「……はぁ」
カフェテリアの窓際の席に座って、私はぼんやりと窓の外を眺めては考え事をしていました。特にいっちゃんと喧嘩した訳でも、亜羅椰ちゃんに意地悪された訳でもないのですが、ずーっとぼんやりと考えていることがあるんです。それは、天葉姉様のことです。
天葉姉様とは、中等部の二年生の時、いっちゃんや皆に迷惑をかけてしまって、それでお部屋から出られなくなっちゃった時に出会ってから、今でもシュッツエンゲルの契りを結んでもらったり、同じレギオンだったり……って、今でもお世話になっている大切な方です。
そんな天葉姉様の事が大好きなんですが、最近、少しずつ自分の中で変わってきたんです。それが何かって言うと、天葉姉様の事を、その、『好き』になってきてしまったんです。
元々シュッツエンゲルの契りを結ぶと、深い信頼関係で結ばれるようになるって言わっるんですが、その、最近夢結様と天葉姉様とお話をしている時に、夢結様と梨璃さんが恋人関係なんだ、って聞いてから、少し「良いなぁ」って思っていました。けれど、それからと言うもの、ちょっと天葉姉様とそう言う関係になったら、っていう想像をして、少し憧れるようになっていって、心のどこかでもしかしたら、って考えるようになっちゃったんです。
もちろんそう言う関係になったら、どうなっちゃうのかって想像もつきます。天葉姉様は皆の人気者だから、もしかしたらあの時のように、また皆から冷たい目で見られちゃうかもしれないし、天葉姉様と同じくらいお世話になってるいっちゃんや、レギオンの皆に嫌われちゃうかも……って考えると、今のままの方が良いのかなぁ、なんて思ったりもします。
そう言うことをずーっと考えていたら、いつの間にか梅雨も終わり頃になっちゃいました。幸い、訓練や作戦に支障が出ているわけじゃ無いですけど、それもきっと時間の問題だろうし、行くも止まるも、早く決着を着けなきゃいけないなぁ、って思うんですけど。
「うぅぅぅぅ……」
それが出来たらもうやってるのになぁ……。元々ちょっと優柔不断なところがあるって皆に言われたり、ちょっと自覚もあるんですが、色々と気にしちゃって、やっぱりすぐに決められません。だから、問題ごとをキッパリと決められる天葉姉様って、本当に凄いんだなぁ……って改めて思いました。
「あら、樟美じゃない」
「ふぇ?」
机に突っ伏していると、そんな声がして振り返ると、奥の方から亜羅椰ちゃんが歩いてきました。
「どうしたのかしら? また何かやらかしました?」
「ち、違う。そう言う事じゃない……」
悪戯っぽく聞いてくる亜羅椰ちゃんにそう言うと、「あら、それならどうしましたの?」って首を傾げながら聞いてきました。亜羅椰ちゃんとは同じレギオンだし、あまりこう言うことを相談しにくいんだけど、でも早々亜羅椰ちゃんはそう言うことには口が固いことも知ってるし……どうしようかなあ……。
「焦らしいですわね……話した方が楽になることもありますわよ? 大方ここ最近考えていることでしょう?」
「あ……うん……、そう、なんだけど……」
それでも色々と考えて、そして私はとうとう亜羅椰ちゃんに話してみる決心を固めました。きっと亜羅椰ちゃんなら大丈夫、ってなんだか思えたから。
「あっ、あのね、亜羅椰ちゃん……、その……、わっ、私ね、その、天葉姉様に告白しようと思うんだけど、どう、かな……」
そう亜羅椰ちゃんに聞いた瞬間、一瞬亜羅椰ちゃんの表情が凍った様な気がした。でもすぐにいつもの、ちょっと強気な表情に戻って、「告白って、愛の告白ですの?」って聞いてきた。
「う、うん……」
すると亜羅椰ちゃんは少し考え込んで、そして「そんなの簡単なことです。率直に想いを伝えれば良いだけですわ」ってアドバイスしてくれた。亜羅椰ちゃんのことだから、もうちょっと難しそうな事を言ってきそうな気がしていたから、なんだか腑抜けてしまった。
「何ですの? 何か問題でも?」
「あっ、ううん、なんでもない。ありがとう亜羅椰ちゃん!」
亜羅椰ちゃんにそうお礼を言って、早速私は天葉姉様を探す為にカフェテリアを後にしました。とりあえず天葉姉様を見つけて、もし言えそうなタイミングがあったら、頑張って言ってみよう、かなぁ……なんて、校舎の中を駆け回りながら、ぼんやりそう思いました。
「そこにいるのは分かってますわよ、壱」
樟美がカフェテリアを後にしたすぐ後、亜羅椰が長ソファに座りながらそう言うと、「よく分かったわね」と少し涙声になりながら、壱が物影がら出てきた。
「あらあら人前で泣くとは、貴女も落ちぶれたものですわね?」
「うっさい」
そう毒付く壱の声に、いつもの迫力はなかった。そんな壱に、亜羅椰は「いつまでもそんな所で突っ立ってないで、座ったらどうですの?」って声をかけると、壱は素直に横に座ってきた。てっきりいつものように歯向かってくるとと思ってただけに、少し亜羅椰の調子が崩される。
「そんなにショックだったんですの?」
「……まぁ」
亜羅椰が淹れた紅茶を啜りながら、壱はこくっと頷く。ここまで気落ちしている壱を、何だかんだ最近よく一緒にいる亜羅椰ですら見た事がない。
「あんたは良いわよね、そんなに一人に拘らないから、こんな気持ちなんて、分からないでしょ?」
そんな少しヤケクソな壱の言葉に、少し亜羅椰はカチンときた。いつもの壱だったら、間違いなく「わたくしの事を何だと思ってらっしゃるの?!」ぐらい言っていたところを、今日は溜め息に換えて、その代わり「わたくしだって、別に誰でも良いわけじゃありませんわよ? ただこの学院には少し美味しそうな方々が多いだけで」と言っておく。
「それなら、あたしもそう言う人の一人って事よね」
「……まあ、そう言うことになりますわね」
いつもがいつもなだけに、本当に調子が狂わされる。亜羅椰もなんだか言葉に詰まって、一口紅茶を啜る。二人の間に珍しく沈黙が流れる。するとふと、そんな彼女にかけられる言葉を、亜羅椰は思いついた。
「でも、こうして世話を焼こうと思える人は少ないですわよ?」
「……ふふ、そう」
沈んでいた壱の顔が少しだけ明るくなった。もうそろそろ我慢の限界だった。
「ようやく腹が立つ笑顔が戻ってきたようで何よりですわ」
「っ、悪かったわね! 腹が立つ笑顔で!!」
そう言い返してきた壱の声色にも、さっきまでの湿っぽさは幾分無くなっていた。亜羅椰は少し笑って、もう一口紅茶を啜った。
+++
あっちこっち探し回って、図書室の奥の方で、ようやく天葉姉様の姿を見つけました。
「天葉姉様っ」
声を抑え目に天葉姉様に声を掛けると、天葉姉様は読んでいた本から顔を上げて、小さく手を振ってくれました。
どうせだから私も何か読もうと思って、小説のコーナーから適当に一冊本を持ってきて、天葉姉様の隣に座りました。
「よくここにいるって分かったね?」
小声で天葉姉様が声をかけてきました。
「えと、たまに図書室にいたので……」
「ううん、そんなことないよ。寧ろちょっと嬉しい」