海の生産性に陸地はどのような役割を果たすのか。陸地から河川を通じて海洋に供給される栄養塩や溶存鉄が沿岸部の基礎生産に寄与するという報告がある一方、外洋の基礎生産に影響を与え得るという報告は限られていた。アムール川が輸送する溶存鉄がオホーツク海と親潮海域の基礎生産に寄与していることを明らかにしたアムール・オホーツクプロジェクト(2005-2009 年)をきっかけに、環オホーツク観測研究センターは、全国の共同利用研究者と共に、二つのテーマを設定し、その解明に取り組んでいる。
陸域から縁辺海を介した大洋への物質輸送の素過程解明のため、北海道東部の別寒辺牛川・厚岸湖・厚岸湾・沿岸親潮をモデル対象海域としたプロセス研究
カムチャツカ半島の降水が周辺海域の塩分に与える影響評価
である。別寒辺牛川の水文観測では、低平な湿原を流下する別寒辺牛川には広大な感潮帯が存在し、下流域の流量変動が潮汐によって大きな影響を受けることが明らかになった。オホーツク海を取り巻く陸域の河川は、一般的に河川勾配が緩く、下流域に湿原が発達している。このため、いずれの河川でも潮位変動が河川流量を決め、広い感潮帯で(鉄などの)溶存成分の凝集沈着が生じていると考えられる。このため、平常時に海洋に輸送される河川溶存成分は淡水域で観測された値よりも大きく減じることが予想される。この発見は、従来の環オホーツク地域における陸海結合システムの研究では考慮されていなかった新しい事実であり、今後、陸―縁辺海―大洋の大スケールで起こっている物質輸送を評価する上で重要な知見となった。近年、オホーツク海の陸棚水(DSW)形成域における海洋表層の塩分がカムチャツカ半島の降水量と逆相関であることが報告され(Uehara et al., 2014)、DSW 形成に与えるカムチャツカ半島の陸水の影響を解明することが喫緊の課題となった。我々は、陸面モデル SWAT を活用し、過去 30年間の気象客観解析データを入力値としてカムチャツカ半島の河川流量の推定を試みた。ロシア水文気象環境監視局から入手した 13 河川の月別流量を用いてモデル出力値の検証を行い、カムチャツカ半島から太平洋ならびにオホーツク海に流出河川流量を定量化することに成功した。これにより、河川流量を考慮して、DSW 形成における海洋表層塩分の影響を陸と海の相互作用の観点から定量化することが可能となりつつある。
親潮域が豊かな海である要因は、「アムール川湿原から流出し、オホーツク海大陸棚から海洋循環を通して供 給される鉄分」を通した「陸海結合システム」にある。このシステムの駆動源は、表層を亜熱帯から亜寒帯に流入した海水がオホーツク海で海氷生成時に高塩化して重くなり沈降し、北太平洋中層水となって広がり低緯度に至る、北太平洋の子午面循環である(図 1)。オホーツク海で沈降する海水(高密度陸棚水;DSW)の塩分は、子午面循環の上流側に位置するカムチャツカ半島の降水量に敏感なため、この半島から海洋に流出した河川水が DSW 塩分を通してこの子午面循環の変動を引き起こす可能性が高い。以上より、本研究では、大気変動を海洋に伝えるカムチャツカ半島の降水・雪氷・河川に着目し、DSW の塩分調節を通した子午面循環の変動機構、さらには環オホーツクの「陸海結合システム」に対する制御メカニズムの解明を目的とする。
科研費基盤研究(A)(2017〜2019年度)17H01156(研究代表:三寺史夫)
我が国周辺海洋の生物生産や水産資源を生み出すシステムを理解する上では、陸に対して極沿岸、沖合、縁辺海、外洋と複数のスケールにおいて、陸と海の水循環・物質循環を介した繋がり(陸海結合システム)を理解し、それらを統合することが欠かせない。これまでの多くの研究では、陸域、沿岸域、縁辺海域、外洋域とそれぞれ別に研究が進められており、またそれらは海域別に分断されて実施されてきた。また、陸と海の関わりについても、陸―極沿岸、縁辺海―外洋域の研究例がいくつか示されたに過ぎない状況である。本申請の研究では、陸‐極沿岸、極沿岸―沖合・縁辺海、縁辺海-外洋域といくつかのスケールで陸海結合システムを捉え、水循環・物質循環研究の観点から各スケールに存在する課題とその解決方法を抽出し、その課題に取り組み、それらの情報を結合することで、統合的に日本周辺に存在する陸海結合システムの重要性を捉えることを目指す。
北海道大学低温科学研究所共同研究 開拓型研究(2017-19年度)(代表:長尾誠也(金沢大学)