薬歴未記入問題

薬歴未記入問題(予想可能の不祥事,薬学管理料,薬歴,医薬分業,大手調剤薬局,医療倫理)

「情報を調剤する」と言われるようになって久しい.

父の時代,街角の薬局には試験室,調剤室があり,簡単な化学実験ができる設備が整っていた.昭和 38 (1963) 年の薬剤師国家試験では実地試験(調剤実技)が課されたが,そのための練習は実家の調剤室で行った.

その後の科学技術の進歩は,開局薬剤師の手による調合,調剤の必要性を奪ってしまったと言っても過言ではない.そのような状況下, 昭和50年代末頃から「調剤とは情報を調剤すること」と言われるようになった.さらに,社会全体の情報化が進むと,その傾向はさらに強くなり,薬剤師の職務は,情報提供,服薬指導,薬歴管理へシフトしていった.

そのような時代変化を反映した法改正が行われ,平成 4 (1992) 年には薬剤師の医療従事者入り,次いで平成 8 (1996) 年には,薬剤師による情報提供が義務化された.

この間,我が国でも医薬分業が進んだ.とは言っても,大衆薬中心の街角の個人経営の薬局が医薬分業へシフトしたわけではない.

また,医師を頂点とする医療従事者が医薬分業の必要性を真に認識するに至ったわけでもない.

一言で言えば,

国が,院外処方箋を発行する行為に対する評価を高くした利益誘導によって医薬分業を図ったからである.

その結果,医薬分業率は,平成 24 (2012) 年には66.1%に達した.

しかし,調剤薬局は,医薬分業の存在意義などどうでもよい利益追求タイプのビジネスマンのターゲットになってしまった.最近,その弊害を象徴する不祥事が起こってしまった.ツルハホールディングス子会社のくすりの福太郎,イオンの子会社CFSコーポレーションによる「大量の薬歴未記入問題」である(2月22日時点).

これは氷山の一角であり,この問題が発覚した後に急いで対応している業者もいるのではないだろうか.

経営者は「未記載による健康被害の報告はない」と言っているようだが,そのような考え方をすること自体が問題である.食品異物混入事件と同じ思考パターンである.極言すれば,飲酒運転をしても事故を起こさなかったというのと同じである.

今回の問題では,結果ではなく過程が大切であることをまったく分かっていない.担当した薬剤師は単なる販売員であり,治療の最適化などの対応を放棄していたことになる.国は,調剤基本料や調剤料とは別に,薬学管理料を設け,薬剤師による薬学的管理,服薬指導,情報提供,在宅医療への取り組みな どを評価し点数化していることを悪用したとしか思えない.そんな時間があったらどんどん処方箋を集めるように指示されていたというからあ然とする.薬局が1日に受け付ける処方箋40枚につき薬剤師1人を配置する省令を意図的に無視したと言われてもやむを得ない.薬剤師も調剤報酬点数表の内容を理解していないと思わざるを得ない.

医薬分業先進国の欧州の薬剤師は,医薬品の独占的な販売権や調剤権を国家から認められることと引き換えに,薬の危険から国民を保護する役割が課せられている.我国における調剤薬局の多くは門前薬局であり,その存在性はパチンコ屋の景品引換所と同じという人もいる.今回の不祥事はそのような考えを助長する結果になってしまったことを企業幹部は強く認識すべきである.

4年制課程の薬剤師だけではなく,完全医薬分業を前提として推進された6年制薬学教育を無駄にしないためには継続的再教育(卒後教育)が必要である.その際,薬剤師業務の電子化に対応する能力の付与は緊急の課題と考えられる.

医薬分業に伴う点数(1点10円)

診療側

処方せん料 68点,7種類以上の内服薬の投薬の場合40点

調剤薬局側

薬学管理料

薬剤服用歴管理指導料 下記以外 41点(処方せん受付1回につき)

薬剤情報等を手帳に記載しない場合 34点(処方せん受付1回につき)

長期投薬情報提供料1 18点 (情報提供1回につき)

長期投薬情報提供料2 28点 (服薬指導1回につき)

服薬情報等提供料 15点 (月1回)

その他

調剤基本料などの詳細は省略

基準調剤加算1 10点

基準調剤加算2 30点

後発品体制加算1(55%以上)18点

当該保険薬局において調剤した後発医薬品のある先発医薬品及び後発医薬品を合算した規格単位数量に占める後発医薬品の規格単位数量の割合が五割五分以上であること。

後発品体制加算2(65%以上)22点

追記1

今回の問題で,二名の調剤薬局の薬剤師の意見を聞いた.本業界の動向から予想可能な不祥事である.患者によっては,「先生(担当医)に話しているから,個人情報を薬剤師に話す必要はない」と主張する人もいて,電子カルテを共有することによって患者情報が得られない限り,処方箋のみからの情報収集には限界があることもある.さらに,薬剤師業務を支援するコンピュータシステムを使いこなしていない可能性が高い.それにしても薬歴を未記入状態で放置する神経は理解できないというのが結論であった.

追記2

朝日新聞デジタル 2015年2月12日12時16分

薬歴の記載、指導徹底を要請 福太郎問題で日本薬剤師会

薬局チェーン「くすりの福太郎」(千葉県鎌ケ谷市)の薬局で大量の薬剤服用歴(薬歴)が記載されていない問題を受け、日本薬剤師会は10日付で、都道府県の薬剤師会に対し、薬歴をきちんと記載するよう会員への指導の徹底を要請する通知を出した。

通知では、今回発覚した薬歴の未記載について「もし事実であるならば薬剤師全体並びに保険調剤の信頼性をおとしめる行為で誠に遺憾であり、あってはならないことと受け止めている」とした。その上で、都道府県薬剤師会に、薬歴を活用した服薬指導の必要性と重要性の会員への指導を徹底するよう求めた。

日本薬剤師会は約10万人の薬剤師を会員に持つ公益社団法人。

参考リンク

日本薬剤師会「医薬品の安全使用のための業務手順書

(2015.2.23)