周波数オークション(続き3)海外での方向修正から意味を探る

投稿日: Dec 15, 2011 9:54:41 AM

周波数オークションは最先端? 0 1 2 3 ←各パートへ飛ぶ

少し視点を変えて、諸外国での議論を見てみましょう。OECDで、通信政策を議論する作業部会にCISP(The Working Party on Communication, Infrastructures and Services Policy)というのがありますが、ここで2010年11月に公開された以下の資料を中心に見てみましょう。

MOBILE COMMUNICATION DEVELOPMENTS IN THE OECD AREA(DSTI/ICCP/CISP(2010)3/FINAL)

(先行する欧米でのトラッフィック急増と周波数オークション)

欧米ではスマートフォンの普及が先行していましたので、Table 5 に示されるように、既に何年も前からトラフィックの爆発が起きていました。特にAT&Tの3年間で5000%(50倍)というのが目を引きます。

Source:MOBILE COMMUNICATION DEVELOPMENTS IN THE OECD AREA(DSTI/ICCP/CISP(2010)3/FINAL)

(先進国では常識と言われた周波数オークションだが・・・)

こうした状況下で、たしかにオークションは多くの国で次世代モバイル通信用の周波数利用事業者を決定する際に用いられている事が下のTable.7から分かります。ただ、今も競争政策との整合性で当初計画の遅れが報道されている英国、様々な応札条件が課せられ低調に終わった2010年のドイツ、そしてオープンアクセス義務や(実現はしなかったものの)卸売り義務などで揺れた2008年米国の700MHz帯以外は、この表では全て1.7GHz以上の帯域です。ここは日本でも2014年を目途にオークションの準備が進められているところですので、「日本だけがオークションを拒否している」と言い切るのは、どうなのでしょう?

Source:MOBILE COMMUNICATION DEVELOPMENTS IN THE OECD AREA(DSTI/ICCP/CISP(2010)3/FINAL)

総じて、オークションの手法自体が、2000年前後の第三世代の導入期とはかなり変わって来ており、米独英のケース全てに共通しているのは、金額の多寡だけで決定される単純な市場原理ではなく、実情に応じて様々な制約、条件、複雑なルールを加味していることです。入念に制度設計をした上でないと、オークションそのものが有効に成立しない時代になって来ているようです。これは良く引き合いに出されるお近くの台湾においても同様で、価格高騰を避けるための目安となる周波数帯価値の算出結果が提示された上で、募集がかけられました。

さて、そこで問題なのですが、そうした複雑なルール、様々な条件が組合わさったオークションは、果たして当初期待された理想的な透明性を維持していると言えるのでしょうか?ルールや条件が複雑になればなるほど、特定の事業者にとっての有利不利が表面に出てくる事もあり、事実米国の700MHzのオークションにおいては、応札者のひとつグーグルのオープンアクセス義務発動に関する思惑が落札結果とは関係なしに、駆け引きの対象となりました。落札上限下限額の設定や目安額の提示は、恣意的に行われれば特定の事業者に大して有利になる可能性があり、また資金力の差による有利不利を必要以上に際立たせる事にもなりかねません。

これが、この稿のタイトル「オークションは最先端?」という疑問文の意味です。落札価格の高騰を抑制するのは、制度設計を入念に行えば良いのですが、時間がかかる事の他に、それでは価格が高騰しない、つまり国庫にとって収益性の低いオークションに財源としての意味があるのでしょうか?残るは、オークション方式に期待されるプロセスの透明性ですが、それも上記のようなルールの複雑化、入札条件の設定が恣意的な操作をもたらす事も懸念されます。米国の700MHzでは、多くの人が予想した予定調和的結果に終わったという事も言われています。

(国庫補完論のジレンマを「オークション単価」から見る)

もう一つ活発に議論された事に、オークションにより高騰した価格にし笑われる資金の問題があります。この点に関しては、「サンクコスト(埋没費用)」と考える事で、実際には携帯電話利用者へ転嫁されないようにする事も「可能」であると言われています。ただしいくら可能であっても、明確に国庫が潤うほどの高騰があれば、どうしてもユーザーに転嫁せずに通信会社が収益性を保つのは不可能ですし、サービスの品質やユニバーサル性の確保にも影響するでしょう。逆に転嫁をしないで済むような落札額なのであれば、国庫収入としての意味もそれだけ少なくなるはずです。

人口も異なり、売りに出される帯域幅もまちまちなオークション落札額の比較をするのに良く用いられるのが、落札額を帯域幅と人口で正規化した[US$/MHz/Population]のメトリクスです。勝手にこれを「オークション単価」と呼んでしまう事にしましょう。、最近のGHz以下の次世代携帯電話用周波数ーオークションを見ると、「オークション単価」米国が1.18、ドイツが0.92に対して、今年3月の香港では1.78とやや上昇しましたが、これは都市型国家であるが故に、資金回収が容易だからという点もあるでしょう。下の図はURL参照で示していますので、もしかするとリンク切れで表示されない事もあるかもしれませんが、「オークション単価」で最近のオークションの動向を測ったものです。様々な要因で依然として大変大きなばらつきがある事が示されています。(図は豪ドル単位ですが今年に入ってからはほぼUSDと同じレートです。気になる方は、 AUDUSD=Xチャートで補完してください。)

「オークション単価」(人口一人当たり、1MHz当たりの落札額)

Source: http://www.itnews.com.au/News/279747,is-the-digital-dividend-a-billion-dollar-windfall.aspx

今回の日本の900MHz帯については、収益金ではなく移行費用として上限額2100億円というのが示されているので、仮にこの金額の支払いが行われた場合は、「オークション単価」はおおよそ0.75です。(ここ数日少し円安で1豪ドル78円程度)携帯事業者から支払われる金額全てが、既存利用者の周波数移行費用に使われ、余剰金が全く残らないという設定でも、上の図の値と比べると、0.75というのは決して小さな値ではない。すなわち、このオークションから得られる収益は、近年の諸外国でのオークション相場から考えると、それほど大きい金額にはならず、もし仮に現実に落札した費用に移行費用が含まれるのだとすると赤字になる可能性すらあります。

(周波数マネジメント・・・比較審査、オークションの2択ではない)

さて、ここで注目したいのは、本来周波数マネジメントのとりうる手段はもっと多様であるということです。Table.6にアプローチとしてあげられている3つの政策手段ですが、上二つは、今回の熱のこもった議論でおなじみとなった、比較審査モデルと市場原理モデルです。それぞれメリット、デメリットが挙げられています。

一番下に書かれているコモンズモデル(周波数帯共有モデル)は、そもそも周波数の占有、保有と言う概念をいったん見直し、時間空間的に動的に空いている周波数帯を適宜使い分ける事により、全体としての周波数利用効率を上げられるのではないかというモデルです。2006年OECD発行の先行するレポート、THE SPECTRUM DIVIDEND: SPECTRUM MANAGEMENT ISSUES(DSTI/ICCP/TISP(2006)2/FINAL)においても、このCommons Approachが取り上げられています。ただし、同時に、「コモンズの悲劇」(Tragedy of Commons)と呼ばれる、利用過剰による障害も引き起こす可能性も指摘されており、ホワイトスペース利用でFCCが採用している地役権アプローチ(Easement Approach、テレビ局不在の周波数帯の二次的利用許可を免許不要局に与える処置)も紹介されています。

実はコモンズモデルもそれほど難しい話ではなくて、もう身近でいっぱい経験されている例があります。それはいわゆる無線LAN、WiFiで、一定の範囲内に定められたチャネルの空白を探し、地理的時間的に動的に周波数帯を共用するモデルです。ただし、これがこのまま携帯電話の周波数配分に適用できるかというと、出力の違いによる干渉範囲の差やハンドオーバーの有無、安定性などいくつか議論すべき点はあるでしょう。しかし長いレンジ、広い範囲で考えるならば、そもそも携帯電話によるデータ通信網だけが独立した世界を今後も維持する訳ではないでしょう。

Source:MOBILE COMMUNICATION DEVELOPMENTS IN THE OECD AREA(DSTI/ICCP/CISP(2010)3/FINAL)

では、周波数共用の考え方は、今議論している第3世代〜第4世代の携帯電話においては、全く意味を持たないのでしょうか?私は2つの理由で、そうは思いません。

一つは息の長い話ですが、現在も実現を目指して技術開発が進められているコグニティブ無線技術への期待です。今回の周波数割当措置も大きなくくりで見ると、完全に新しいプランに移行するのは2010年代後半であり、その時には既に4Gからその先の「無線クラウド」概念や新世代ネットワークなどが現実のものとしてスコープに入って来ている中で、そういう利用形態に適した競争政策を考える時代になっているはずです。つまり、限定された周波数帯の占有ライセンスの性質が事業者の競争力と強くリンクしている事が、そもそも望ましい事なのかどうかについて、深く考える事が必要なのです。4Gが展開し、その先の5Gがどんなものになるのか、そもそも第N世代という言葉さえ消失してしまうのか、想像もまだできませんが、その頃には、そうした周波数資源を部分的に占有しないとサービスが出来ないという事情がだいぶ変わるのではないかと期待します。

次に挙げられる理由はもっと現実的なものです。そもそも、無線携帯電話による通信事業者にとって市場競争力はどうあるべきなのでしょうか?周波数帯を細分化して、一つの通信事業者に一つだけの帯域幅の占有ライセンスを与える考え方は、既に古い概念なのでは無いでしょうか?といってもそんなに先の話をしている訳ではなく、一番良い例がMVNOやローミングといった、現実に行われている通信事業者間のオペレーションとサービスマネジメントの分離や委託/受託関係で、言ってみれば周波数帯の価値を再販切り売りして共有しながら利用しているとも言える訳です。

「クラウドコンピューティング」によって、以前は自社保有する事が当たり前であったデータセンターが、仮想サーバーのサービスへ移行する事により、効率的に管理ができ、利用を中心とした発想に切り替わりつつあります。非競争領域において、所有(占有)の概念を排除する事は、財務的にもCAPEXからOPEXへ切り替える事となり、一般的には身軽な経営とする事が出来ます。通信会社にとって周波数帯の保有(占有)は競争力の源泉となるものではありますが、たいていは深い経緯と歴史があり、今回もオークションをする事自体が、後発二社にとって不利な競争条件となりかねないといったように、ガバナンスの対象としてはややこしいものです。オークションよりは、周波数帯占有の概念を少しずつ変えて行く方が、よりスマートに透明で公正な競争環境を作る事になる可能性があります。

(大きく変わった海外での周波数オークション)

光ファイバーの展開の時にも、第0次事業者の議論がありましたし、LTEの特性として20MHz以上の帯域幅を連続して使えることが、最大周波数利用効率となるので、細ぎれに事業者に割り振るよりは、オペレーションとサービスを分離して、一地域では一つの事業者にオペレーションを任せて融通し合う方が、技術的には利用者にとって有利となります。こうなると、頭のてっぺんからつま先までの競争関係を前提にしたオークションの意味合いについて、再考する余地が出てきます。

今回総務省指針に盛り込まれた内容の一つで、あまり目立っていないのですが、「卸電気通信役務の提供・電気通信設備の接続(MVNO)」は、重要だと考えます。私は意見の中で、もう少し重く扱っても良いと書きましたが、周波数帯のライセンスを獲得した事業者がそれを閉鎖的に占有するのではなく、積極的に他の事業者にMVNOやローミングで、その周波数帯の利用を共に行う体制についても審査し評価すべきです。本質的に望ましい通信事業者の競争とは、不公平の生じやすい保有する周波数帯ライセンスの性質や量によらず、サービスの安定性や付加価値などで差別化を図る時代になるのではないでしょうか?実はMVNO要件をオークションにおいて加味することは、米国の700MHzオークションの際にも検討され、更にはフランスの3G追加割当(2010年)、LTE割当(2012年)においても重要な判断要素とされています。

モバイルブロードバンドを中心とした電波利用による新産業は、2020年で50兆円、波及市場まで含めると120兆円のGDP押上効果があるとされています。(総務省「電波新産業創出戦略」)既存周波数利用者の移転費用の事や、モバイルブロードバンドユーザーへの価格転嫁を防ぐように時間をかけて入念にオークションを設計しても、得られる収益金ははたしてどの程度のものか、今回は大変疑問です。それよりは、将来の巨大市場を支える基幹産業をいち早く立ち上げられる素地を作るほうが、増税策に頼らない税収の自然増、新ビジネスと雇用の創造、迅速なユーザー利益の提供のどの点をとっても妥当なのではないでしょうか?

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