ものくるゝ友は善き友~心的価値を運ぶ21世紀型IT~

投稿日: May 08, 2011 3:24:40 AM

2002年に日経新聞社デジタルコアのコラムに寄稿した文を元に改版したものです。

徒然草第百十七段に、「善き友三つあり。一にはものくるゝ友、二には醫師(くすし)、三には智惠ある友」とある。さすがに兼好法師、遥か21世紀の情報化を見越しての名言には驚かされる。「もの」や価値の交換こそが、人と人とのつながりを高め、コミュニティを緊密にする手段だからである。コミュニティにおける心的価値の交換を促進する、新たなITとして「コミュニティ・マネー」が注目され始めている。

■コミュニティ発生のきっかけはメッセージ交換から

先ずはITを離れて、身近なところから日ごろの人との付き合いを想定してみよう。全く初対面の人が数人、列車の客室などで隣り合わせになったところを思い浮かべてみよう。最初は隣り合った人同士簡単な会話から始まり、親しさを増すにつれて、交わされるメッセージの量も増えてゆく。ある時点で1対1での会話から、グループでの会話へと展開してゆくだろう。原始的なコミュニティの発生である。

このように、「情報」の交換が、コミュニティを支える大きな要素であることは、社会学者の論を待つまでも無く明白である。日常の世界でもインターネット登場以前から、季節の便り、時候の挨拶など、メッセージの交換が人間関係を維持していたのである。現代風に考えれば、ケータイでのメール交換もそうした役割を担っている。インターネットの利用も、電子メールの利用が先行したのは、メッセージ交換がネット上にコミュニティを作る、あるいはネットを利用して現存するコミュニティを活性化させるのに最も必要だったからだろう。

■より人間関係を緊密にする「価値の交換」

さて、情報交換が一段落したコミュニティでは、次に何が起こるであろうか?人数が大きければ自己組織化など様々な変化があると思われるが、ネットワーク社会の観点で面白いのは「価値の交換」だと思う。日常の世界で言うならば、年賀状のやり取りを行っていた関係と「盆暮れのつけとどけ」を行う関係の差とでも言おうか、ともかく何らかの価値(多くは物品、金銭)を交換し、より緊密な関係を保持しようとするようになる。「真の心」が伴っていない場合、多くは拝金主義的な傾向を帯び、汚職や不正という形で新聞紙面を賑わすことになるわけだが、心のこもった価値の交換は、コミュニティの緊密度を情報交換やメッセージだけのときに比べてまた違った次元のものに高める効果がある。

インターネットの世界でも同じで、利用動向全体を見ても、メール交換の次に起こったのがWWWを利用した物や金銭の交換であった。歴史上インターネット・ショッピングの中で、もっとも早期に一応の成功を収めたものの一つが、1-800-FLOWERSという花束ギフトを中心としたギフトサイトだったことは有名である。TARGETやMACY'Sに置かれた店頭ギフト端末も、電子商取引の嚆矢となる。

■心的価値の交換を担う「コミュニティ・マネー」

こうした動きの次の段階として、「コミュニティ・マネー」の試みが、最近注目を浴びている。狭くは「地域通貨」とよばれる、流通を局所的に限定した金銭単位のことを指す。これは「円」などの国家通貨と基本的な機能は変わらないが、少なくとも地域のアイデンティティの象徴としての意味を持つ効果がある。更に国家通貨と連動せず、独立した為替レートを持つことにより、域内経済を外部環境に依存せず安定化させる効果があるとされる。一昨年大胆な試みとして行われた「地域振興券」も、通用範囲と期間を限定することの効果を狙った地域通貨的性質を持っていた。

定義をやや広げて考えると、コミュニティ・マネーの試みの中には、「心」の世界にまで踏み込んだものが多い。兵庫県宝塚市の「ZUKA」などは、地域ボランティアや市民運動、小学校学区単位での教育といった、まさにコミュニティの中での価値交換をターゲットとしている。米国で最初の試みが始まった「タイム・ダラー」(1時間のボランティア活動を1タイムダラーという単位に軽量することからこの名がついた)もこの系統である。更に広くコミュニティ・マネーを捉えるならば、古くからある航空会社の「マイレージ」や大手量販店の「ポイントカード」も、企業が顧客コミュニティを活性化させるためのきわめて有効な手段として機能している。

技術の観点からを捉えると、ITはコミュニティ・マネーの運営には絶対欠かせない要素となっている。きわめて感覚的な言い方であるが、数百人までのコミュニティであれば、紙の通貨とそろばんや電卓の通帳程度でも運用が可能であるが、数千人規模となったところで飛躍的に管理運営のための付帯コストが増加する。逆にいえば「電子通貨」、「ICカード」、「データベース」、「トランザクション処理技術」などのITを用いることで、数千人から数万人のコミュニティ内で、ミニ日本銀行を運営することは、もはやそれほど難しくない。

■国家通貨の縛りから脱却し始める「コミュニティ・マネー」

各種コミュニティサイトや、今はまだマーケティングの一手段であるがポイントカードの隆盛などを見ていると、国家通貨である「円」(日本の場合)に連動していたコミュニティ内の価値流通が、必ずしもそれにこだわらずに運用できる段階が近づいているように思える。たとえば、オークションサイトで継続的に物品の交換をしている人は、入金額と出金額がある程度バランスしており、そうなるとわざわざ「円」の単位で不便な銀行振込を用いる必要も薄くなる。

また、通貨はある意味でコミュニティのアイデンティティを象徴する。日本の国家としてのアイデンティティが成立し始めた時期に、最初の国産通貨(富本銭あるいは和同開珎)が鋳造されたことは有名である。また、今でも英国では、イングランド銀行の発行するポンド紙幣とは別のデザインで、スコットランド銀行が発行する紙幣も普通に通用している。

■心のこもった「ものくるゝ友」がいるコミュニティ

ITが現代社会の構造を大きく塗り替えようとしている、そのもっとも根源的なところで、新しい社会構造の胎動が見て取れる。その一つのあらわれとして、「通貨」を巡る一連の動きは興味深い。個人の立場で言うと、善きコミュニティとは、心のこもった「ものくるゝ友」がいっぱいいるコミュニティであり、だんだんとそれはお仕着せの都道府県市町村のコミュニティではなくなり、自らの意思でアイデンティティを持ったコミュニティになるのだろう。