内藤先生の思い出
私はゾウリムシを人の神経毒性のモデルとできないかと考えて,42歳から45歳まで内藤先生の研究室で研究生としてお世話になりました.そこで電気生理学の基礎を教えて頂き,ゾウリムシの行動観察によって,チオノ型有機リン剤が ゾウリムシの後ろ向き遊泳を強力に阻害することを見つけ,従来のコリンエステラーゼ阻害説では説明できなかった,人を含む哺乳類のチオノ型有機リン剤の急性毒性が,カルシウム拮抗による多臓器不全によることを証明して,部下の学位論文の基礎にすることができました.また岩手大学赴任後は大網先生にお世話になり,ゾウリムシの電気生理学的研究により,難分解性有機フッ素の神経毒性の機序として,膜の電位変化に影響を与えてカルシウムの流入を阻害することなどを明らかにすることができました.
このように内藤先生には学問的にも大変お世話になりましたが,ともかく当時の内藤研究室は楽しかったの一言です.当時の私は残留農薬研究所の副部長兼薬理学研究室長としてそれなりのストレスもありましたが,内藤先生優しさあふれるお話を聞くだけで仕事のストレスが吹っ飛びました.
富永先生のお言葉の様に,内藤先生は好奇心,探求心,挑戦,知性とユーモア,そして何よりも温かさに満ち満ちていましたが,内藤先生の凄さは解らないことことと解ったことを明確に区別し,解ったことは誰にもわかる易しい言葉で正確に表現することでした.
今でも覚えていることは,内藤先生がお留守の時,たまたま談話室で,とても優秀な物理化学の専門家とのうわさの高い隣の研究室の先生とご一緒になり,その先生に「カリウムイオンだけを通して塩素イオンを通さない半透膜で仕切ったそれぞれの分画に濃度の異なるKCl溶液を入れ,その二つの分画を豆電球の付いたコードで繋いだ時,豆電球は点灯するするのですか」と素人質問をしました.質問の趣旨は,電位差があるのだから導線で繋げば電流は流れるはずである.しかし,この電位差はイオンが流れないことによって生じている.つまり,カリウムイオンは濃度差に従って膜を通して移動しようとするが,非透過性の塩素イオンに移動が阻まれ,ほんの少しだけ反対側に移動するだけなので理電気的二重層が生じ,これが電位差の正体である.溶液中を電融が流れないのに導線だけを電流が流れるのだろうか?と言うものでした.
するとその高名の先生は難しい説明を始めました.しかし豆電球がつくかつかないかは決して言いませんでした.私は辛抱強く説明の終わるのを待って,豆電球はつくのですか?とお聞きしました.するとまたその先生は難しい説明を始めました.また辛抱強く終わるのを待って,豆電球はつくのですか?....2時間くらい繰り返すとその先生は談話室を出ていきました.
翌朝内藤先生に同じ質問をすると,内藤先生は「つくと思いますよ」と即座にお答えになりました,そしてその理由としてそれぞれのイオンが電極に移動して全体としてKClの電気分解が起こることを極めて明確に教えてくれました.
電気生理学の専門家でない僕には,この質問が易しいのか難しいのかもわかりませんが,内藤先生はすごい!と思った忘れられない経験でした.
今でも内藤先生の優しいお顔が目に浮かびます.ご冥福を心からお祈りいたします.
津田修治
2020-06-30