北部北太平洋の西部海域では、太平洋の外洋域で最も大きな植物プランクトン増殖が観測されている。また、この海域は、植物プランクトン増殖に伴う大気から海洋への CO2 の吸収量が最も大きな海域であり、気候変動と密接に関わっている。主要栄養塩である窒素、リンが十分に存在している北部北 太平洋では、微量栄養物質である Fe の不足によって植物プランクトンの増殖が制限されている。しかし、「なぜ北西部北太平洋は、Fe 制限海域であるにもかかわらず、植物プランクト ン増殖に伴う栄養塩消費量や CO2 吸収量が大きいのか?」については十分に理解されていない。その理解のためには「Fe と栄養塩の循環像」を定量的に把握する必要がある。
本研究では、北方圏の縁辺海を含めた北部北太平洋において、表層から深層に至る溶存 Fe と栄養塩のデータセット(図1)を集めて、乱流混合の物理パ ラメータとともに解析することで、当該海域の Fe と栄養塩の 3D 循環像を世界で初めて明らかにした。得られた溶存 Fe の 3D 分布は、西部海域の表層混合層直下から 3000 m 付近までの中層にかけて、高い濃度で溶存 Fe を含む水塊プールが東西 2000 km 以上の広範囲に分布していることを示した。等密度面の解析から、この溶存 Fe 濃度の高い水塊の密度帯や化学的プロパティは、Fe がオホーツク海の北西部陸棚域から北太平洋中層水(NPIW)上部に供給されていることが示された。また、ベーリング海盆域を含めた西部亜寒帯ジャイアの中層には、表層の有機物の沈降分解によって再生された栄養塩が高濃度でプールされており、これらの栄養塩は、千島海峡やアリューシャン海峡周辺の強い鉛直混合によって中層から表層に回帰し、再び表層で植物プラ ンクトンに利用されて循環していることが明らかになった。
植物プランクトン増殖による栄養塩消費 量や CO2 吸収量の多寡を評価するには、主要栄養塩に対してどのくらいの割合で Fe が供給されているのかを示す Fe:窒素(硝 酸塩)比などの化学量論的な評価が必要になる。北部北太平洋において、中層に高い Fe 濃度の水塊プールのある西部では、千島 海峡周辺でおこる混合によって Fe と栄養塩が混合するため、中層から植物プランク トンの生息する海洋表層へ供給される Fe と硝酸塩の化学量論比が大きくなることが明らかとなった。本研究で理解された Feと栄養塩の 3D 循環は、Fe と硝酸塩の化学量論比と、海洋表面の植物プランクトンによる栄養塩消費量の空間的パターンの違いを良く説明している。
これまで北部北太平洋の植物プランクトン増殖には、主に大気ダストとして降り注ぐ Fe 供給が重要と考えられてきた。本成果はこれまでの認識を覆し、縁辺海を介した海洋内部の Fe 循環の重要性を示した。現在、北方の縁辺海では海氷の減少が確認されており、海氷生成が駆動する海洋循環も弱化している。この海洋循環の変化に伴って、Fe 循環がどのように変わり、北太平洋の生物生産や CO2 吸収量がどのように変化していくのか予測していくことは重要な課題であ る。
北太平洋の溶存Fe分布
北太平洋の溶存Feと栄養塩の3D循環像
北部太平洋では、海洋生態系の底辺を支える植物プランクトンの増殖量が微量栄養物質である鉄分の供給量で制御されています。我々の研究では、環オホーツク海域において包括的な観測を実施し、北部太平洋における鉄供給システムの全体像を定量的に捉えることに成功しました。オホーツク海の大陸棚に堆積していた鉄分は、海氷の生成によって駆動される中層の海洋循環によって北部太平洋まで運ばれており、植物プランクトン増殖量を定量的に説明する濃度となって広範囲に広がっていることを突き止めました。この発見は、これまで海洋において理解が不足していた「縁辺海を介した陸と海の繋がり」を解明する上で重要な知見となります。