山岳氷河は、高高度、多涵養地域に存在する。そのため、山岳氷河から採取されるアイスコアからは、復元できる期間は数百年間と比較的短いものの、高時間分解能で連続的に気候・環境の変化を復元することができる。特に、エアロゾルの沈着量や降水量など、他の古環境プロキシでは復元できない要素を高精度で復元できることが特徴といえる。環オホーツク観測研究センターでは、山岳氷河アイスコア掘削システムの開発と山岳氷河で観測を実施するための設営・観測体制を確立し、2006 年にカムチャツカ半島イチンスキー氷河において岩盤まで到達する 115m のアイスコアを、2008 年にはアメリカ合衆国アラスカ州オーロラピーク近傍の氷原にて 180m のアイスコアの掘削を行った。また、低温科学研究所が中心となって実施した 2015 年のグリーンラン ド氷床南東ドーム観測と気象研 究所が中心となって実施した2017 年のグリーンランド北西部 SIGMA-A サイトにおける気 象・雪氷観測においてアイスコアの掘削を担当し、2014 年のグリーンランド北西部 SIGMA-D におけるアイスコア掘削と観測全般の企画と実行を担当した。
アラスカで掘削されたアイスコアからエアロゾルの沈着に関する2つの成果が発表された。分析の前処理の難しさから測定が困難だと言われていたアイスコア中の鉄の濃度を定量する方法を開発し、北部北太平洋に沈着する大気由来の鉄の 30 年間の変化を復元した。その結果、過去 30 年間で、大気由来鉄の沈着量は 3.2~27 mg m–2 yr–1 の範囲にあり、長期の変化傾向は示していないこと、黄砂は、東部北太平洋域における溶存鉄濃度の 8.2~68%を供給するポテンシャルを有す ることが明らかになった(Sasaki et al., 2016)。また、アイスコア中のレボグルコサンとデヒドロアビエチン酸の分析を行い、これらが森林火災のトレーサーになることを見いだし、アラスカにおいて小氷期以降の温暖期に森林火災の頻度が高くなることを示した(Parvin, 2019)。
アラスカおよびグリーンランド北西部で採取されたアイスコアから約 400 年間の涵養量を復 元した。その結果、小氷期中期(AD1650-1750)はアラスカで涵養量が多くグリーンランド北西部で少なく、後期(AD1750-1850)ではアラスカで涵養量が増えてグリーンランド北西部で減少 するシーソーの関係があることが明らかなった。また、アイスコア中の d-excess の変化から、そ の変動は偏西風の蛇行の変化によって引き起こされることが示唆された(Tsushima, 2015)。
アラスカランゲル山アイスコアから復元された大気由来鉄の年 間沈着量の年々変動