艦これ二次創作
あれは、数日前の事だ。大型作戦の主力として出撃した私は、前線を切り開いていた。戦況は悪くなく、一時はこちらが勝ったとさえ言われているほどだ。
でも、事態が急変したのは突然だった。私の頭の中に、突如、深海棲艦と思わしき声が響いたのだ。そしてその声は、だんだん私の精神を蝕んでいった。そしていつしか、大切な人の名前すら忘れてしまった。
――大丈夫ですって。前見て来るだけですし、すぐ帰ってきますから。
我ながら、なんとも在り来たりな言葉を、青い袴が特徴的なあの人に、笑いながらかけた。本当は、もう名前さえ思い出せなくなってしまった、信頼できるあの人を、置いていきたくはなかった。だけど、混濁とした私のせいで酷い目に合わせてしまったし、そして心配してくれていた仲間たちの足を引っ張りたくはなかった。だから、私は単身海を走った。あの声は未だに止まない。
――ふうん? 貴女一人で何が出来ると言うの?
頭の中に響く声が、そう面白そうに言う。
「別に何かが出来ると思ってない。ただ、これ以上あの人を巻き込みたくなかったのよ」
未だに声の実態は見えない。声がするたびに、大切な記憶がぽろぽろと剥がれ落ちて行く。
――へえ、本当に面白いわね、あなた。
「それはどうも。ところで、あんたこそどこにいるの? そろそろ決着をつけたいんだけど」
――……そうね
声が止んで、そして少し離れたところに、海から出てきた一つの影。今までの戦いでも見たことのない、恐らく新型の深海棲艦。
「ねぇ、一つ取引をしない?」
あんなに聞き取りにくかったはずの深海棲艦の声が、はっきりと聞こえる。
「……何?」
「ふふ、簡単よ。あなたが勝てば、私の場所を譲るわ。もし、私が勝ったら、あなたはここで終わり」
「どう意味よ」
「そのままの意味よ――ッ」
そう言い終わるや否や、向こうの深海棲艦は発艦行動を始めた。なるほど、相手も私と同じ空母らしい。大きさでいえば正規空母相当か。でも私だって装甲空母、簡単に負けるわけがない。こちらも発艦する。
「さっきの戦闘であなたの行動は見限っているわ! あなたに勝ち目はないッ!!」
「そんなの、分からないじゃないッ!」
相手の放った艦載機は、きっと今まで出会ってきた敵艦載機の中で、一番速い。気を抜けばやられてしまうかも。
「沈めッ」
その声と同時に、敵艦載機から爆撃の雨が降り注ぐ。でもそれがどうした。あの一番愛したあの先輩の教えを活用すれば、コイツは勝てない相手じゃない。それと同じ頃、私が放った艦載機も同じように爆撃と雷撃を開始する。が、手応えはない。
「どうしたのッ? それがあなたの実力?!」
「そんなわけ、ないでしょうがァッ!!」
体勢を立て直して、第二次発艦を行う。矢の数は無限じゃない。この一矢一矢が大切なんだと言い聞かせながら。一方の深海棲艦側も反転して発艦してきた。途中で私の艦載機が落とされてしまって、制空権を奪われてしまう。
「くっ……」
「いいね、そういう表情。嫌いじゃないわ」
そんな深海棲艦の言葉を流して、ひとまず近くの岩場が入り組んだ海域に逃げ込む。動きにくいからリスクは高くなるけど、爆撃が多い今回の攻撃による被害を最小限に抑えるなら、物影が多い場所の方がいいと判断した。
「あら? 諦めたの?」
「……」
その誘いには乗らない。ここで声を上げてしまえば、あの深海棲艦の放った艦載機たちがこちらに気づいてしまうだろうし。
「ほら、隠れてないで出てきなさい?」
「……っ」
流石に、ずっとこのままだと、ジリ貧なのは分かってる。だから、隙を見て出ていかなければならない。でも、もう混濁した意識と、重なる思考が邪魔をして、思うように考えがまとまらない。
ふと矢筒を見ると、残り気付けば三本しか残っていなかった。一つの矢は弱くても、とは言うけれど、この状況じゃあ気休めにもならない。
「……ッチ」
もうどうにでもなれと、自棄で一本を空に放つ。そんなことをしたって、あの人が知ったらきっと終わった後めちゃくちゃ怒るかな。
自棄で放ったその矢は、初めて手ごたえのある攻撃をアイツに浴びせた。
「……ふ、なかなかやるじゃない」
「……」
この状況で言われても、何にも嬉しくなんかない。残る矢はあと二本、もう戻る選択肢もないわけだしと、空に敵の偵察機が無いことを確認して、物陰から勢いよく飛び出す。そして、また一本を放つ。最後の最後となってか、やけに攻撃が良く当たる。黒煙が消えた先にいたソイツも、もうあと一、二撃で沈みそうだった。
「さぁ、これでラストにしましょう。貴女の足掻きもここまでよ」
「そう、みたいね……ッ」
掛け声があったわけでもないけれど、最後の発艦のタイミングは一緒だった。私の艦載機はアイツに、そしてアイツの艦載機は私に、真っすぐ飛んでくる。
……あぁ、もう終わりか――。
考えてみれば短くも楽しい艦娘の人生だった。とはいえ、もうそのほとんどの記憶は残ってないけれど、後悔はなかった。
目前と迫った艦載機から逃れるように目を瞑って、衝撃に備える。……でも、その衝撃はやってこなかった。その代わり、アイツのいる方で、爆音が聞こえた。
「なッ……」
「貴女を放っておくとでも思ったの?」
その声の方を振り向くと、振り切ってきたはずのあの人が、そこにいた。
「ぁ……、が……」
駄目だ、名前が出てこない。大切な人なのに。
「もう、何も言わなくてもいいわ。貴女は十分良くやった。……ありがとう」
ふっと温かいものに包まれる。何でか分からないけれど、涙が出てきた。
「……もう少し早く気付けたのなら、貴女を救うことも出来たのかしらね」
そう言って手渡してきた手鏡に移る私は、アイツによく似ていた。
『ふふ、簡単よ。あなたが勝てば、私の場所を譲るわ。もし、私が勝ったら、あなたはここで終わり』
その意味を、ようやく理解出来た。
「……」
「瑞鶴、もし今あの子自身ならば、最後にこれだけ聞いて頂戴。瑞鶴、私は本当に貴女の事が大好きで、愛していたわ。こんな気持ちになったのは、貴女だけだった。輝かしい毎日を、本当にありがとう。そして――」
涙を堪えて、その人は真上に矢を放った。
「さようなら」
そう言葉を置いて、ただでさえボロボロなのに、それでも出せる最高速度で、離れていく。そして、どこからともなく、聞こえてくるプロペラの音。
「……」
でも、不思議と怒りや寂しさは感じなかった。もしこれが本当に最期なのであれば、その最期があの人ので良かったとさえ思った。
――私こそ、ありがとうございました。
その声が自分の物か分からなかったけれど、でも私は、貴女の傍に居られて、幸せでした――。