北海道大学低温科学研究所

環オホーツク観測研究センター

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 環オホーツク観測研究センター(以下センター)は,2004年4月に北海道大学低温科学研究所の附属施設として,それまで紋別にあった流氷研究施設を改組する形で設置された.当センターは,オホーツク海を中心とする北東ユーラシアから北太平洋,北極圏から亜熱帯にわたる地域(環オホーツク圏)が地球規模の気候変動に果たす役割を解明すること,また同地域における気候変動のインパクトを正しく評価することを目的とし,環オホーツク圏環境研究の国際拠点となることを目指して活動してきた. 2013年には改組を行い,分野横断的なテーマを対象とした2つの研究分野「気候変動影響評価分野」,「流域圏システム分野」を設け,さらに国内外との共同研究ネットワークを強化するために「国際連携研究推進室」を設置した.この3つを横断的に機能させることで,環オホーツク圏の科学的研究を強く推進してきた

センターは2024年3月で発足後20年を迎える.政治的背景のために観測が困難でデータの空白域であった環オホーツク圏の実態を明らかにすることを目指し,国内,ロシア,中国,米国など50以上の大学や研究・行政機関と連携し,研究機関ネットワークと観測網の構築を行い,数多くの国際共同研究プロジェクトを実施してきた.センターではこれまでにロシア極東海洋気象学研究所(Far Eastern Region Hydro-meteorological Research Institute; FERHRI)との共同研究を立ち上げ継続し,ロシアの調査船を使用した共同観測を実施してきた.この共同観測はロシアの排他的経済水域内における海洋観測の事実上唯一の機会となり,多数の国内外の研究者が参加し,当海域の海洋循環・物質循環の解明や古気候の復元などの成果に繋げてきた.また,アムール川河川流域の水文・物質循環の観測,サハリン北部の海氷・気象・沿岸観測,カムチャツカ半島の森林動態調査,エアロゾルモニタリング,山岳氷河研究などが,ロシア科学アカデミー極東支部太平洋地理研究所,同水生態学研究所,同火山地震学研究所などの研究機関との連携によって実施されてきた.宗谷暖流の研究では,海洋短波海洋レーダー,ドップラーレーダーの運用や,衛星観測,船舶観測,現場調査等を通し,道内水産試験場,漁業組合などと地域機関と連携し,環境変動モニタリングを進めてきた.また低温科学研究所が1996年より進めてきた海上保安庁との共同研究である砕氷巡視船「そうや」を用いた冬季南部オホーツク海の海氷域観測を,当センターが引き継ぎ,継続し実施している.この希少な海氷域の観測の結果,海氷の消長に関わる物理学的な知見や,オホーツク海の海氷長期変動,海氷が関わる海洋循環や生物地球化学的過程などが明らかになっている.これら海洋観測で得られた知見は,「環オホーツク情報処理システム」を用いた将来予測なども含めた数値シミュレーション研究の展開に利用されている.陸域山岳氷河観測では,国際共同研究として米国のアラスカ,ロシアのカムチャッカ半島においてアイスコア掘削を行い,水物質循環メカニズムの変遷を理解するための研究に用いられた.これらの氷河研究はその後,ヒマラヤやグリーンランドにおけるアイスコア研究へと発展し展開されている.また,「知床科学委員会」など国や地方が進める環オホーツク地域の自然理解と環境保全に対して積極的な貢献を行い,世界自然遺産「知床」周辺の海洋や陸面の観測を主体としたプロジェクトを立ち上げ,この地域の陸海相互作用の仕組みと変遷の理解を目指して研究を進めた.この知床周辺の取り組みでは,ゴミ問題などの社会学的な視点も含めて研究が進められた.このようにセンターでは,環オホーツク圏の理解を深化するための研究プロジェクトを牽引・推進し,その地球環境システムにおける役割を明らかにする点で成果を上げてきた.この20年間の研究で,環オホーツク圏では温暖化が進み,シベリア高気圧の急速な弱化にともない,オホーツク海季節海氷域の減少,海洋中層の温暖化と循環の弱化,オホーツク海から北太平洋への物質移送と生物生産,陸域雪氷圏の面的変化などにその影響が鋭敏に現れていることを示した点は重要な発見と言えるだろう.

 本号の「低温科学」では,当センターが20年間で実施してきた数々の研究で得られた主な成果の一部と,当センターで始められた研究が発展し全国や世界を舞台に展開された研究などを,現センターに在職する研究者およびセンターを卒業し現在は第一線の研究者として活躍しているOB/OGによって執筆することにした.本稿の読者に,この20年間で広くセンターで実施してきた研究の軌跡と,その後,発展的に進められた研究について紹介できれば嬉しく思う.

「低温科学」 第82巻編集委員会

西岡 純・三寺史夫・白岩孝行・中村知裕・的場澄人・篠原琴乃

公開シンポジウム:世界遺産知床周辺海域の海洋・海氷変動予測と海洋生態系への影響

日時:2024年3月14日(木)12:30開場、13:00〜17:00

場所:低温科学研究所講堂+オンライン

プログラム

研究集会知床とオホーツク海の海氷-海洋-物質循環-生態系の連関と変動

知床をはじめとするオホーツク海の海氷-海洋-物質循環-生態系の連関を明らかにするため、ここ数年南部オホーツク海の現場観測を集中的に実施してきた。本集会では、これらの研究結果を持ち寄って新しい知見を共有し、今後の方針を議論する。オホーツク海の多様で豊かな海洋環境が成り立つメカニズムの理解を目指す本研究集会の枠組みは、国連開発計画のSDG14「海の豊かさを守ろう」に掲げられた「海洋生態系の保全と持続的な海洋資源利用」の方向性を探る研究にもつながる。

日時:2023年11月27日(月)13:30-17:00
             28日(火) 9:00-17:00

場所:低温科学研究所講堂+オンライン

プログラム

研究集会:海洋の統合的理解に向けた新時代の力学理論の構築

日時:2023年11月21日(- 22日(

場所:低温科学研究所講堂

プログラム

研究論文:アムール川中流域に溶存鉄と溶存有機炭素を供給する永久凍土湿地の役割

Muqing Shi and Takayuki Shirawa (2023) Estimating future streamflow under climate and land use change conditions in northeastern Hokkaido, Japan. J. Hydrol. Regional Studies, 50, 101555. https://doi.org/10.1016/j.ejrh.2023.101555

当センターPD研究員の史穆清(Shi Muqing)さんの学位論文が出版されました。IPCC RCP2.6および8.5シナリオに沿った気象庁の予測気候値と、PANCESによる土地利用・土地被覆シナリオに沿って網走川の将来の流出量を分布型モデルによって推定しました。

(白岩)

観測速報「2023年2月 巡視船「そうや」海氷観測速報SIRAS-23」を公開しました。

研究論文:アムール川中流域に溶存鉄と溶存有機炭素を供給する永久凍土湿地の役割

 Tashiro, Y., Yoh, M., Shesterkin, V. P., Shiraiwa, T., Onishi, T. and Naito, D. (2023), Permafrost wetlands are sources of dissolved iron and dissolved organic carbon to the Amur-Mid River in summer. J. Geophys. Res.-Biogeosciences, https://doi.org/10.1029/2023JG007481

アムール川がオホーツク海に輸送する溶存鉄の供給源として、永久凍土をもつ湿地が重要であり、気候変動によって永久凍土が変化することによって河川に流出する鉄も変化する可能性があることを現地での観測から見出しました。

(白岩)

研究論文:地衡流シアー応力が卓越する沿岸フロントにおける陸棚上の鉛直循環

Yuan, N and Mitsudera, H. (2023): Cross-shelf overtuning in geostrophic-stress-dominant coastal fronts. J. Oceanogr., https://doi.org/10.1007/s10872-022-00661-6

沿岸域としては比較的深い大陸棚端において、深い混合層が発達するメカニズムが、大陸棚上の鉛直循環によるものであることを、数値モデルと論理的考察から見出しました。

(原、三寺)

研究論文:無次元パラメータδによって分類される内部重力波-安定渦相互作用の 3 つのレジーム: Scattering, Wheel-Trapping, 渦の変形を伴うSpiral-Trapping

Ito, K. and Nakamura, T. (2022): Three Regimes of Internal Gravity Wave–Stable Vortex Interaction Classified by a Nondimensional Parameter δ: Scattering, Wheel-Trapping, and Spiral-Trapping with Vortex Deformation J. Phys. Oceanogr.53, 1087–1106, https://doi.org/10.1175/JPO-D-21-0309.1

内部重力波と力学的に安定した渦の相互作用について理論的な解析と幅広いパラメータでの数値実験を行い、ビーム状の散乱、周回軌道をとる捕捉、入射波が螺旋状に変形される捕捉の3つの力学レジームに分類されること、この力学に支配的なパラメータδを見出した。これらのレジームは後のものほど非線形性が強くなり、入射波のエネルギーの散逸や渦の変形による混合を引き起こすことがわかった。また、これらの現象が現実に起こりうるのかOFESの結果を用いて示した。

伊藤中村

網走市オホーツク流氷館のリニューアルに協力しました。


  低温科学研究所が中心となって行われてきた研究によって得られた知見を展示に反映していただきました。網走市より感謝状をいただきました。(2023.1.20)

研究トピック

高緯度と熱帯からの遠隔影響がオホーツク海氷の年々変動を引き起こす
「環オホーツク気候システム」の端緒を開く
(低温科学研究所 教授 三寺史夫

 オホーツク海は北半球で最も南まで海氷(流氷)が到達する海域です。冬季から春先にかけ、世界自然遺産・知床をはじめとした北海道の沿岸には流氷が接岸しますが、オホーツク海の海氷は年によって多い年と少ない年があります。その変動理由の解明は、地球温暖化の進行に伴う海氷の減少傾向を理解する上でも、流氷観光など社会経済活動への影響を考える上でも、重要な研究課題です。

本研究では、シベリア高気圧、アリューシャン低気圧、太平洋などで構成される「環オホーツク気候システム」の観点から、長期の観測データ(全球大気データや人工衛星データ)に基づき、オホーツク海全域の海氷の発生量が年ごとに変動するメカニズムを解析しました。

その結果、海氷が平年よりも多い年は、アリューシャン低気圧が北太平洋の全域で強まっていることが分かりました。これに伴い、シベリアからの北西風(寒気流)がオホーツク海上で強まり、寒気の蓄積量も多くなっていました。一方、熱帯域との関係に注目すると、海氷が多い年はエルニーニョ的な海水温分布になっており、アリューシャン低気圧の強化とも連動していることが確認されました。これに対し、海氷が少ない年の熱帯域では、ラニーニャ的な海水温分布になっていました。

さらに、海氷が多い年は、海氷の面積が増え始めてから数カ月後に、アリューシャン低気圧が強まることが分かりました。アリューシャン低気圧の強化は、ユーラシア大陸からの寒気の流入を促進します。このため、寒気蓄積→海氷増加→アリューシャン低気圧の強化という連鎖的な季節進行は、海氷の維持につながる正のフィードバック関係にあることが示唆されます。

本研究が示した「環オホーツク気候システム」の観点から海氷の変動機構のメカニズム解明をさらに進めることで、季節予報の精度向上や温暖化予測の理解が深まることが期待されます。

なお本研究成果は、2023年2月14日公開のAtmosphere-Ocean誌に掲載されました。

論文名:Interannual variations of sea-ice extent in the Okhotsk Sea—A Pan-Okhotsk climate system perspective
(オホーツク海の海氷の年々変動ー環オホーツク気候システムの視点から)

URL:https://doi.org/10.1080/07055900.2023.2175639

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研究トピック

北極の海氷融解の早期化が夏の植物プランクトンを増殖
~夏に海洋プランクトンが大気へ放出するエアロゾルの増加をアイスコアから検出~
(低温科学研究所 助教 的場澄人)

北海道大学低温科学研究所附属環オホーツク観測研究センターの的場澄人助教、同研究所の飯塚芳徳准教授らの研究グループは、グリーンランドで採取されたアイスコア中の化学成分の分析を行い、2002年以降、夏に海洋プランクトンの増殖によって海洋から大気へ放出される硫黄化合物(メタンスルホン酸)の濃度が、それ以前と比べて3〜6倍増加していることを検出し、海氷の融解時期が早期化したことがその要因であることを示しました。

大気中に浮遊する不純物(エアロゾル)の組成や濃度は、それを採取・分析する必要がありますが、長期間のデータは非常に少なく、特に北極域では殆どありません。氷床には、大気中のエアロゾルを含む雪が連続的に降り積もっています。氷床を表面から深部に向かって円柱状にくり抜いて採取されるアイスコアに含まれる化学成分は、大気中のエアロゾルの連続的な変化を反映し、長期間のエアロゾルの変化を復元することができます。

アイスコア中の夏のメタンスルホン酸濃度は、2002年から増加し始めました。それと連動してグリーンランド東部沖の海氷が融解する時期が約1ヶ月早くなり、夏に植物プランクトンの増殖が見られることが、人工衛星データとの比較から分かりました。温暖化が引き起こす海氷融解の早期化は、海洋表層の成層化、海水中に届く太陽光の増加、海氷に付着している藻類(アイスアルジー)の再配布などを生じ、植物プラントンの増殖を促進するプロセスが提案されていましたが、本結果は、夏の海洋プランクトンの増殖による海洋から大気への硫黄化合物の放出量が実際に増加している観測的証拠を初めて示しました。

大気中の硫黄化合物は雲の形成に重要であり、地球の気温をコントロールする放射収支に大きく影響します。本研究の成果は、地球温暖化のメカニズムを理解する上で重要なプロセスを示すもので、将来予測の精度向上に寄与することが期待されます。

なお本研究成果は、2022年12月26日(月)公開のCommunications Earth & Environment誌に掲載されました。

論文名:Increased oceanic dimethyl sulfide emissions in areas of sea ice retreat inferred from a Greenland ice core(グリーンランド氷床コアから推定された海氷後退域における海洋性硫化ジメチル排出の増加)

URL:https://doi.org/10.1038/s43247-022-00661-w

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 環オホーツク地域とは、オホーツク海を中心とし、西は北東ユーラシアから東は北太平洋、北は北極圏から南は亜熱帯域にわたる地域と捉える。この環オホーツク地域では、近年温暖化が進み、シベリア高気圧の急速な弱化、オホーツク海季節海氷域の減少、海洋中層の温暖化、陸域雪氷圏の面的変化としてその影響が鋭敏に現れている。当センターは、環オホーツク地域が地球規模の環境変動に果たす役割を解明すること、また気候変動から受けるインパクトを正しく評価することを目的とし、その国際研究拠点となることを目指して設立された。これまで、短波海洋レーダの運用や、衛星観測、船舶観測、現地調査等を通し、オホーツク海及びその周辺地域の地球科学的研究と環境変動モニタリングを進めてきた。また、ロシアをはじめとする海外との国際的な研究ネットワーク構築を進め、国際的な観測がほとんど行われたことの無かった環オホーツク地域の陸域・海域・空域の研究を推進してきた。環オホーツク地域に存在する多分野にまたがる地球科学的な課題に挑戦するためには、分野を超えた研究を進める必要があり、当センターでは、専門の異なる研究者間が分野をまたいで有機的に連携し研究に取り組んでいる。当センターではこのような体制のもと、国内外の研究者とともにプロジェクトや共同研究を立ち上げ、牽引し、科学的課題に挑戦し、研究成果に結びつけることを目指し活動している。 

センター長   西岡 純

お問い合わせ

〒060-0819 札幌市北区北19条西8丁目

北海道大学低温科学研究所 環オホーツク観測研究センター

E-mail: porc-info at pop.lowtem.hokudai.ac.jp

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