飛騨の地もすっかり新緑の季節となりました。桜や桃の花も散り、今は色とりどりのつつじの花が咲き誇っています。民家の庭先にはピンクと白の小さな花びらの芝桜が美しく咲き乱れています。田植えの終わった田圃のあぜ道には濃紺のあやめの花が咲いています。目を山間の家々に転じると鯉のぼりが風をいっぱいはらんで泳いでいます。山々や田園の緑の中にちらした花々の色が鮮やかです。飛騨は6月に入りました。しかし、風景・気候は、ちょうど平野部の5月ごろの様相です。
こんなある日、大阪から、女黄門様ご一行がこの飛騨の地を訪れました。ご一行は女黄門と助さん角さんの3人です。現地のお代官様も大変気をつかい、車で古川駅までお出迎えして、古い歴史を残す古川の町をご案内したあと、特派員の駐在する屋敷におつれしてきました。
さて、ご一行は宮川の辺(ほとり)に建つ屋敷内を一通り見てまわって夕暮れを待ちます。あたりが暗くなり始めたころ、車で高山市内に繰り出しました。
代官様はご一行様を高山の古い町並みの一角にある割烹「京や」にご接待いたしました。
ここでは、飛騨牛の炭火焼きや岩魚の塩焼き、女将特製のおいしい漬け物などを味わっていただきました。
黄門様は感激のいたりで、おいしいを連発しています。日頃、私たち特派員の生活を気遣って下さる女黄門様に喜んでいただけて、現地お供役を仰せつかった特派員としても、来ていただいてほんとうによかったと思いました。
特派員もどさくさに紛れて、限定販売のにごり酒”五郎八”を味わいさせていただきました。酒屋で売っているあのどろっとした濁り酒ではなく、白く透明感があって、口当たりも大変まろやかなすっきりした味わいです。アルコール度は21度もあるそうです。
じっくり時間をかけて美味しいものをたっぷりお腹に詰め込んだあとは、店を替えてカラオケです。宮川の橋を渡り暗く人通りの少ない高山の街を6人でぶらぶら歩いて、ネオンがちらほらと灯る飲食街に移動しました。
スナック”シャンブルモア”は身を寄せ合って座って10席ほどのカウンタ席と6人掛けのボックス席がひとつの、小さなスナックです。代官様のご威光でママの気遣いも大変でした。
代官様と黄門様がボックス席の中心に並んで座って、その両脇を助さん角さんが固めます。当特派員と現地組の1名は端席に失礼のないように座ります。代官様は「京や」での黄門様の喜びように大変ご機嫌です。ボデーガード役の助さん角さんは今一乗り切れないようで、代官様と黄門様のご機嫌を取りながらも楽しめないような面もちで座っていました。
前座を当特派員が”小指の思い出”で務め、後は黄門様の一人舞台です。
黄門様は”ピンクレディメドレー”を皮切りに、”天城越え”、・・・・・・。
カウンタ席の親父さんから声援と投げキッスが飛びます。父母娘3人連れで来ていた白いロングドレスのちょっと美人風ですらっとした娘さん(30代後半か?)が当特派員の目の前で尻を私に向けてラテン風の歌を身をくねらせながら歌います。特派員は精神衛生上よくないと思いつつも、ドレスを透けて見えるお尻のまるみをしっかりと確認してしまいました。その娘さんが私に、
「どこの芸能社ですか。どこから来たんですか」
と聞いてきます。私は「大阪の芸能社でこの子は今日はノーギャラのお忍びで歌いに来ているんだよ」と言っておきました。
私の新曲も好評で、娘さんの母親から冷やかされてしまいました。疲れをどっと感じる一瞬です。ロングドレスの娘さんは黄門様を大変気にいった様子で、黄門様を誘い2人で振り付きのビンクレディを歌っています。
「何なんだこの盛り上がり方は!」
このような雰囲気の中で夜が過ぎて行きます。客が一人減り2人減り、お店の閉店も間近になりました。黄門様ご一行と現地組の一人はおしゃれなホテル”フォーシーズン”にお泊まりになります。
当特派員は常宿の”ビジネスホテル花”に人通りの無い路地をポツポツと歩いて帰ります。今までの喧噪が嘘のような静かな夜道です。ホテルに帰って時計を見ると午前0時をまわって翌日の1時30分になっていました。
長い長い一日が終わりました。
翌日は元気一杯の黄門様ご一行のお供を務めなければなりません。連日、厳しい勤務が続いて疲れ切っていた特派員は、ホテルに戻ると、自動販売機で缶ビールを一本買って、一人で寂しく飲み直しをして、バタンキュウと倒れるように寝てしまいました。
朝が来ました。さあ、いよいよ、乗鞍スカイラインへの旅が始まります。黄門様達は朝早く起きて、宮川の朝市および桜山八幡宮の屋台会館を見てきたようです。特派員は疲れがとれやらず重い足取りでホテル”フォーシーズン”に向かいます。
9時30分、代官様自らが代官所のワゴン車を運転して乗鞍岳に向けて出発です。途中、”銚子の滝”(やっと千葉に戻った)にちょっと寄り、あとは、乗鞍岳にまっしぐらです。
有料道路の乗鞍スカイラインに入り、高度をぐんぐん上げていきますが、あいにくの天気で濃い霧が発生しています。車の外の視界は100~200m程度でしょうか。危険なドライブです。
代官様の運転に命を預けるほかありません。
車は霧を切り裂くように、つずらおりの道路をぐんぐんと高度をあげて行きます。道の両脇にはまだ2~3mほどの雪の壁の一部が残っています。スカイライン開通時はこの雪の壁が10m近くもあるのです。
少し霧が晴れてきました。きっと雲の上に出たのでしょう。つかの間、遠くの雲海の中に槍ヶ岳の先端と雪のまだ残る穂高連峰の上4分の1が見えました。ご一行様に教えておげましたがあまり関心がないようです。
特派員にとって穂高は、青春の情熱を捧げたこころの山です。穂高連峰はいつ、どこから見てもこころ打たれる山です。
さあ、頂上のドライブインにつきました。標高3000mちょいの所にあります。ここから1時間ほど歩くと頂上だそうです。
春スキーで有名な畳平(たたみだいら)にはたっぷりの雪があって、若者達がスキーに興じています。
黄門様ご一行は、元気にも、ドライブインの上に続く小さな峰に登っていきました。特派員も少し登ったのですが疲れを感じて、途中で、膝を痛めている助さんとともに、帰りを待つことにしました。この位置からは下のドライブインの全景が見えます。ドライブインの背景には、真っ白な雪の間から岩峰がまだらにのぞき高山植物の濃い緑が上に上にとはい上がっていく大パノラマが広がっています。右下の火口の底には、エメラルド色の円い池が見えます。
ご一行様は20分ほどで帰ってきました。何と疲れを知らない人達でしょう。我々平民と違い、普段の鍛え方が違うのでしょうか。この後、記念写真、お土産選びと、ご一行様は精力的に行動して、12時過ぎに帰途についたのです。
カメラマンとしての役割を負った特派員は何かと忙しく、お土産を買う気分にもなれず、ささやかに、ここだけで売っているという切手シートを買ったのです。
帰りは、平湯の滝を見て、”赤かぶの里”で漬け物の試食をさんざんしたあげくなにも買わず(黄門様がささやかに土産物を買ったが店のほうは全く採算とれていないだろう)、ひたすら高山の町に向かってひた走ります。
途中、道ばたのそこここで家族で山菜取りに興ずる人達を見かけました。 やっと、下界に戻り、豆腐ステーキで有名な食堂で遅い昼食をとりました。14時ごろです。ご一行様は高山発17時のひだ号を予約しているとのことでまだ時間があります。
代官様の気配りで、”飛騨の里”を見学して時間調整をすることとなりました。
代官様はご一行様をここに置いて、いったん代官所に戻りました。 ”飛騨の里”は高山市内のはずれの小高い山の中腹にあります。江戸時代の古い家屋がたくさん移築してあり、昔の田舎の風景と生活が忍ばれる木立に囲まれた静かな場所です。
黄門様は相変わらず疲れしらずですが、お供の助さん角さんはさすがに疲れたらしく、一通り見てまわったあとは、古い家の縁側にじっと座って、雨に濡れた濃い緑の景色をじっと眺めていました。特派員も、ここではお供から放免されて、自分のこころのおもむくままに、写真撮りをしていました。
さて、16時30分。代官様がお迎えに来て、ご一行は高山駅に向かいました。代官様は代官所で仕事が待っているとのことで、ご一行様を降ろすと早々に代官所に戻って行きました。特派員もご一行様のお見送りはここまでとし、駅前で、丁重なお別れのご挨拶のあと、一人でホテルに向かったのです。
平成8年6月9日
※乗鞍の写真は「安曇村」から引用させていただきました。
※その他の写真は「Information HIDA」から引用させていただきました。