いつものように大学を終えて、いつものアパートに帰ってきた。今日は梨璃が早くに終わって帰っている日なので、いつも通りに扉を開けると、開けた瞬間、目の前に色とりどりの紙吹雪とテープが目の前に舞って、思わず「何っ?!」と声を上げてしまった。
「夢結さん、お誕生日おめでとうございます!!」
「おめでとうございます、夢結様」
「おめでとうございます!!」
そう言いながら出迎えたのは、梨璃――だけではなく、百合ヶ丘を離れてから会っていなかった、神琳さんと、雨嘉さん、そして――。
「久しぶりだナ、夢結」
奥の方で昔と変わらない様子で、ひらひら手を振っている梅の姿があった。
「えへへ、今日は夢結さんのお誕生日、という事で、神琳さんと雨嘉さん、それに梅様が駆け付けてくれたんです! 本当は一柳隊の皆揃ってお祝いしたかったんですけど、お忙しいみたいで……」
「私と雨嘉も、『ワールドリリィグラフィック』の取材で来られない予定だったのですが、急遽キャンセルが入りまして……。それで」
「まー梅はサボりだけどナ」
「梅……あなたは……っ」
「まあまあ夢結さん、とりあえず中に入ってください」
「……えぇ」
そう言えばまだ中に入ってなかった。梨璃や神琳さんたちと一緒に、家の中に入る。
いつも梨璃と食卓を囲んでいるテーブルには、既に紅茶とケーキが入っていそうな白い箱が用意されていた。珍しく梨璃が椅子を引いてくれて、そこに座る。
「えへへ、実は夢結さんに内緒で、今年はホールケーキを頼んでおいたんです! 気に入ってくれると良いんですけど……」
そう言いながら、梨璃が箱からケーキを取り出す。中から生クリームの土台に、所狭しとイチゴやパイナップル、ブルーベリーなどのフルーツが円になるように並べられていて、今まで私が見たケーキの中で、どれよりも綺麗なものだった。
「神琳さんに聞いたケーキ屋さんだったんですけど、お値段もそれほど高くなくて驚いちゃいました」
「ふふ。取材で色々な所に行くようになったので、こういうお店についつい入っちゃうんです」
神琳さんが紅茶を淹れながら言う。
「あーケーキ見てたら、お腹が空いてきたゾ! 抜け駆けで来たから、まだお昼食べてなかったんだー」
「そう、梅、あなた授業は?」
「授業は無いんだけどナ、諸々を鶴紗に預けてきた!!」
「預けてきたとは言うけれど、どうせあなたの事だから、鶴紗さんには何も言っていないんでしょう?」
「そうだゾ!」
「胸を張って言う事じゃないですよね、それ……」
私が言う前に、雨嘉さんが言ってくれた。ありがとう雨嘉さん。
梅も私も、百合ヶ丘を卒業するときに、後発のリリィの子たちを育てる教官として学院から声がかかって、私は大学進学のために断ったのだけど、梅はそのまま百合ヶ丘に残って、後輩のリリィ達に教えているそうだ。梨璃から聞いた話だと鶴紗さんも、同じような理由で百合ヶ丘に残っていると聞いている。けれど、梅のサボり癖は相変わらずのようで。
ちなみに神琳さんと雨嘉さんは、『ワールドリリィグラフィック』の表紙や取材をよく受けていた縁で、今は取材をする側として、全国を飛び回っているらしい。
「まあまあ夢結さん、梅様とも滅多に会えないわけですし、良いじゃないですか」
「そうだゾ、そんなにキリキリするなって」
「あなたが言うことではないでしょう……」
こめかみを押さえながら言う。まったく、梅のそういう所には反省の色がないのが、玉に瑕なのよね……。
+++
ともあれ、五人でテーブルを囲みながら、その後はなんだかんだと和気あいあいと時間が流れていった。
「それにしても、お二人を見ていると、今でも夢結様と梨璃さんがお付き合いした、っていうニュースを見たことを思い出しますね」
「うん、すごく驚いた」
「えへへ……二水ちゃん、本当にどこから見てたんだろうね……」
もう二年前の私の誕生日――正式に梨璃と付き合うことになって、そして、初めて梨璃に「夢結さん」と呼んでもらったあの日――の翌日、そのことがでかでかと、二水さんが発行していたリリィ新聞に掲載されていた。そのお陰で、しばらくは色々と面倒なことが多くて、二水さんをこってりと絞ったことを今でも覚えている。お陰で、一柳隊の皆からも違う意味で祝ってもらった。
「でも、なんだか二人が名前で呼び合ってるの、ちょっと羨ましかった。その次の日からだよね、神琳と二人だけの時は呼び捨てにしようって話したの」
「はい、懐かしいですね」
「へ~、そうだったんですか、初めて聞きました!」
そんな三人の会話を聞きながら、紅茶を一口すする。神琳さんが淹れただけあって、少しだけいつもより濃い。お陰で、ケーキの甘さをうまい具合に調和してくれている。
「そう言えば、楓さんはどうされたんですか? 梨璃さんの願いとあらば、飛んで駆けつけるかと思っていたのですが」
「実は楓さん、番号を変えちゃったみたいで……。二水ちゃんに聞いたら、今はお父さんの会社のお手伝いで各国を飛び回ってるって言ってたけど……」
「へぇ……そうだったんですか」
「でも不思議だナー。どうして梨璃が知らない情報を二水が知ってるんだ?」
「……確かに」
言われてみたら、梅の言う通りだ。確かに二水さんの取材能力は高かったけれど、こうして皆がバラバラになっている今、しかも梨璃ですら新しい番号を知らないのに、どうして二水さんは知っていたのかしら?
「そう言えば梅、最近の百合ヶ丘はどう?」
「おう、梨璃みたいな活きの良いヤツが居たり、結構面白いゾ! お陰で退屈しないで済んでるしナ!」
「ならどうして、こんなところでサボっているのかしら?」
「だって鶴紗が「仕事してください梅先輩」って書類仕事を増やすからナ~」
そう言った時、梅の携帯が鳴った。画面を見て、「うわっ」と梅が苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。渋々、といった感じで通話ボタンを押すと、『梅先輩今どこにいるんですかッ?!』という懐かしい声が、間髪入れずにスピーカーから漏れ出てくるのが聞こえた。
「何処って、梨璃と夢結の家にいるゾー? 呼ばれたからな~」
『「呼ばれたからナ~」じゃないんですけど?! こっちは梅先輩がいないお陰で仕事が溜まってるんです!! 早く帰ってきてください!!』
そんな怒鳴り声が聞こえて、電話が切れた。梅が困ったように「たはは……」と笑いながら、立ち上がった。
「それじゃあ、鶴紗も呼んでいることだし、梅は先に行くゾ! 夢結、改めて誕生日おめでとう!」
「えぇ。ありがとう。鶴紗さんの為にも、サボり癖を直しなさい」
「あはは、そうだなァ」
私と梅が話している間に、梨璃が家で余っていた大きめのプラスチック容器に、梅と鶴紗の分に切り分けたケーキを入れて、それが入った紙袋を梅に手渡していた。それを受け取った梅は、「また連絡するナ!」と言って、出て行った。
「……なんだか、梅様はずっと梅様ですね」
「えぇ……」
「あはは……」
梅が出て行ったドアの方を見ながら、私たちは苦笑いを浮かべた。
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しばらく神琳さん達とも話して、日が暮れた頃に二人もまた、「また遊びに来ますね」と言って、私たちの家を後にした。そうして部屋には、私と梨璃だけが残った。
「なんだか静かになりましたね……」
「……そうね」
二人並んで椅子に座っていると、梨璃が突然「あっ!」と声を上げて、梨璃の着替えが入っているタンスを開けて、程なくして梨璃が箱を持って帰ってきた。
「夢結さん! 私からのプレゼントです! 開けてみてください!!」
そう言われて、言われるがままその箱を開けると、中にはリリィの指輪のような、シンプルな金色の指輪が二つ入っていた。
「これは……」
「本当はもう少しちゃんとしたのを買いたかったんですけど、予算的に間に合わなくて……。でも、良い物でしょう?」
「……えぇ、そうね。付けても良いかしら?」
「はい!! 私も付けてみたかったので、一緒につけましょう!!」
そう言って、私たちはいつもリリィの指輪を付けていた指に付けてみる。なんだか懐かしい感じがする。
「えへへ、なんだかリリィだった頃を思い出しますね」
「えぇ、私もそう思っていたところよ」
「ですよねっ!」
そう言うと梨璃は、私の肩に頭を預けてきた。
「ねえ夢結さん」
「どうしたの、梨璃?」
「これからも、よろしくお願いしますね」
「……えぇ」
まるであの時のような会話をして懐かしみながら、二人して今付けた金の指輪を眺めていたのだった。