「…………っ」
眩しさに目を細めて、目を開ける。どこかで見た、何も無い世界。起き上がって当たりを見回すけれど、本当に何も無い。この前落ちていたブリューナクすらも。
「また会ったね、夢結。こうしてまた会えて嬉しいよ」
そんな声がして、振り返ると、そこには私のシュッツエンゲル、川添美鈴お姉様がそこに立っていた。
「お姉、様……?」
「あぁ、久しぶりだね、夢結……と言っても、この前ぶりくらいか」
そう笑うお姉様は、私の記憶の中のお姉様とよく似ていた。私が好きだった、あの頃の。
「この前、ここで会った時はもっと話したかったのに、すぐに何処かに消えてしまったからね、心配したんだよ?」
「申し訳ありません……あの時はお姉様の言葉がよく聞こえなくて……今はしっかり聞こえています」
そう駆け寄ると、「そうか」と言って私の頭を優しく撫でて下さった。
「最近はどうだい?」
「最近、ですか……。最近はそうですね、色々と大変なことは多いですが、でも、それなりに悪くない日々を送っています」
「そうか、なら良かった。梨璃とも上手くやっているようじゃないか」
まさかお姉様の口から、梨璃の名前が出てくるとは思わなかった。
「お姉様、梨璃の事を、ご存知なのですか?」
「ご存知も何も、僕は見ていたからね、ずっと、この場所から。君たちの活躍をね」
「見ていたって、まさか、私と梨璃がダインスレイヴを使って、レストアを倒した時も……ですか?」
「あぁ、あの時の事? そうだね、確かに彼女のカリスマには驚いたよ。彼女の力は本物だ」
「梨璃の力って……」
「カリスマ、だよ。僕と同じ」
祀や百由から聞いていたとはいえ、お姉様の口からも、それが出てくるとは思わなかった。そしてふと、百由に呼ばれた時の事を思い出した。
「お姉様、一つ聞きたいことがあります」
「うん? なんだい?」
「私に、どうしてお姉様のカリスマを、かけたのですか」
お姉様や梨璃の持つレアスキル、カリスマは、邪悪なマギを反転させて、自分の力にするものだと言われている。そしてお姉様は、その上位クラスのものを持っていると、そう聞いている。
「私が君にカリスマの能力をかけたのは何故かって? それは……そうだな、君の力を僕の手で封じ込める事に意味があったんだ」
「それは……どういう……?」
「そうだな、どこから話そうか……」
お姉様は少し悩んでいるような素振りを見せてから、「夢結、君は憎しみ、というものはどういう物だと思う?」と聞き返してきた。
「……感情の一つ、では?」
「あぁ、まあそうだね。確かにそれはその通りだ」
と言って、「これはあくまで僕自身の考えだけど」と前置きをして続けた。
「憎しみって言うのは、底知れない力を持っていると、僕はそう思っている。現に、今まで人間が起こしてきた争いって言うのは、大半が何かしらの憎しみが原因で起こっている、と言っても過言ではない。それは君も分かってくれるだろう?」
確かに振り返ればそうかもしれない。もちろん、他にもたくさんの要素や理由が絡み合って、争い、と言うものは起きている、と思っているけれど、大きな要因としては十分大きいものだと、私も思う。
「それと同じくらいの力を持っているものがある。それが、悲しみだ。何か大切なものを失った時、絶望に落とし込められた時……そういう時に生まれる感情だね。そして、恨みと悲しみって言うのは、共存することが出来る」
そして、とお姉様は続ける。
「そうした時に、力って言うのは増大するんだ。そして、君のルナティックトランサーだってそうだ。強い悲しみや憎しみを感じた時に、そのレアスキルは発動した。そうだっただろう?」
振り返れば、大抵の場合、お姉様を失った時の事を思い出した時に、ルナティックトランサーは発動していた。けれど、それが私の問いと何の関係が――。
「こう言えば悪く聞こえるかもしれないけれど、それを君には証明して欲しかった。その為には、君の記憶に、それを引き起こさせるに値するものを焼き付ける必要があった。だから僕は、あの結末を選んだ。そしてその狙いは上手くいった」
「では、まさかお姉様は、私を利用したと、言うのですか……?」
「まあ、そうだね。君の言った通りだ。もちろん、僕はそんな事をしていたんだ、君に恨まれたって仕方がないと思っているよ。君がどれだけ僕の事を慕ってくれていたかなんて、痛いほど分かっていたからね」
思いもしなかった事を言われて、次の言葉が出てこない。というより、思考が追いつかない。
「でも、別に邪な考えばかりで、そんな事をした訳じゃない。君のそのルナティックトランサーは、あまりに力が強すぎたんだ」
「でも、それはヒュージを殲滅することにとっては良い事なのでは?」
「もちろんルナティックトランサーは、ヒュージを撃滅するには、非常に有効なレアスキルだと言える。それは間違いじゃない。それに、ルナティックトランサーを持っているリリィは、君以外にもいる事は知っているだろう?」
「それはまあ……」
思い当たるところでも、数は多くないにしても、何人かはいる。
「その中でも、君のは特に強力だった。到底制御出来るような代物じゃない。下手をすれば、レアスキルが、君自身を喰らい尽くしてしまう程の力があるんだ。だから、無理やりにでも封印する必要があった」
「でも、それさえしなければ、もしかしたら、お姉様を死なせる……なんて事はなかったはずです。私がどうなろうと、お姉様が生きていてくれたら、それで……」
確かにあの一瞬は、本当に私の、最大の落ち度だと思っている。だけど、もしあの時にルナティックトランサーが発動できていれば、あんな事にもならなかったはずだ。そうなったら、お姉様だって亡くさないで済んだかもしれない。そんな私に、お姉様は相変わらずの笑顔で言う。
「はは、確かに君ならそう言うと思ったよ。君も大概、他人の事を優先する大馬鹿者だからね。だからこそ、君には君を失って欲しくは無かったんだ」
「もしルナティックトランサーにいつか食い尽くされたとしてもっ、私には!! 私には、お姉様が生きていてくれたら……! それで良かったんです!!」
自然と涙が出てきた。一度流れ出した涙は止まらない。そんな私を、お姉様が優しく抱きしめた。
「君は優しいね、本当に。こんな僕なんかにも、そうやって言ってくれる。僕なんかには勿体ないシルトなんだよ、君は」
「っ、そんなこと……」
「だから、僕はずっと葛藤していた。こんな僕に、君を愛せるのか。こんな僕が君を護れるのか。君と過ごした日々は、何にも替え難い程幸せだった。でも、それをただ享受するのが怖くなっていったのも事実だ」
心なしか、お姉様の抱きしめる力が、強くなった気がする。そうして、お姉様は私から離れた。
「そうして迎えたのが、あの日だったんだ。色々と都合が良かったしね」
「そんな……違います、あれは私が悪いだけで……っ」
「そんな顔をしないでくれ。君は何も悪くない。結局逃げ続けた僕が悪いんだから」
「お姉様は絶対に悪くありません……!! お姉様が言ったことは全部嘘です!! だってお姉様はっ、お姉様は……!!」
だってお姉様は、私にとって一番のリリィで、一番の正義で、一番大好きな方だから。
「あはは、やっぱり君は優しいね。こんな僕にもさ」
そう言ってまた抱きしめてきたお姉様の声は、泣いていた。
「そんな君だから、もう僕の事を忘れて欲しかったんだ。今やもう君は、梨璃のシュッツエンゲルなんだし、しっかり梨璃の事を護ってやって欲しい。だから言ったんだよ。「もう楽になっても良いんだ」って。あまり意図が伝わってなかったみたいだけど」
「……お姉様は、私を突き放そうとして、そう言った訳では無いのですか?」
「もちろん、僕から君と契りをやめるつもりはないよ、君からやめない限りはね」
そう笑って離れたお姉様の表情は、どこか晴れ晴れしていた。
「さて長話をしすぎてしまったようだ、そろそろ君は戻った方が良い」
「お姉様っ……行ってしまわれるのですか」
「行ってしまうのか、って……はは、全く君は懲りないな。でも安心して欲しい。腐っても僕は君のシュッツエンゲルだ。君のことは、これからだって見守っているよ。どんなに離れて居てもね」
「…………分かりました」
あまり褒められた行為ではないけれど、袖で涙を拭う。そして、息を吸い込んで言う。
「それでは……失礼します」
「うん、そうして欲しい」
そうしてお姉様に背を向けて歩き出す。気が付けば、真っ白な世界は見慣れた、あのソメイヨシノの木の場所に変わっていた。
「あぁ、そうだ夢結」
呼ばれて振り返る。そして、今までに見たことの無いほど笑って、
「立派なリリィになったね。僕はとても誇らしく思うよ」
そう言ってくださった。