厚さの異なる虹色素胞と黄色素胞の出現位置が体軸にそって前後に移動することで変化する。

イトヨにおける異なる日長応答性の進化遺伝基盤

石川 麻乃(国立遺伝学研究所)

同一の遺伝型から環境に応じて異なる表現型が生じる『表現型可塑性』は、その制御機構の理解が進む一方、可塑性の獲得や喪失をもたらす具体的な遺伝的変化は明らかにされていない。本研究では、イトヨ集団間の日長応答性の違いをモデルに、この分子遺伝基盤を解明する。祖先型である海型イトヨは日長に応じて川と海を回遊する一方、河川や湖に進出した淡水型イトヨは淡水域で一生を送る。本研究から、海型では短日から長日への移行時に脳内の甲状腺刺激ホルモン(TSHß2)の発現が急激に下がる一方、淡水型ではこの日長応答性が失われていることが明らかになった。この日長応答性の喪失は、北米集団でも日本集団でも見られ、淡水型で複数回生じたと考えられる一方、その遺伝基盤は北米と日本で異なることが示されている。

比較ゲノム解析から解ってきたネムリユスリカの極限乾燥耐性の進化

CORNETTE Richard (農業生物資源研究所・昆虫機能研究開発ユニット)

ネムリユスリカの幼虫はアフリカの乾燥地帯の小さな水溜まりの中に生息しており、乾期の間に完全に乾燥し、アンヒドロビオシスという無代謝状態に陥る。その状態で10年間以上乾燥に耐えることが可能であり、そしてまた再水和すると1時間以内に蘇生し、発生を再開できる。今回のプロジェクトで、ネムリユスリカと乾燥耐性を持たない同属のヤモンユスリカの両ゲノムを解読し、比較した。ネムリユスリカのゲノムは非常にAT-richであることは乾燥時の酸化ストレスの結果であることが示唆された。一方、乾燥耐性に特異的なゲノム領域を同定し、その中には遺伝子の水平伝播と遺伝子重複が頻繁に起こってきた痕跡が見られた。

交配相手に対する「好み」の種特異性をもたらす神経基盤を探る

石川由希(名古屋大・理学研究科)

求愛行動には種特異性があり、その特異性が生殖隔離や種分化の大きな要因になる。特に交配相手に対する選好性(好み)は生殖隔離の根幹を成す行動形質であるが、この種特異性をもたらす神経/分子機構はほとんどわかっていない。現在私は代表的なモデル生物であるキイロショウジョウバエと姉妹種オナジショウジョウバエに注目し、どのような神経回路の違いが、交配相手の選好性の種特異性をもたらすのかを明らかにしようとしている。面白いことにこれら2種の雑種はオナジショウジョウバエ型の選好性を示す。本発表ではこの雑種をオナジショウジョウバエ型選好性のモデルとして扱い、選好性の種間差の由来を単一ニューロンの解像度で理解する取り組みを紹介する。

ショートトーク2

心臓の発生と進化、そして起源

守山 裕大、小柴 和子(東大・分生研・心循環器再生)

心臓は胚発生の最も初期から機能し始め、拍動することによって血液を循環させるという、まさに生命そのものと言ってよい重要な器官である。心臓の進化については、1心房1心室から2心房2心室へ、という脊椎動物の例が有名であり、この心臓形態の変化に伴って循環器系としての効率もより良いものへと進化してきたと考えられる。しかしこれは、下等な(祖先的な)動物種の心臓、循環器系が高等な種のそれと比べて劣っているというものでは決してない。本講演では、様々な系統における心臓形態・機能の進化と発生について、ゼブラフィッシュやマウス、イカなどの生物種の解析結果を示しながら論じていく。また、それらを踏まえ心臓の起源についても議論していきたい。

3倍体プラナリアの生殖戦略

茅根 文子(慶應義塾大学大学院 理工学研究科 基礎理工学専攻 松本研究室)

倍数体は自然界に広く存在するが、特に3倍体は減数分裂による配偶子形成が困難であり、ほとんどが無性生殖のみで有性生殖は行わないとされる。扁形動物門に属するリュウキュウナミウズムシDugesia ryukyuensisは、自然界に2倍体、3倍体、2倍と3倍の混数体が存在し、それぞれに生殖器官を持たず分裂・再生により増殖する無性個体、生殖器官を持ち交接・産卵する有性個体、および季節により生殖様式を転換する個体が見られる。また、3倍体無性個体に対し有性個体を投餌することにより、有性個体へと変化させることができる(有性化)。本研究では有性化した3倍体個体が有性生殖を行うことを明らかにし、減数分裂時の染色体挙動に着目してその配偶子形成機構の解明を目指している。

鱗翅目昆虫をモデルとした翅退縮の発生メカニズム

新津 修平(首都大院・理工)

ダーウィンの著作「種の起源」以来、進化のテーマの一つである「痕跡器官(退化)の研究」は古くから生物学者の興味を惹いてきた。冬期に成虫期をむかえる鱗翅目昆虫のフユシャクガ類では、寒さへの適応の結果、オス成虫では機能的な翅を持つが、メス成虫においては翅が消失し、性的二型による翅の退行化が見られることが知られている。我々は、フユシャクガ類の一種であるフチグロトゲエダシャクをモデル材料とし、蛹期の翅原基に生じる性分化について、主にメス特異的な翅原基の退縮過程とその発生メカニズムを解明することを目的とし、研究を進めている。本講演では、これまでに我々が明らかにした発生生理学的な知見と今後の展望について紹介する。

メダカ野生集団における性的二型の多様性をもたらす発生プロセスの進化と遺伝的基盤

川尻 舞子(国立遺伝学研究所)

個体に働く淘汰は、生物の成長を通じて一定ではない。生物はそれぞれの環境に適応した生活史を進化させており、成体に見られる表現型の多様性は、個体の発生プロセスの変化を反映したものである。本研究は野外生物における発生プロセスの進化に関わる遺伝的基盤を解明することを目的とし、野生メダカをモデルとして用いた。メダカは鰭長に性的二型があり、性的二型の程度に緯度間変異がある。生息緯度の異なる2集団のメダカを交配し、個体の発生プロセスを表現型として定量化してQTL解析を行った。得られた結果に基づき、野生メダカの緯度間での発生プロセスの進化について、野外でのメダカの生活史を絡めて考察していきたい。

ショートトーク3

生育環境により葉の形態を変化させる植物ニューベキア(Rorippa aquatica)を用いた表現型可塑性の研究

中山北斗,中益朗子、天野瑠美、木村成介(京都産業大学総合生命科学部生命資源環境学科)

北米の水辺植物であるニューベキアは、水没すると葉身が針状の羽状複葉を発生する一方、気中では温度や光強度の変化によってさまざまな形態の葉を発生する。このような葉形変化は水の抵抗を減らしたり、効率よく光合成を行なうために役に立っていると考えられ、発生と環境の関係を理解する上で興味深い。私達は、形質転換法の開発など実験材料としての基盤を整えながら、ニューベキアの表現型可塑性の研究を進めてきた。これまでの研究により、この植物は温度や光強度の変化でも葉形を変えることや、環境に応答して単葉と複葉発生のメカニズムが遺伝子発現レベルで切り替わっていることなどを明らかにした。現在は、トランスクリプトーム解析により葉の形態の表現型可塑性のメカニズムを分子レベルで解明することを目指している。

ショウジョウバエの野外集団における,プロモーター配列変異に対する平衡選択によって維持される遺伝子発現量変異

佐藤光彦(東北大学)

多様な形質を生み出す機構として転写制御の変異が注目されている.転写制御の遺伝的変異も進化の素材として種分化や適応進化を引き起こすと考えられるが,実際に野外の集団内で発現量を変化させる変異がどのような遺伝子に蓄積しているかはわかっていない.そこで野外由来キイロショウジョウバエを用いて,プロモーター領域へ変異が蓄積することによって発現量に変異が生じている遺伝子と,そのうち適応進化によって多型が維持されている遺伝子の検出を行った.その結果,メス261,オス569遺伝子でプロモーター配列の変異による発現量の変異が観察され,特に, 免疫や環境応答に関連する遺伝子において発現量への平衡選択が検出された.

形態解析ソフトSHAPEを利用した形態データベースシステムの開発

進士淳平1・木村大樹2・黒倉寿21東京大学 大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 2東京大学 大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻)

多くの生物は、種、性別および成長段階によって、異なる形態を示す。しかし、こうした形態の分類は、これまでの研究の中で細分化が進んでいるため、その判別には多くの専門知識が必要とされるのが現状である。そこで、本研究では、形態解析ソフトSHAPEに着目し、SHAPEを介して形態の判別を補助するシステムの開発を試みた。開発したシステムに対し、カニ類の頭胸部20種105個体および魚類の耳石13種60個体を用いて、交差検定による判別精度の試験を行った結果、いずれにおいても70 %程度の精度で種判別が可能であることが示唆された。このことから、本システムを発展させることで、実用的な形態判別システムを構築できる可能性があると考えられる。

発生と進化にまつわる概念とその定量化 -蛾・蝶の擬態模様を例に

鈴木誉保(農業生物資源研究所)

発生と進化をあつかう研究では、様々な概念が提唱される一方で、その理解はあまり進んでいない。これらを理解するためには、概念を定式化し、定量・解析によって”測る”ことが必要だと考えられる。そこで、モジュラリティやcontingency、相同性などに注目し、各々の概念を整備し、定量・解析をする研究を進めている。また、これらの概念が実際の動物の進化でどのようにみられるのかを知ることも重要である。蝶や蛾の翅にみられる枯葉や苔などへの擬態模様を題材にして、モジュール性などの性質がこれらの進化にどのようにかかわっていることを明らかにしてきた。本セミナーでは、これまでに取り組んできたことと今進めていることについての概要を報告する。

ショートトーク4

北西太平洋産白亜紀海生二枚貝イノセラムス類の種多様性の経時変動

Temporal species-diversity changes in Cretaceous marine inoceramid bivalves of the Northwest Pacific

高橋昭紀(早稲田大学理工学研究所)

イノセラムス科二枚貝類は中生代白亜紀に大繁栄し,白亜紀末に絶滅した.本科の成体は表生で移動能力がなかったため,環境変動が海生動物の多様性に与える影響を評価する上で有効な分類群である.本研究では,イノセラムス類の種多様性の経時変動と環境諸要素の変動・変化の関連を精査した.第2オーダーの汎世界的海水準変動と多様性変動パターンは大局的には調和し,統計的にも5%の有意水準で相関有意である.白亜紀には究極的な地球温暖化が進行したため,海洋無酸素事変(OAE)と呼ばれるイベントが何度も起こった.OAE発生前後では,イノセラムス類の多様性はあまり変化していないが,絶滅率と放散率が極めて高く,属構成も大きく変化する.この様に,イノセラムス類の種多様性は海洋環境変動に鋭敏に応答し,化石記録からでも多様性を支配する環境要因がかなりの確度で特定できる.

サイズ辺境に生息する新奇微生物の系統進化

中井 亮佑(国立遺伝学研究所)

私の関心は辺境微生物の生態と系統進化であり、これまで深海・南極・砂漠などの極限環境に生息する微生物を調べてきた。また現在は、生物サイズの極限―サイズ辺境―としての極微小生物も研究対象としており、濾過除菌に汎用される0.2 μmフィルターを通り抜ける小さな生物の培養を試みている。その結果、終生を極小サイズで過ごすナノ微生物や、多様な細胞形態を持つ奇妙な微生物が様々な環境から分離された。幾つかの微生物は綱レベルでの新系統であり、微生物進化の初期における多様性の拡大を示唆した。本発表を通して、一般的な細菌より小さいがウイルスよりは大きい「生物と無生物の間」に生息する微生物の生き様を議論したい。