オホーツク海は大陸によって北極海と隔離された典型的な季節海氷域であり、海氷の存在の故に独特の水塊を形成して千島列島を介して広く太平洋の水塊特性に影響を与えている。また、冬 季モンスーンはオホーツク海の海氷域で変質を受け、その影響は北半球の広い領域に及ぶ。この ように、オホーツク海の海氷の振る舞いを理解することは環オホーツク圏のみならず北半球の気 候を理解する上で大変重要である。特にオホーツク海南部は沿岸結氷域を除外すれば世界で最も 低緯度に位置する海氷域であるため、海氷の物理・化学特性そのものにも興味が注がれる。
歴史的に見れば、日本におけるオホーツク海の海氷観測は 1892 年の網走・根室測候所による沿 岸観測に端を発し、その後も船舶や航空機、それに近年では衛星による海氷分布の観測等により海氷域の季節変動や年々変動は明らかになった。しかしながら、海氷の成長・融解に関わる素過 程を理解するために必要な現場データは限られており、この面での実質的な観測が開始したのは 巡視船「そうや」を用いて海上保安庁と北大低温研による協同観測が始まった 1996 年と言える。 爾来、観測は 24 年間継続して実施されており、オホーツク海の海氷の特性が様々な側面から少し ずつ明らかになってきた。
我々の観測研究は、物理的な側面としては主に実態に基づく季節海氷域の数値海氷モデルの構築という観点から取り組んできた。まず、海氷が成長する熱的な特性として、短波放射の寄与が顕著なため海氷成長量は限られることが分かり、さらに、結晶構造解析から南極海氷と類似して 10 cm 程度の層が積み重なった構造をしていることから、海氷成長過程においては力学的に互いに積み重なる変形過程が本質的であることなどが明らかになった。そこで、海氷の力学過程を理 解することを目指して1広域の氷厚変動を把握すること、2海氷域の基本的な構成要素である氷盤分布の特性を明らかにすること、3海氷のレオロジーの検証のテーマに取り組んだ。1については衛星 L-band 合成開口レーダーから氷厚分布を見積もる可能性を観測から検証して回帰式を求め、2についてはヘリコプター観測などを通して解析を行った結果、氷盤の大きさ分布には自
己相似性が見られること、その特性はおおよそ氷縁からの距離で定まることなどを見出して波- 海氷相互作用の重要性を明らかすることができた。3については、従来数値海氷モデルで伝統的に用いられてきたレオロジーを漂流速度や氷厚の観測データをもとに理論的な観点から検証を試みた結果、比較的肯定的な結果が得られたものの、季節海氷域では海氷運動の空間変動が大きいが故に適切なパラメタリゼーションの開発の必要性を示すことができた。現在は擾乱下のフラジ ルアイスの形成過程も課題の一つとして取り組んでいるところである。化学的な側面としては、 主に海氷が化学成分を運搬する役割という観点に着目して取り組んできた。その結果、海氷中に は海洋中に比べて数倍もの高い濃度をもつ鉄分が含まれていることが分かり、海氷は基礎生産量 や生態系の維持という点でも重要な役割を果たすことを示すことができた。
比較的長期にわたり継続した観測データを蓄積できたことから、今後は気候との関わりという点からもオホーツク海海氷の特性に目を向けてゆきたいと考えている。