【樟美Side】
「お、お待たせっ、しましたっ!!」
百合ヶ丘から少し離れた駅の改札前で待っていると、人混みをかき分けて、お友達の平沼さんがやってきました。
「平沼さんっ! ご機嫌よう」
「ごっ、ご機嫌、よう……」
言い慣れなさそうに、合わせてくれる平沼さんに「そんなに気を使ってくれなくても良いのに」って笑うと、「え、あ、いや……そう言う訳じゃ、ないんだけど」って、少し恥ずかしそうに、平沼さんも笑いました。
「榛名も、そんな感じだから、ちょっと憧れてて。でも、やっぱり慣れないなあ」
「確かに、榛名さんも上品な方ですよね」
「うん」
平沼さんと仲の良い榛名さんも、確かに雰囲気は百合ヶ丘の中にいそうな程、上品というか、私でも少しだけ良いなぁ、って見惚れてしまうほどのお方です。でも今日は、そんな榛名さんのお姿はありませんでした。
「そう言えば、榛名さんは?」
そう聞くと、平沼さんは、「えと、他に予定があるみたいで、来れないって言ってた。そっちは?」と聞き返してきました。
「天葉姉様もそんな理由で、今日は来れないって言ってました」
「あっ、そうなんだ。……なんだか少し寂しいね」
「はい……」
天葉姉様と榛名さんはいつも仲が良さそうで、もし今日来たら話してみたいな……なんて思っていただけに、ちょっとだけ残念です。ともあれ。
「それじゃあ、そろそろ行きませんか?」
「はい! どこに行きます?」
なんて平沼さんとお話をしながら、私たちは歩き始めました。
【天葉Side】
「ごめん樟美! 今日はちょっと野暮用で呼ばれちゃっててさ、行けないんだ!!」
……なんて、今朝は言ったはものの。
――今思えば、そんなの気にしない方が難しかったなぁ……。
いや、確かに野暮用には呼ばれていた。で、その野暮用にも顔を出してきて、ある程度は片付けてきたけれども、でもそんな面白そうなイベントをみすみす見過ごせるわけがない。ので、何かと理由をでっち上げて、樟美の後をこそこそと追いかけてきた。
そしたら、丁度平沼さんとの待ち合わせの時間だったらしく、駅の出入り口前で二人が話しているのを、こっそり誰かを待っている風に窺う。一応軽く変装はしてきたけど、あまりに近すぎると、樟美のことだからすぐバレちゃうだろうし、この距離感がなかなか難しい。この難易度は、ヒュージ相手でもなかなかない。こう言う時に、サブスキルのステルスあたりを発現できていたら便利なのに、と思う。
「それじゃあ、そろそろ行きませんか?」
なんて、珍しく樟美が先導して、平沼さんと並んで歩き出した。あの樟美が先導するなんて、と驚いたけど、そう言えば、大体あたしと出かけると、あたしが行きたいところにばかり行っちゃう節があるし、だからか、と少し反省する。次のお出かけは、樟美の行きたいところに行ってあげよう……と、少し反省しながら歩き出そうとしたら、丁度前を歩き出した人とぶつかってしまった。
「わ、申し訳ありません! ――えっ?」
「こ、こちらこそすみま……あら?」
偶然にも、その人はとても見覚えのある人――榛名さんだった。
【樟美Side】
とりあえず私たちはお話をしながら、駅に隣接するショッピングモールに入りました。
「それじゃあ、今日はどうしましょう? 樟美さんはどこか行きたいところってあります?」
平沼さんにそう聞かれて、思わず言葉に詰まってしまいました。
「あっ、えと……と、特には……。平沼さんが行きたいところなら……」
「え、いや……、私も行きたいところとか、特に無いんですよね……」
思えば、私も平沼さんも、基本的には天葉姉様や榛名さんの行きたいところについて行く、って言う感じだったので、いざこうして平沼さんとお出かけする、となると、こうなることをすっかり忘れてしまいました。別にお出かけしたくないわけじゃないんですけど……。
「……困りましたね」
「はい……」
ひとまず、ショッピングモールの一階を、平沼さんと歩きながら、どうしようかなあ……と考えていると、平沼さんが何かを見つけたのか、「あっ」と声を上げました。
「そうだ樟美さん。せっかく、榛名さんや天葉さんがいないわけですし、お二人に渡すものでも、探しに行きませんか?」
「天葉姉様たちに渡すもの……ですか?」
聞き返すと、平沼さんは「はい」と笑いながら頷きました。
「私も樟美さんも、それぞれ榛名さんや天葉さんに、お世話になっているじゃないですか。だから、その日々のお返しに、何か渡せないかな、って思いまして。それに、そういう贈り物は、一人で選ぶのは大変じゃないですか?」
平沼さんに聞かれて、確かに、って思いました。私は日々天葉姉様のお夜食を作ったりすることは多いですが、物として何かを渡した事ってあまりありませんでしたし、だから、平沼さんのその案には大賛成です!
「良いですね……! そうしましょう!!」
「ふふ、それなら、とりあえず手始めに、あのお店にでも行ってみましょうか」
そう平沼さんが指差すお店に、私たちは向かいました。
【天葉Side】
「……あのお店に入っていきましたね」
二人から少し離れたお店の中から、さも何か物を選んでいるお客さんを装っている榛名さんが、目をそっちに向けたまま言った。
「えぇ……。樟美にしては、珍しいお店に入ったものだわ」
「平沼もそんな感じですね。一体何を目的に入ったやら……」
そこまで話して、あたしはずっと気になっていたことを、榛名さんに聞いてみることにした。
「ところで榛名さん」
「? はい?」
「どうしてここに?」
すると榛名さんは、明らかに動揺しながら、「いえ……、別に平沼が珍しく一人で出かけることになって、ちょっと興味が湧いて追いかけることにしたとか、別にそう言う理由じゃないですよ?」と、とても丁寧に教えてくれた。理由が一緒で、ちょっと笑いそうになった。
「そんな天葉さんは、どうして樟美さん達の後を尾けているのですか?」
「えっ」
いやまあ流れ的にそう聞かれるとは思ったけれど、いざ聞かれるとなかなか答えにくい。
「……まあ、あたしも似たようなものです」
「あら、やっぱり気が合いますね」
「えぇ、まあ……」
そんな話を榛名さんとしていると、樟美と平沼さんがお店から出てきて、次のお店に向かって歩き始めた。
「動き始めましたね……」
「えぇ、行きましょう」
榛名さんと同じ目的だと分かったら、なんだか変に楽しくなってきて、あたし達はそんな樟美達の後を、変に怪しまれないように自然に振る舞いながら、追いかけた。