幸せって、何だろう。
なんてことを誰かに聞いたなら、笑われるかもしれない。少なくとも、大好きな皆なら、「ましろんったら考えすぎなんだから」って笑うだろうな。だから、案外そんなに難しいものじゃないんだと思うんですが、でも、それでもふとした時に考えてしまいます。
仲良くしてくれている由紀さんと、港にお出かけに行ったり、同じクラスの希望(のぞみ)さんと恋南(れな)さんが変なところで言い合いをしてるのを、面白いなーって思いながら眺めてる事とか。そういう事が「幸せ」なんだとしたら、それなら今の私はきっと幸せなんだろうなぁ……。
そんな毎日がこれからも続いて、あわよくば、この学校を卒業してからも、そんな皆と一緒に過ごせたら良いな……なんて、晴れた春始めの、あったかい昼下がりのグラウンド横のベンチで、そんな事をぼんやりと考えていました。すると、横から「あ、いた!!」って声がしました。その方を見ると、昔から仲良くしてもらっている、由紀さんが少し早足で近づいてきました。
「由紀さん、こんにちは」
「こんにちは真白、隣座っても良い?」
「はい!」
由紀さんは「ありがとー」って言いながら、私の横に座りました。そんな由紀さんは、なんだか少し嬉しそうです。
「どうされたんですか?」
そう聞くと、「よく聞いてくれた真白っ!!」ってちょっと鼻息を荒くして、私の肩をがっと掴んできました。あまり見ない由紀さんの豹変ぶりに、ちょっと引いちゃいました。
「そんな顔しないで聞いてよ真白! もう少しで真白も三年生になるじゃない?」
「へ……? はい、まあ、確かに……」
こくりと頷きます。私もそうですけど、でも、それで言うなら、由紀さんもこの春に高等部に入られるので、どちらかと言えばそっちの方が大事だと思うんですけど。
「で、私も高等部に入るじゃない? だからさぁ……」
今しがた私が思ったのと同じような事を言って、それからなんだか意味ありげににやにや笑いながら、私の方を見てきます。いつもちょっと物静かで、素敵なお姉さんみたいな由紀さんなだけに、なんだか今日の由紀さんはまるで別人みたいで、戸惑ってしまいます。
そんな由紀さんは、何か私に言って欲しそうにしているんですが、一体何を言って欲しいのかさっぱり分かりません。「えと……どうしたんですか……?」って聞くと、「えーー分かんない??」って逆に聞かれてしまいました。分かるわけないじゃないですか。
「分からないです」
素直にそう答えると、由紀さんはスカートのポケットから、一枚の折り畳まれたプリントを取り出して、私に手渡してきました。それを受け取って開いてみると、そこには『高等部から始まる制度について』って大きく書かれていました。
「これは……?」
「今日、高等部のガイダンスで配られたんだけどさ、読んでみてよ」
まだ中等部の私が読んでも良いのかな……って思いながらも、由紀さんに言われるがまま読んでみます。高等部寮の制度だったり、奨学金制度だったりの説明が書かれた下に、『双子星の契り』って書かれたところに、マーカーが引いてありました。そこを読んでみると、高等部のリリィが、中等部のリリィと結べるものだという説明が書いてありました。
「この、『双子星の契り』……って、何ですか?」
首を傾げながら聞くと、「え」って由紀さんが真顔になりました。
「え、真白、本気で言ってる?」
「へ……?」
由紀さんにそう聞かれて、そんな重要な事だったかな……って色々なところで聞いた話を、洗いざらい思い返してみます。けど、そんな制度についての説明を聞いたことはありません。
「逆にどうしてこの学院に入ったの?」
「え……? えと……家から近かったからと……、ワールドリリィグラフィックに出ているリリィの形がかっこ良かったから……?」
小学校の時、いつも気弱だった私は、よく男の子たちに意地悪をされることが多かったんです。もちろん守ってくれていた子もいたけど、いつも助けてもらってばかりで、情けないなあ……って思っていた時に、本屋さんで丁度見つけたのが、『ワールドリリィグラフィック』って言う雑誌でした。その写真に出ているリリィの皆さんが本当にかっこよくて、それで私もリリィになりたいな、って思って、家からも近かったこの学園に入ったんです。
そんな話を聞いた由紀さんは「あー……なるほどねぇ……」って頷きました。そして、「『双子星の契り』って言うのはね」って説明してくれました。
「そこにも書いてある通り、高等部以上の上級生と、中等部以上の下級生の二人が結べる“契約”の事で、「この子と一緒にいたい」とか、「この子をもっと強く育てたいんだー」って言う子と結ぶことが多いみたいだよ。この学院に来る子の半分近くは、これ目当てで来てる、って言っても過言じゃないと思う」
「へぇ……そうなんですね……」
そもそもあまりそう言う事に興味がなかったので、全然そんなこと知りませんでした。そんな制度があったんだなー……って思いながら、手元のプリントをまじまじと見直します。
「でも、結んで何かメリットとかあるんですか?」
「ううん、特にないよ? あー……でも、寮の部屋を一緒にすることは出来るかな」
「えっ」
特にメリットがないってところにも驚きましたけど、でも、寮のお部屋を一緒にできるってことに、ちょっと惹かれちゃいました。でも、私はお家から通ってるから、特に関係ないんですけど……。だけど、仮に由紀さんと一緒のお部屋に住めたら楽しそうだなぁ……なんて想像しちゃいます。
「それで、由紀さんは結ぶんですか?」
興味本位で聞いてみると、すぐに「うん、そうするつもり」って返ってきました。……なんだか、いつも一緒で、仲良くしてもらっている先輩が、そういう“契約”……? を結ぶって聞いたら、ちょっとだけ胸が痛みます。
「へぇ……良い相手だったら、私もうれしいです」
少しやけっぱちに、むくれた表情を隠すようにプリントを持って言うと、「はは、そうだね。ありがと」って由紀さんは笑いました。
「それじゃあ紹介するね、由紀」
「……はい」
なんだか見たいような、見たくないような、そんな複雑な気分でプリントから少しずつ顔を上げると、由紀さんが可笑しそうにニヤニヤと笑っていました。その後ろには誰も居ません。
「へ……?」
訳が分からなくて、首を傾げると、由紀さんが突然吹き出して思い切り笑っていました。そこで、私は由紀さんにからかわれたんだって気付きました。
「由紀さん……っ」
「ごめんごめん……っ、真白がちょっと拗ねてるのが可愛くてさぁ……」
「……っ、もう、由紀さんなんて知りませんからね」
「ごめんってばぁ」
それでも笑い続ける由紀さんから顔を背けていると、不意に真面目な声で「真白」って呼ばれた。渋々由紀さんの方を見ると、打って変わって由紀さんは声に似合う真面目な表情をしていた。
「でも、『双子星の契り』を結ぼうと思ってるのは本当だよ。真白とね」
「へ……?」
私は思わず持っていたプリントから手を放してしまいました。プリントが温かい春風に吹かれて、飛んで行っちゃいました。
「わ、私、ですか……?!」
そんな事には目をくれず聞くと、「うん、そだよ」って、いつものふわっとした笑顔を浮かべて頷きました。
「もちろん恋南(れな)や希望(のぞみ)とかもいるけどさ、けど、こう喋っていて楽しいというか、一緒に住めたら楽しそうだなあって、そう思ってさ」
「……その……由紀、さん」
「うん、何?」
「私、寮じゃなくて、家から通ってるんです、けど……」
「え」