超親水性とは

超親水性とは

(発現機構,紫外線,架橋酸素の脱離,毛管現象,格子酸素の酸化)

前稿で紹介した超親水性の発現機構について調べてみた.

下図は,Natureに掲載された写真である.紫外線によって超親水性が発現し,劇的に変化する例が掲載されている.

a. 紫外線照射前の疎水性の表面

b. 紫外線照射によって高親水性の表面へ変化

c. 疎水性酸化チタン被覆ガラスを水蒸気に暴露.霧の形成(小さな水滴)によって,ガラスの背後に置いた紙の上のテキストは

曇って見えない.

d. 紫外線照射により形成された防曇表面.高い親水性は,水滴の形成を防止するためテキストがはっきりと見えるようになる..

超親水性の原理

著者のひとりである下吹越光秀氏(TOTO)が「表面技術」の「かいせつ」で説明している内容をそのまま引用させてもらった.

当初は,超親水性の発現も活性酸素により光触媒表面の疎水性の有機物が分解され,表面が清浄になることに起因していると考えていた.しかし,その後の研究により,TiO2表面の酸素と水酸基 (化学吸着水)の置換,それにともなう二次元的な毛細管現象に起因することがわかってきた.

定常状態のTiO2表面では,図2一 1に示すように,TiとTiの間を酸素が架橋して安定化 している(架橋酸素).この状態では,表面は疎水性を示し,表面に水をたらしても水玉状に弾いてしまう.この表面に紫外線を照射すると,一部の架橋酸素が 脱離して酸素欠陥が生じる(図2一 2)この酸素欠陥に空気中の水分が解離吸着して,化学吸着水(表面水酸基)が生成して(図2一 3)親水性になる.更に,図2一 4に示すように,化学吸着水に空気中の水分が吸着して,水素結合により物理吸着水層が生成することで,親水性が強くなる.この結果,疎水性表面の中に親水 性のドメインが生成し,親水部と疎水部が混在する構造ができる.このような表面構造上では,水が二次元的な毛細管現象により親水部に吸収されるため,水をたらしても水玉を作ることができずに表面にぬれ広がり,超親水性を発現する.紫外線の照射を止めると,表面水酸基が再び酸素と置換 して図2一 1の疎水性状態に戻ってしま う.

光触媒の超親水化原理(論文を参考にして作図)

紫外線照射で酸素が脱離し,水が入ってくる過程(2→3)については,別の報文(東大 橋本和仁教授等)で以下のように説明されている.

光励起によって電子ー正孔対ができるところまでは従来の酸化分解型の光触媒反応と同一である.超親水になる際は一部の電子,正孔が吸着物質と反応せずに,酸化チタン自身の結晶格 子と反応する.すなわち電子が4価の格子チタンを還元するのと同時に,正孔 (h+) が格子酸素を酸化して,酸素ガスを発生し酸素欠損 (Vo+) を 生じる.

e- + Ti4+ → Ti3+ (i)

2h+ + O12 -→ 1/2O2 + Vo+ (ii)

水和状態 (Ti3+ -OH) は,水が酸化チタン表面に化学吸着した状態 (Ti4+ -OH) とは異 なる.この状態は空気中で準安定状態になると考えられ,光照射を止めた後は,空気中の酸素による酸化反応によって疎水化する.

無機化学,半導体化学,界面化 学,さらにその光化学となると薬学領域の人間にとっては異分野の広域科学である.紫外線による酸素の脱離が固体表面に露出している原子だけの問題なのか, それとも結晶内の酸素原子も関与しているのか今ひとつ理解できないところがあるが,何となく全体像が見えてきた.

なお,酸化チタン光触媒による水の電気分解現象の発見と応用面の研究を展開した藤嶋先生は毎年ノーベル化学賞の候補にあがっている.

ついでに

Stewartが開発を進めている MOPAC12(半経験的量子力学計算法)では,チタンを含む分子も計算できるようになった.そこで TiO2 単分子とその結晶構造内で見られる4〜6個の酸素に囲まれたTi の結合様式の相違について知るために,PM6 計算を行ってみた.

結晶では,Ti を中心に4個の酸素が同一平面内に1.946Åの距離,さらにその平面と垂直に上下に2個の酸素が1.983Åの距離に位置している.TiO2の連続菱型構造を平面として計算を行った.

単分子の場合,HOMO -8.387 eV, LUMO -1.396 eVである.

連続菱形構造(計算モデル−1)では,HOMOとLUMOはそれぞれ -7.646,-3.7716 eV であり,HOMO, LUMO が大幅に接近する.

単結晶X線構造では,チタンは6個の酸素に囲まれているので,実際のHOMO-LUMOギャップはもっと小さいはずである.結晶から抽出した座標を用いた「計算モデル−2」の1SCF計算では,HOMO, LUMO は -6.947, -4.652, HOMO-LUMOギャップは 2.3 eV である.TiO2を17個を切り出した「計算モデル3」では,HOMO,LUMO はそれぞれ -6.374, -4.404 eV, HOMO-LUMO ギャップは1.97 eV である.なお,実測値は 2eV と報告されている.

結晶構造 Ti -- O 1.946, 1.983Å

TiO2 HOMO -8.387 eV LUMO -1.396 eV, Ti -- O 1.88Å

(TiO2)6 HOMO -7.646 eV LUMO -3.716 eV, Ti -- O 1.92Å 計算モデル−1

(TiO2)4 HOMO -6.947 eV LUMO -4.652 eV, 計算モデル−2(結晶座標1SCF計算)

結晶解析データ


Packing Spacefill

計算モデル−1

計算モデル−2

計算モデル−3

半経験的分子軌道計算はもっぱら有機反応の解析に使用してきたが,酸化チタンのような無機物の計算は経験がない.最近のMOPACでは,結晶等の繰り返し構造も計算できるようになったので,挑戦してみたい.

参考資料

Wang, K. Hashimoto, A. Fujishima, M. Chi-kuni, E. Kojima, A. Kitamura, M. Shimohigoshi, T. Watanabe; Nature, 388, 431(1997).

光触媒の超親水性―理論と応用(小特集/光 触媒膜の新展開),下吹越光秀,表面技術,Vol.50, Na3, 1999, 247-250.

光照射による酸化チタン表面の超親水性変換,橋本和仁,渡部俊也,表面科学,Vol.20, No.2, pp.85-g3, 1999.

Hongbin Wu, Lai-Sheng Wang, J. Chem. Phys. 107(20), 22 November 1997 8221-8228: TiO2 is found to be a closed shell molecule with a 2eV highest occupied molecular orbital/lowest unoccupied molecular orbital (HOMO-LUMO) gap.

結晶構造, U. Diebold / Surface Science Reports 48 (2003) 53-229

1) TiO2 Rutile

Structure Tetragonal, Space Group : P42/mnm (No. 136), a=b=4.5937 Å c=2.9587 Å, α=β=γ=90.00, Z=2

Atomic Positional Parameters

Ti 2a 0.0000 0.0000 0.0000

O 4f 0.3048 0.3048 0.0000

2) TiO2 Anatase

Structure Tetragonal Space Group : I 41/a m d (No. 141) a=3.7845 Å, c=9.5143 Å a=b=g=90.00 Z=4

Atomic Positional Parameters

Ti 4a 0.0000 0.0000 0.0000

O 8e 0.0000 0.0000 0.2081

(2015.11.11)