研究内容
環オホーツク観測研究センターで行われている研究のハイライトや様々な研究内容を紹介しています。
環オホーツク観測研究センターで行われている研究のハイライトや様々な研究内容を紹介しています。
オホーツク海を中心とする北東ユーラシアから西部北太平洋にわたる地域(環オホーツク圏)では近年温暖化が進み、シベリア高気圧の急速な弱化、オホーツク海季節海氷域の減少、海洋中層の温暖化、陸域雪氷圏の面的変化としてその影響が鋭敏に現れている。当センターは、環オホーツク圏が地球規模の環境変動に果たす役割を解明すること、また気候変動から受けるインパクトを正しく評価することを目的とし、その国際研究拠点となることを目指して平成 16 年4月に設立された低温科学研究所付属施設である。これまで、短波海洋レー ダの運用や、衛星観測、船舶観測、現地調査等を通し、オホーツク海及びその周辺地域の環境変動モニタリングを進めてきた。また、ロシアをはじめとする国際的な研究ネットワーク構築を進めており、観測がほとんど 行われたことの無かった環オホーツク地域の陸域・海域・空域の研究を推進してきた。
令和6年度は、以下の研究活動を進めた。昨年度に引き続き南部オホーツク海の海洋モニタリング網の整備を進め、知床半島の深層水取水施設他における水温塩分モニタリングを継続して実施した。夏季には北海道大学練習船「うしお丸」の北海道一周航海に参加し、北海道周辺海域の物質循環と大気エアロゾルの観測を実施 した。また、海上保安庁との共同研究として砕氷船「そうや」冬季海氷域の観測を実施した。世界自然遺産知 床における漂着ゴミのモニタリングを継続し、漂着ごみの質量収支と動態を把握した。環オホーツク陸海結合システムを理解するために、道東・道北をフィールドとした河川観測研究、羊蹄山山頂における地温モニタリング、サロベツ原野を対象とする湿原の熱収支モデルの開発などを実施した。季節海氷域およびポリニア域における降雪プロセスを含む水・物質循環のプロセス観測を、グリーンランド北西部、学内に設置した気象観測、 紋別市オホーツク氷海展望タワー、富良野や陸別をフィールドとして実施した。
これらの研究の一部は共同推進プログラム「環オホーツク陸海結合システム」の他、「海洋コンベアベルト終焉部における鉄とケイ素を含めた栄養物質プロパティの形成過程」、「マクロ沿岸海洋学」、ArCS II「季節海氷域における雪氷 - 大気間の物質・水循環解明とその気候への影響評価」、「猿払川流域の湿原が河川水の水質形成に果たす役割の解明」などの研究プロジェクトをセンターが主導することで実施した。また、「知床科学委員会」への科学的な助言や一般市民を対象とした公開シンポジウムを通して、国や地方が進める環オホーツク地域の自然理解と環境保全に対して積極的な社会貢献を行った。
本センター発足前の 2003 年に、宗谷暖流のモニタリ ングを目的として、宗谷海峡域に3局および紋別・雄武 に2局の短波海洋レーダを設置し、表層流速の連続観測 を行ってきました。運用開始以来 18 年間蓄積したデー タから、宗谷暖流の季節変動・経年変動の実態が明ら かになりました。残念ながら老朽化等のため、2022 年 3 月をもって運用を停止しましたが、アーカイブされた データの解析や発信は今後も継続していきます。
本センターと海上保安庁の共同研究として、1996 年以来、毎年 2 月にオホーツク海南部で砕氷巡視船「そうや」を用いた海氷観測を実施し、数々の成果が得られています。
オホーツク海や南極海のような季節海氷域では氷盤同士が互いに乗り重なる過程(変形過程)が氷厚の発達や海氷面積の変動に重要な役割を果たしています。そのような海氷の力学的な変形過程を観測するために、「そうや」による現場観測を基に合成開口レーダを用いて変形氷域を抽出するアルゴリズムの開発と検証を行っています。また、季節海氷域の融解過程の理解を目的とするドローンによる海氷観測では(表紙写真)、直径 15m 以下の氷盤の形状や分布特性に自己相似性(フラクタル)の特徴があることを見出しました。さらに、四半世紀にわたる「そうや」観測データ、衛星データ、それに気象客観解析データを併せることで、オホーツク海南部における海氷の年々変動の特性とその要因などが分かってきました。オホーツク海南部(赤色領域) の海氷面積は中部(水色領域)・北部(青色領域)とは有意に異なる変動特性を示すこと、南部の海氷体積の年々変動要因は海氷の生成を促す熱力学的な環境というよりは、氷厚発達を促進する海氷変形過程の力学的作用 の影響が大きいことなどが明らかになっています。
春季の南部オホーツク海では海氷が融解すると植物プ ランクトンの大増殖(ブルーム)が起こります(図 4)。 本センターではそのメカニズムに関する研究を進めています。
まず、酸素センサー付きプロファイリングフロートに よって連続的に観測される海水中の溶存酸素量の変動か ら、オホーツク海の広範囲で正味の生物生産量(純群集 生産量)を見積もることに成功しました。純群集生産量 は春、直前に海氷が存在していた海域で圧倒的に大きく なることが示され、春の植物プランクトンブルームが海 氷融解によってもたらされていることが初めて定量的に明らかになりました(図 5)。見積もられた純群集生産量は、世界で最も顕著な春季ブルームが起こる南大洋氷縁域にも匹敵し、オホーツク海の高い生物生産を生み出すことに海氷がその一翼を担っていることが明らかになりました。
また、本センターで観測航海を主導し、複数の国内研 究機関の研究者と協働で春季ブルームの集中観測を実施しています。これまでに、南部オホーツク海の水塊構造や鉄分を含む栄養物質の循環などを調べるための 3 回 の航海や、季節を通して水塊構造や生物生産量を把握するための定点観測および係留計観測を行っています。
さらに超音波流速計(ADCP)の体積後方散乱強度デー タから、主に動物プランクトン活動、堆積物の巻き上が り、海中内部で生成される海氷(フラジルアイス)、等 の海中浮遊物を検知・識別する手法を開発しました。これにより、冬季海氷期は、海氷のない時期とは逆に、沿岸域より沖合域の方が動物プランクトンの日周の鉛直的 な移動が活発となることが示されました。
今後の温暖化によっては北海道周辺海域でも海氷域が消失する可能性があり、オホーツク海における海氷変動の機構解明と予測のための研究が急務です。これまで、 オホーツク海数値モデルの開発や紋別沿岸付近における 水温・塩分データの解析を通して、北海道沿岸の海氷変 動には宗谷暖流の勢力が関係していることが見えてきました。これらの知見は、知床地域科学委員会を通して、 知床世界自然遺産管理にも生かされています。
世界自然遺産知床の海岸に漂着する ゴミは、生物多様性の保全にとって支障となるばかりでなく、保全地域の海岸の美観を損ねる要因となっています。 本センターでは、ゴミの堆積・侵食メ カニズムの解明を目指し、測量用ドローン等を用いた漂着ゴミ分布のモニタリン グを行っています。その結果、前浜と後浜の漂着ゴミが、冬季の海氷到来前 に発生する4-5mの波高の高波によって 1-2 年に 1 度程度の頻度で堆積・流出することなどが分かってきました。
海洋レーダーによる表面流速の観測データ
海氷面積の経年変化傾向
南部オホーツク海の春季植物プランクトンブルーム時の衛星クロロフィル画像
知床での漂着ゴミ観測
これまでの本センターの研究によって、オホーツク海の海氷生成が作り出す中層の循環によって栄養物質であ る鉄分が広く親潮域や西部北太平洋に供給され、高い生 物生産を支えていることが明らかになっています。最新のデータ解析では、親潮域の中層水は、その元になる西部亜寒帯水とオホーツク海中層水の混合割合が、温暖化と 18.6 年周期潮汐変動(月と地球の位置関係による) の両方の影響を受けて大きく変動することが明らかになりました。道東の親潮域中層では、低温で栄養豊富なオ ホーツク海中層水の占める割合が 40 年で 30% も減少し、高温化しており、これは温暖化による海氷生成の減 少によりオホーツク海を起点とする中層循環が弱化したことが原因であることが分かってきました。2020 年代 中盤からの 10 年間は潮汐の効果と温暖化の効果が相乗 して、親潮中層水におけるオホーツク海水の割合の減少と昇温が一気に起こりうることが予想されています。
海洋中の中規模渦を分解できる解像度の北太平洋物質 循環モデルを開発しています。このモデルは海洋表層と中層をつなぐ北太平洋子午面循環を再現し、起潮力(海 の潮汐を引き起こす外力)を陽に導入しているという特徴を持つため、北太平洋とオホーツク海の間の海水交換における潮汐の影響や、オホーツク海から北太平洋へ流 出する鉄や栄養塩の評価などを行えます。
ロシア極東海洋気象学研究所との共同研究を実施し、 オホーツク海やベーリング海の北方圏縁辺海が海洋循 環・栄養物質の循環を通して、北太平洋とどのようにつ ながっているのかを、ロシア船を用いた現場観測や高解 像度モデルを用いて研究しています。その結果、西部北 太平洋亜寒帯域には、オホーツク海から鉄分が、ベーリ ング海から高濃度の栄養塩がそれぞれ中層水の循環を通 じて供給されることで、高い生物生産や大きな CO2 吸 収量をもたらしていることが明らかになりました。本セ ンターでは、これらの海洋観測データを公表しています。
北太平洋物質循環モデル
河川流出数値モデルを用い、陸域がオホーツク海に与 えるインパクトを見積もる研究を実施しています。カム チャツカ半島の 11 河川における流量データを使用して モデルを検証し、オホーツク海に流出する河川流量とオ ホーツク海の北西部陸棚域の表層塩分を比較したとこ ろ、両者には有意な負の相関関係が認められました。ま た、河川流量が平年から大きく偏っていた年ほど、塩分 との関係が明瞭でした。つまり、カムチャツカ半島の河 川流出の多寡が、オホーツク海の塩分を変化させ、高密 度陸棚水の形成を介して広く海洋循環に影響を及ぼして います。
センターでは、国内 10 におよぶ研究機関からなる共 同研究を立ち上げ、道東をモデルフィールドにした陸海 結合システムの観測研究を進めています。最近では、別 寒辺牛川の河口付近の感潮域において、河川流量(図 6) や、水位、電気伝導度、有色溶存有機炭素濃度、栄養塩 の観測・分析を実施して、厚岸湖・厚岸湾に対する栄養 塩供給源としての河川の役割を調べています。感潮域で は潮汐に応じて大量の河川水が流出と流入を繰り返しま す。これにともない、窒素が河川から厚岸湖に供給され る一方、河川と湖の両方に供給源をもつリンとケイ素は、 河川と厚岸湾沿岸の間で相互に輸送されていることが分 かってきました。
環オホーツク地域の南部に位置する北海道は、1 万年 前から 19 世紀まで狩猟採集文化の人口密度の高い社会 が変化を伴いながら存続していた世界でも稀な地域で す。本センターでは、利尻島の南浜湿原の泥炭コアから 過去 4000 年間の気候を復元して、この地域の気候変化 のタイミングがオホーツク文化をはじめとした各文化圏 の遷移期とよく対応することを明らかにし、これまでよ く分かっていなかった北海道の文化圏の盛衰に気候変動 が実質的な影響を与えたことを示しました。
低温科学研究所では 1966 年から冬季の積雪観測を実 施しています。本センターは 2011 年からこの観測を担 い、気象庁気象研究所との共同研究で、放射、気象、エ アロゾルの連続観測と冬季の週 2 回の積雪断面観測を 行い、積雪変態モデルの精度向上や人工衛星観測データ の検証に貢献してきました。また、屋外気象観測場では、 様々な機関による飛雪観測、観測測器の比較性能試験、 大気環境モニタリングなどが行われました。本センター では、これらの気象・積雪観測データを公開しています。
北海道に存在する永久凍土は、大雪山山頂付近のもの が古くから知られていますが、知床羅臼岳や羊蹄山など の山頂にも存在する可能性が指摘されています。本センターでは、羊蹄山山頂の永久凍土の存 在の確認や、付近の周氷河地形の形成 環境を解明するため、羊蹄山山頂にお いて地温分布や気温の測定など、温度 環境のモニタリングを開始しました。 また、ドローンを用いた周氷河地形の 写真測量なども実施しています。
地球温暖化にともない変化している季節海氷域周辺の 水・物質循環のプロセスを明らかにすることを目的にグ リーンランド北西部において雪氷・気象観測を実施して います(図 7)。グリーンランド最北の村シオラパルク での観測・調査では、海氷上に形成されるフロストフラ ワー(海氷上に形成される霜の塊)が大気中の光化学反 応に重要なハロゲンを放出していることをつきとめ、ま た近年増加している冬期の海氷流出が及ぼす社会科学的 な影響を明らかにしました。また、グリーンランド氷床 沿岸部の 3 カ所でアイスコア掘削に成功し、グリーン ランド氷床沿岸域で生じている過去 100 年間の水・物 質循環プロセスの変化の解明に取り組んでいます。
ArCS II 雪氷サブ課題③「季節海氷域のおける雪氷ー大気間の物質・水循環の解明とその気候への影響評価」(サブ課題代表:的場澄人)
沿岸域の生物生産特性を制御する栄養物質のストイキオメトリー(低温科学研究所共同研究開拓型研究、代表:長尾誠也・金沢大学環日本海域研究センター)
北部太平洋では、海洋生態系の底辺を支える植物プランクトンの増殖量が微量栄養物質である鉄分の供給量で制御されています。我々の研究では、環オホーツ ク海域において包括的な観測を実施し、北部太平洋における鉄供給システムの全体像を定量的に捉えることに成功しました。オホーツク海の大陸棚に堆積してい た鉄分は、海氷の生成によって駆動される中層の海洋循環によって北部太平洋まで運ばれており、植物プランクトン増殖量を定量的に説明する濃度となって広範 囲に広がっていることを突き止めました。この発見は、これまで海洋において理解が不足していた「縁辺海を介した陸と海の繋がり」を解明する上で重要な知見 となります
親潮域が豊かな海である要因は、「アムール川湿原から流出し、オホーツク海大陸棚から海洋循環を通して供 給される鉄分」を通した「陸海結合システム」にある。このシステムの駆動源は、表層を亜熱帯から亜寒帯に流入した海水がオホーツク海で海氷生成時に高塩化して重くなり沈降し、北太平洋中層水となって広がり低緯度に至る、北太平洋の子午面循環である(図 1)。オホーツク海で沈降する海水(高密度陸棚水;DSW)の塩分は、子午面循環の上流側に位置するカムチャツカ半島の降水量に敏感なため、この半島から海洋に流出した河川水が DSW 塩分を通してこの子午面循環の変動を引き起こす可能性が高い。以上より、本研究では、大気変動を海洋に伝えるカムチャツカ半島の降水・雪氷・河川に着目し、DSW の塩分調節を通した子午面循環の変動機構、さらには環オホーツクの「陸海結合システム」に対する制御メカニズムの解明を目的とする。
科研費基盤研究(A)(2017〜2019年度)17H01156(研究代表:三寺史夫)
カムチャツカ半島からの淡水供給による北太平洋熱演循環変動に関する研究
オホーツク海での沈み込みおよび中層水形成において重要な要素であるdense shelf water (DSW)の塩分の 大きさに対して、カムチャツカ半島上での降水量との間に有為な相関が見い出された。そこで、R1年度には、 陸域モデルおよび領域大気モデルを用いて河川流域スケールに高解像度化し、カムチャツカ半島の河川から海 への流出量を算出するとともに、DSW塩分との関係を明らかにした。また、山岳氷河の変動と河川流量の関 係についても考察した。さらに、海洋モデルを用いることで、カムチャツカ半島およびオホーツク海北部(ア ムール川を除く)からの淡水流出がDSW塩分に影響があることを示した。この研究は三重大学・立花教授、小 松博士、JAMSTEC・美山博士との共同研究である。
カムチャツカ半島から周辺海洋へ供給される河川水流出量の見積もり
オホーツク海の海水の塩分濃度に与えるカムチャツカ半島からの河川流出水の影響を解明すべく、SWATモ デルを用いて半島の西側の全河川の流出量を見積もった。各河川流域からの流出量の見積もりにあたっては、 観測データのある流域においてモデルのチューニングを実施し、得られた各種パラメータを近傍の観測のない 河川流域に適用して流出量を算出した。本研究の結果、カムチャツカ半島の西側からオホーツク海に流入する 河川水は4660.73±25.06m^3/s(146.98±0.79km^3)と見積もられ、その年々変動は、オホーツク海北西部の陸 棚水形成域における塩分濃度と負の相関を有していることが明らかとなった。(白岩孝行、三寺史夫、的場澄人、大学院生 史穆清(環境科学院))
(2020年9月 内容更新)
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