2026年2月15日 説教  愛されること、愛すること。  藤原健久

https://youtu.be/VZZLa8trzTU

出エジプト記24:12,15-18

フィリピの信徒への手紙3:7-14

マタイによる福音書17:1-9


 神様はイエス様を指し示して、こう言われました。「これは私の愛する子、私の心に適う者。」これと同じ御言葉を、私たちは最近耳にしました。ちょうど1か月ほど前、1月11日の礼拝です。ここでも神様は、イエス様を指して、同じ言葉を仰いました。けれども、状況は全く違いました。先月は、イエス様の洗礼の場面でした。イエス様が洗礼を受けられた直後に、神様はこう仰ったのです。

 イエス様の洗礼は、イエス様の宣教活動の最初にありました。そして本日は、イエス様の宣教活動の真ん中です。その両方で、「これは私の愛する子」という御言葉が語られました。ここから察するに、イエス様のご生涯は、「これは私の愛する子」という神様の思いで一貫していたのでしょう。

 では、イエス様の宣教生活の最後はどうかというと、このみ言葉はありません。その代わりにあるのが、復活です。このことによって、イエス様の復活は、神様のイエス様への愛を現したものである、ということを私たちに教えてくれているように思います。

 「これは私の愛する子。」これはイエス様だけに語られたものでしょうか。きっと、私たち一人一人にも語られていると思います。神様に愛されていることを覚え、人を愛し、奉仕したいと思います。