(最終更新:2020年1月22日)
当職の担当するゼミナールにおいては、産業組織論がその範疇とする諸トピックスに就き、主に競争政策に関連する内容を扱う研究に資することを主眼とし、
(1) 内外における事例・判例や近年における政策的動向や産業諸事情の理解、
(2) データを用いた実証的分析、及び、
(3) モデルを用いた経済理論的な分析、
という三者同士の相互連関を意識するが、各参加者は、三位一体を念頭に置きつつも、各人の問題意識や関心に応じて適宜傾斜配分で調整しながら、各自の研究課題に主体的に取り組むことが要求される。
令和元年度の輪読においては、まず、安達貴教「経済学入門における不完全競争の導入について:ゲーム理論に「引退!」勧告」(2019年、草稿)が提唱する「市場支配度指数アプローチによる不完全競争の理解」という視点に依拠しながら 泉水文雄『経済法入門』(2018年、有斐閣)の内容を吟味することから始め、それと並行し、Einav and Finkelstein (2010)において提示されている「グラフによる「情報の非対称性」の理解」を、上述のアプローチによって包括的に接合せんことを試みる。その際、競争政策及び消費者政策の経済理論的基礎付けを与えるような枠組みの提唱を目標として念頭に置きたい(なお、2年度においては、Fumagalli, Motta, and Calcagno, Exclusionary Practices: The Economics of Monopolisation and Abuse of Dominance (2018, Cambridge University Press)で扱われているような、競争政策上問題になるような、垂直的取引関係における諸問題について安達(2019)による視点からの理解を試みる予定)。
次いで、北野泰樹「需要関数の推定」(2012年、CPRCハンドブックシリーズ No.3 )とKwoka (2015)の第4章"Guide to Merger Analysis Using Difference in Differences"を経由することで、実証的分析手法の基礎をざっくりと確認し、以ってAguirregabiria, Empirical Industrial Organization: Models, Methods, and Applications (2019, Manuscript) やDavis and Garces, Quantitative Techniques for Competition and Antitrust Analysis (2010, Princetn University Press) に繋げることで、それらに於いて扱われているトピックスを選択的に学んでゆく予定である。
なお輪読に加え、個々人の研究課題に即した勉学を自学自習することも求められていることは言を俟たない(事例・判例研究、データ分析・シミュレーションのためのRやPythonといったソフトウェアの習熟、関連する数学や統計学の学習など)。理想的には、経済思想や社会思想との繋がりにも興味を持ち、あるいは、法学・政治学との関係性をも意識することが望ましいのかも知れないが、あれもこれもと関心を持ち過ぎると、担当者のように取り留めのない人物になってしまう可能性が高いので、注意が必要である。(と書いておきながら、実は担当者が関心を抱いている範囲は、自分が思っているよりは相当程度狭い可能性も非常に高いとも謂う。)
以上のような性質により、当ゼミを志望する場合は、
(1) 日本あるいはそれ以外の国における競争政策を念頭に置いた諸トピックスを経済学的に(即ち、経済理論的あるいは計量経済学的手法を用いて、あるいはそれら双方を組み合わせて)分析することに関心がある、
(2) マーケティング・サイエンスなども含め、広義の意味での産業組織論的なトピックスに関して、PythonやR等のソフトウェアを用いて数値的・実証的に分析することに関心がある
の少なくともいずれか一方に(理想的には双方に)当てはまることが要求される。なお、ゼミにおいては、主関心がどちらかの一つにある場合でも、他方に関して、参加者共通の学習事項としての学びは必要となるので、その点、留意すること。
ちなみに余談ではあるが、当職は、有料ソフトウェアであるSTATAとMatlabを使いつつも、最近では、(1) RStudio(一部無料)を動かし、また、(2) Anaconda Navigator(無料)からJupyterLabやVS Codeを起動することでPythonのコードを書いたり、もしている。機が熟せば、将来的にはJuliaにチャレンジしてみたい。更に余談であるが、論文の作成の際には、主にWinEdt(比較的安価)やLyX(無料)を用いており、また、計算のためにMathematica(有料)を使うことも多い。
なお当ゼミ参加に際しては、学部中級レヴェル以上のエコノメトリクス(計量経済学)あるいは統計学やデータ・サイエンスといった名称の関連科目の知識が前提とされている。なお、どのような教科書を念頭に置いているのかを具体的に指し示したいところではあるが、遺漏があると同業者からあらぬ恨みを買う恐れがあるので、そういったことはしない。むしろ、どのような前提が求められているのかを適切に類推し準備してゆくという所からしてあなたの適性あるいは資質が問われているものと理解されたい。また、学部中級レヴェル以上のミクロ経済学やゲーム理論の知識を有していることも望ましいし、言うまでもなく、通常レヴェルの経済数学の知識は当然の前提である。なお、当ゼミ参加時点に際しては、産業組織論、マーケティング・サイエンス、経済法(独占禁止法)といった科目での単位習得は必ずしも前提とはしていないものの、各自の問題意識の涵養のため、自身に適した方策を模索されたい。
参考
令和元年度
参加者:3 4 名(大学院3名、学部生1名(聴講))
学期中原則毎週1回、1回当たり平均5~6時間程度(努力目標としては3~4時間程度に短縮の方向で)、休憩時間なし
一例:午後4時過ぎ開始、午後10時50分頃終了(途中まとまった休憩時間はなし)
輪読の進行状況:
4~8月:泉水文雄『経済法入門』で取り上げられている諸トピックスの「市場支配度指数アプローチ」からの検討 (途中一部省略しながらも、(1)企業結合、(2)不当な取引制限、(3)私的独占、(4)不公正な取引方法という、日本の独禁法四本柱を一通りカヴァーして無事終了(8月9日現在))
9~2月:泉水 (2019)の輪読は「アマゾンジャパン合同会社による、いわゆる最恵待遇条項」(pp.319-320)で締めたので、まずそれに関する最新の研究として、「垂直的関係における最恵待遇条項の反競争的効果」を分析しているCarlton and Winter (2018) を読む。その後、Kwoka (2015)の第4章"Guide to Merger Analysis Using Difference in Differences"で競争政策の実施の際に用いられている実証手法を確認するという一呼吸を置いた後、Fumagalli, Motta, and Calcagno (2018)の各章(略奪的価格設定、排他的取引、抱き合わせ販売、取引閉鎖など)における網掛け部分(経済モデルが解説されているセクション)を勉強していく(当初予定していた北野、Kwoka、Aguirregabiria、Davis and Garcesに対応するトピックスは、学部の産業組織論で取り扱うため、本ゼミでは扱わない)。その際、Adachi (2019a)やAdachi (2019b)を念頭に、「市場支配度指数アプローチ」の垂直的関係及び両面市場の分析への適用を狙うものとする。
秋学期予定:毎回夕方5時開始、原則9時以降に終了(休憩時間なし)
方針:全てのサブセクションをカヴァーしない代わりに、選択したサブセクションについては、補題・命題の証明を全員が理解するまで、徹底的に吟味・議論をする。
1. Section 5.3 Formal Model of Vertical Structure(垂直的関係における取引閉鎖)-> 10月29日終了
2. Section 1.3 A Simple Theory of Predation(略奪的価格設定)-> 11月19日終了
3. Section 2.4 Price Discrimination when Scale Matters(中間財の価格差別)-> 12月3日終了
4. Section 3.4 Economic Models of Exclusive Dealing(排他的取引)-> 1月7日終了
5. Section 4.4 Economic Models of Bundling and Tying(抱き合わせ販売)-> 1月22日終了
この間、ソフトウェアや審判決については各自で自習。
Some other papers of interest: Avilés-Lucero and Boik (2018); Liu, Niu, and White (2019); 北村紘「排他条件付取引の反競争性:理論的視点」(中林・石黒(編)『企業の経済学:構造と成長』2014年、有斐閣、所収)