海洋では、低緯度から高緯度に運ばれた表層の海水が極域の寒気にさらされて重くなり、深く 沈み込みながら中深層を通ってまた低緯度に戻るという、南北面(子午面)での鉛直循環、いわ ゆる子午面循環が生じている。北太平洋域で生成される最も重い水はオホーツク海北西部の活発 な海氷生産により出来る高密度陸棚水(Dense Shelf Water; DSW)であり、酸素、CO2等を海表 面から取り込みながら北太平洋の中層を通気する浅い子午面循環を形成する。DSW はまた、海洋 基礎生産に重要な鉄など栄養物質の長距離輸送に寄与しており、豊かな親潮海域の基盤であるこ とがわかってきた。
北太平洋で沈み込む子午面循環が中層までしか到達しないのは、表層塩分が南極周辺海域に比べて低いためである。このことは、オホーツク海北西部の表層塩分が、 北太平洋の子午面循環の変動を決定する主要因であることを意味する。したがって子午面循環の変動を解明する ために先ず肝要なのは、沈み込みを起こす DSW の塩分変動の把握である。しかしながら、DSW が生成されるオ ホーツク海北西部はロシアの排他的経済水域(以下、ロシア水域)にありデータが少ない。そこで我々はロシア極東海洋気象学研究所と共同研究することにより、これ まで未公開だったロシア水域のものを含む海洋データを解析し、DSW の塩分とその変動要因の抽出に成功した。その結果、DSW 塩分は低塩化傾向や 10 年規模変動を示すこと、また変動を引き起こす重要な要因は、アラスカンストリームや西部亜寒帯循環から発し、ベーリング海を経由 してオホーツク海北部に到達する、表層塩分アノマリの長距離伝搬であること、を発見した(図3)。 表層塩分アノマリは陸岸に沿って伝搬するので、カムチャツカ半島など陸への降水(すなわち、 河川を通した海への淡水供給)の影響が大きいこともわかってきた。数値実験によると、中層温暖化に対する降水変動の影響は、海氷生産による高塩水供給量変動の影響とほぼ同程度である。
一方で、北太平洋亜寒帯域では蒸発に対して降水に よる淡水供給が過多であり、表層塩分は常に希釈される傾向にある。この希釈を補うため亜寒帯への塩供給が必要だが、それを担っているのが、亜熱帯循環と亜寒帯循環の境界を横切る子午面循環の表層ルートである。この 循環境界を横切るルートが北海道東方 1000 km沖合にあ る海洋表層ジェットであることがわかってきた。このジェットは海洋の真ん中にあるにもかかわらずほぼ決まった位置にあるため不思議に思われてきたが、我々の研 究により、水深 6000m の深海にある 500m ほどの海底起伏が表層ジェットを作り出すというメカニズムが明らかとなった。この表層ジェットが高温高塩の黒潮水を亜熱帯から亜寒帯循環へと運び、それがやがてオホーツク海に到達して中層に沈み込むという、北太平洋子午面 循環の三次元的構造が見えてきた。
表層と中層を繋ぐ北太平洋子午面循 環の模式図。白が表層、黒が中層経路。太 い破線矢印は亜熱帯から亜寒帯への高塩 水供給ルートである海洋表層ジェット
海洋表層ジェット形成のメカニズム。 中緯度起源の厚い表層をピンク、亜寒帯起 の薄い表層を青で表す。層厚が急激に変 化するところに海洋表層ジェットができる。深海 6000m にあわずか 500m ほどの 北海道海膨と呼ばれる海底起伏がこのジ ェット形成には本質である。