エバーメクチン

今年のノーベル生理学・医学賞は,北里大学特別栄誉教授の大村智氏,アメリカ・ドリュー大学の名誉リサーチフェローを務めるウィリアム・キャンベル氏,中国の屠ユウユウ氏の3人の研究者が選ばれた.

大村氏は,放線菌が作り出す化学物質「エバーメクチン」が寄生虫の駆除に高い効果を持つことを明らかにし, 今回,共同受賞したアメリカ・ドリュー大学の名誉リサーチフェローを務めるウィリアム・キャンベル氏と,エバーメクチン を改良した「イベルメクチン」を作りだし,寄生虫の駆除薬として実用化した.その効果はきわめて大きく当初は動物用の薬として世界中で販売されていたが,その後,類似の寄生虫が原因となる人の病気でも劇的な効果があることが分かった.屠氏は,古い書物から伝統的な治療法を研究し,薬草として知られていた植物からマラリアの原因となる寄生虫に効果のあるアルテミシニンという化合物を抽出することに成功した.

先生の業績の詳細については,Web のあちこちで紹介されているので省略するが,平和賞,化学賞を授与されても不思議ではない.ここではよく訊かれるエバーメクチン (avermectin) 類の構造を示しておきたい.16 員環マクロライド(大環状ラクトン)骨格を有する化合物であり,カラー矢印の部位が異なる8種の化合物が知られている.

農薬として使用されているアバメクチン (abamectin) は,B1エバーメクチンの混合物 (avermectin B1a + avermectin B1b),寄生虫駆除薬のイベルメクチン (ivermectin) はスピロ環の赤矢印部位の二重結合が飽和した化合物 (22,23-dihydroavermectin B1a + 22,23-dihydroavermectin B1b) である.

マクロライド抗生物質の構造研究に,13C-核磁気共鳴 (13C -NMR)スペクトロメトリーを導入し,炭素 (13C) のスピン格子緩和時間T1を用いて,原子団の運動性を議論する手法は啓蒙的であり,天然物,有機化学研究者全般おおいに役に立った(1970年代,米国化学会誌や英国化学会誌).

エバーメクチン

Ivermectin = 22,23-dihydroavermectin B1a + B1b

エバーメクチンは芳香環がないので,経験的分子力場法が適用できる分子である.下図は配座探索プログラムによって算出した安定構造

ニュースで大村先生の受賞を知った時,先生の業績は日本薬学会誌「ファルマシア」などで度々紹介されていたので,さほど驚かなかった.私は,まったく別のことが頭に浮かんだ.

25年前,「ファルマシア」は「大学院改革」問題を取り上げていた.その第二弾に当時の錚々たるメンバーによる本音で語った座談会の内容が掲載された.その最後の部分で,当時北里研究所理事・所長の大沢先生は,大学院進学率に関連して,「最後に一つ言いたいことがあるんです.男子の学生にとっても魅力ある薬学にならなければ,日本の薬学の将来は暗い一学部における比率がせめて半々ぐらいにならなければ・・・・」と発言された.他機関から薬学部に移り,長年薬学部で教育,研究に携わった経験(1968年助教授,1975教授)からの発言であり,先生といえども大学院生集めに苦労された末の発言だったのだろう.他の出席者もその発言内容の意味するところを理解し,座談会を終わっている.

その5年後,入試管理委員であった私と学部長は,推薦入試に関連して西日本新聞の記者の取材を受けた.取材後の立ち話の際,同じ趣旨の発言をしたら「本音を吐いた」と記事に書かれたことがあった(1996年(平成8年)12月1日朝刊).私の話し方に問題があったのかもしれないが,当時は「研究者指向の学生を選択する」のは一般的な考えだった.その十年後,薬学部のカリキュラムのうち薬剤師養成を主目的とする課程の修業年限が4年から6年に延長された(6年制薬学教育).一方では,天然物の抽出,単離,構造決定,微生物の産生する化合物の探索,系統的置換基変換による有機合成などのランダムスクリーニングは学問ではないという雰囲気が生まれた.その結果,このような分野を維持してきた地味な研究室はイノベーションを標榜する研究室に取って代わられている.

米光 宰 北海道大学薬学部教授

大村 智 (社)北里研究所理事・所長

名取 俊二 東京大学薬学部教授

久保 陽徳 明治薬科大学教授


・大学院の現状と改革の必要性

・大学院の自己評価

・大学院重点化構想

・私学大学院改革の考え方

・学部の6年制

・最後に一言

6年制課程も10年目を迎え,薬学教育評価機構による外部評価が進行中である.これまでに公表された評価結果を読むと教育改革の答えは出たようである.最近,創薬指向の4+2課程(4年制課程+修士課程)を増設した私立大学も現れた.北里大学薬学部は,6年制課程(薬学科)設置時に,4年制課程の生命創薬科学科を設けている.Webページには以下の記載がある.

薬学科(6年制・薬剤師国家試験受験資格有り)

生命創薬科学科(4年制・薬剤師国家試験受験資格無し・学者養成が主

なお,国立大学は6年制課程移行時に,4+2課程を併設しているが,私立大学の場合は1/3以下で定員もわずかである.大村先生のノーベル賞受賞を機に,創薬研究に果たす基礎薬学の重要性を再確認すべきではないかと思っている薬学人は多い.

ついでに

糸状菌の産生する新規抗インフルエンザウイルス物質について,学会報告の際,「タミフルだけがインフルエンザの薬じゃない?!」というタイトルであった.その後,Wickerol と命名されたようである.3H-5a,9-methanocycloocta[cd]indene skeleton (fused 6-5-6-6 ring system)で表される6員環3個と5員環1個が縮環したジテルペン系化合物であり,アダマンタン系抗ウイルス剤(アマンタジン塩酸塩)との関連で大変興味深い.

別のグループが5ステップで合成したという報告がある (Tetrahedron Letters, Volume 55, Issue 14, 2 April 2014, Pages 2183–2186).

・第128年会講演ハイライト 講演タイトル:糸状菌の産生する新規抗インフルエンザウイルス物質の単離、構造およ び活性

タミフルだけがインフルエンザの薬じゃない?!

・Trichode」Uma 属糸状菌の 生産する 新規抗インフルエ ンザウイルス物質 Wickerols

天然有機化合物討論会講演要旨集 (50), 385-390, 2008-09-01


参考資料

大村智先生 : トピックス - 日本薬学会に紹介されている論文および各種資料 リンク切れ

大村 智博士 ノーベル生理学・医学賞, 日本薬学会 ... - J-Stage 2021年2月28日追記

大村智博士の紹介 - 大村智記念学術館大村智記念学術館 2021年2月28日追記

大村 智,薬学雑誌,106 (9) , 729-757 (1986). マクロライ ドをはじめとする各種抗生物質に関する研究

エバーメクチンの発見とその後の展開 - 日本抗生物質学術協議会

(2015.10.18)