前稿で,シクロデキストリン(CyD)を脱臭剤に利用した噴霧剤が市販された際は少々びっくりしたと書いた.その後もCyDを使ったいろいろな商品が開発され,日常の生活の中で,知らないうちに摂取したり,あるいは接触している.頭から足の先まで,住環境,家庭用品,トイレタリー,さらには体の中までシクロデキストリン分子でいっぱいと言っても過言ではない.
シクロデキストリンを利用した商品についてウエブ検索した結果のごく一部を以下に図示した.
なお,公表されている食品や飲料の成分を調べる際は,「シクロデキストリン」ではなく,「環状オリゴ糖」で検索する必要がある.
● 加工食品に使用した例としては,インスタント茶,インスタントコーヒー,紅茶,ジュース,青汁,各種スープ,チューブ入りワサビ,ニンニク,カラシ,ショウガ,チョコレート,ケーキ,カマボコ,ドレッシング,キャンデー,ガム,甘味料,カップ麺,缶詰等々
● ヘルス,ビューティー,トイレタリー製品としての使用例は,外用,内用様々.植物繊維,乳酸菌,サプリメント(アミノ,プロテイン),不飽和脂肪酸,αリポ酸,コエンザイムQ10, アスタキサンチン,酵素,ローヤルジェリー,ウコン,コラーゲン,ビタミン等のドリンク等々
● 消臭剤,口臭除去剤,マスク,オムツ,靴中敷,化粧水、化粧クリーム、シャンプー、リンス等々
● CyDそのものも市販されている 食事前後の飲み物に混ぜたり,炊飯時に添加する等多彩.また,食前に2〜3g摂ると,オリゴ糖,植物繊維,吸着剤として機能すると宣伝しているものもある.メタボ対策やダイエット効果を暗示させているものもある.
実用的利用
大別すると,家庭用品&化粧品,医薬品,食品飲料の三つの分野で利用されている.その目的は以下に示すとおりである.安定化,徐放,物性改変 乳化等の作用に分類できる.
1)揮発成分の保持,徐放(香料,茶,コーヒー,アルコール(食品防腐剤))
2)熱,酸化,酵素,光で分解する成分の安定化(ワサビ,ニンニク,カラシ,ショウガ,ビタミン,ルチン,色素)
3)苦味,不快臭の矯味,矯臭(酢,生薬,漢方薬,消臭剤,口臭除去剤,柑橘類)
4)難水溶性物質の可溶化(紅茶,蜜柑の缶詰,ビタミン類)
5)乳化作用(脂肪,脂肪酸,炭化水素:洗剤,アイスクリーム,ドレッシングなど)
6)その他
1970年の工業化以来,シクロデキストリンを利用した商品が登場してかなりの時間が経つが,商品として記憶に残っているのは化粧品である.ビバーチェパウダーコロンはヒドロキシプロビル化βーシクロデキストリン(HPBCD)を利用していた.微香性の香料は環状オリゴ糖の中に包接されているため,つけてすぐには揮発することはなく,肌の表面にとどまる.しかし,汗などの水分を感知すると,少 しずつ香料を放出する.汗が引き金となり「香り」を発生させるわけである.そのため,ほのかに香りが長時間持続すると言われていた.香料を放出し,空になった環状オリゴ糖は,代わりに皮脂や体臭成分を包接し,体臭を防いだらしい(現在は販売されていない).
化粧品にシクロデキストリン抱接体を用いた例は数多い(ヘアケア,スキンケア,ネイル関連製品).フタルイミド過酸化カプロン酸(美白効果)はβ-CyDを用いて安定化を図っている.リノール酸(ビタミンF,シミ改善)は不飽和脂肪酸の空気酸化を防止するため,α-CyDを用いている(馬油等).
バイオアベイラビリティ(生物学的利用能,服用した薬物が全身循環に到達する割合)の面からみると,ビタミンE(トコフェロール)ではラジカル消去活性を長期保持するために,また,コエンザイムQ10の場合,水に対する親和性を増し,光分解の防止,空気に対する安定性を改善するため,γ-CyDを用いている(抗酸化活性の改善,ラジカル消去活性増強).そのほか,パーソナルケア用として,メントール,柑橘系オイル,ヒノキチオール,ラベンダーオイル,シトロネラール,その他の植物油の抱接化合物が使用されている.
現在,あちこちで見かけるファブリーズ(消臭剤)は,メチルあるいはヒドロキシメチル化β-シクロデキストリンを霧状に噴霧する.メーカーのホームページにはトウモロコシの成分と書かれている.同時に噴霧される殺菌剤はQuat(クウォット)と公表されているが,塩化ベンザルコニウムと思われる.塩化ベンザルコニウムについては本ウエブページで蒼苔退治剤として紹介した.
イソ吉草酸のβ-CyD包摂予想図
PM6計算構造
足の悪臭成分
カテキン含量の多い緑茶(ヘルシア,緑茶および五穀めぐみ茶)が市販されているが,含有量が多いゆえの苦味を抑え,沈殿を防ぐため,γ-シクロデキストリンが使われている,環状オリゴ糖についての花王の説明(Q&A「成分,表示について」) 2023.6.18 リンク修正
ガロカテキンガレート (GCG) のγ CyD包摂予想図
AM1計算構造
緑茶の成分
その他,チューブ入り生わさびは辛味成分の保持(類似製品),口の渇きスプレー,ウコンやコラーゲン入りのドリンク剤などにも使用されている.チョコレートを含む菓子やケーキなどは枚挙にいとまがない.
シクロデキストリン抱接化合物が医薬品として市販されている例は,6?種類程度でそれほど多くはない.特許として申請されている数に比べると,はるかに少ない.その中で,プロスタグランジンE2とβ-シクロデキストリンとの包接複合体が有名である.
ニトログリセ リンの場合は,揮発性を防ぐ目的のため,ニトログリセリン・β-シクロデキストリン複合体舌下錠が開発されている.第二世代セフェムの塩酸セフォチアムヘキセチルの場合は,溶けやすくする目的で,添加物のひとつとしてα-シクロデキストリンが使用されている.経口抗真菌剤の溶解補助剤として,ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンを利用し,空腹時服用を可能にしたものも開発されている.そのほか,漢方薬の場合,煎じ薬の臭いや苦味を抑えるため,添加剤として熱に強いシクロデキストリンを用いる例もある.
シクロデキストリンにトレチノイン(ビタミンA誘導体)を抱接させ,シミやしわの治療に用いたり,デキサメタゾン―シクロデキストリンマイクロ粒子を用いた点眼治療の報告もある.
ヨード抱接体についてはポビドンヨードとの比較実験が公表されている.資料によると,硫化水素,メチルメルカプタン,アルデヒド,有機酸の包摂が認められている.
最近は,ドラッグデリバリーシステム(DDS)目的で利用しようとする研究が盛んである.シクロデキストリンのDDS面での応用を考えた場合,αやβ-体などの天然シクロデキストリンは溶解性や包接複合体形成能力が十分ではないため,その応用範囲に限界がある.そこで,機能性や生体適合性を高めた各種のシクロデキストリン誘導体が開発され,検討が行われている.メチル化体,ヒドロキシプロピル化体,分岐体などの親水性誘導体やスルフォブチルエーテル化体などのイオン性誘導体は,難水溶性薬物の速放出用担体として有用である.
そのほか,シクロデキストリンを利用して,トランス脂肪酸類の選択的分離方法などの研究も実施されている.
6年制薬学教育では,構造式に弱い薬剤師を養成する結果になっているが,危険ドラッグの場合にも言えるように,化学に強い薬剤師を養成する必要があると思うのは私だけではないようだ.
参考資料
◯CyDの形状
シクロデキストリン(CyD)は1903年に発見された.CyDには,α,β,γの三種類が存在し,それぞれグルコースが6,7,8個環状に繋がっている(環状オリゴ糖).空孔の内径はα体で 4.7–5.3Å,β体で 6.0–6.5 nm、γ体で 7.5–8.3 nm 程度とされている.深さはほぼ7.9 nm,空洞体積は174,262,427A3である.β体は丁度ベンゼンが入る大きさの空洞を有している.これらの空洞の外側は水酸基のため親水性であるのに対し,内側は疎水性(親油性)を有し,種々の有機化合物を取り込み,抱接体を形成する.
◯CyDの安全性
WHO(世界保健機関)とFAO(国連食糧農業機関)の共同組織であるJECFA(世界食品添加物合同専門家会議)の安全性評価では,
α-シクロデキストリンとγ-シクロデキストリンは「制限なし」,β-シクロデキストリンは「それなりの制限あり」というのが世界的な安全性評価と考えられる(表の一部をそのまま転載).
CyD ADI (mg/kg bw/day)
α 特定しない
β 0-5
γ 特定しない
ADI (Acceptable Daily Intake)は一日摂取許容量のこと.食品に用いられたある特定の物質について,生涯にわたり毎日摂取し続けても影響が出ないと考えられる一日あたりの量を,体重1kgあたりで示した値をいう.
最近は,化学修飾したシクロデキストリンが合成され,盛んに利用されている.メチル化体,ハイドロキシメチル化体,ヒドロキシプロビル化体などである.なお,化学修飾したシクロデキストリンの置換位置,置換数は単一ではなく,数種類の混合物である.置換体の安全性についての情報は調査中.
シクロデキストリンの水に対する溶解度は,β体が 最も低く18mg/mLである.α体はβ体の8倍,γ体は13倍溶けやすい.β体はメチル化すると溶解度が上がる.トリメチル体の溶解度は50 mg/mLである.
◯イトラコナゾール 水に難溶性のイトラコ ナゾールを溶解補助剤のヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン(HB-β-CD)で包接し,溶解度と吸収率を一定にした薬剤が開発された.しかし,「ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン」(HB-β-CD)によって、胃腸障害の発生が懸念されるという報告がある.
◯CyDの分子計算について 従来,専用パラメーターを用いた分子力場法(古典的力学的手法)が使用されていたが,計算機の高速化によって分子軌道計算が可能になった.相互作用の詳細が電子レベルで解析可能である.ここでは半経験的分子軌道計算を利用した.CPUはCore i7搭載PCである.
◯シクロデキストリンとゲストの1:1抱接体に,さらにもう1モルのシクロデキストリンが覆い被さったような1:2抱接体も確認されている.次図はカテキン類の例である.
◯β-シクロデキストリンーベンゼン抱接体(PM6計算構造)
ファンデルワールス半径(原子や分子がお互いに入り込めない半径,原子の大きさを表すと考えることができる)を加味した充填構造で見ると,β-シクロデキストリンの空洞に入る分子はベンゼン環程度であることが理解できる.サルチル酸のCyD抱接体(皮膚病薬)等はベンゼン環は空洞に沿った構造である.
ベンゼン 計算上は桶の底の様な抱接も予想可能
ベンゼン 空洞に沿った抱接
β-CyD-サルチル酸抱接体 (PM6)
(2015.01.02)