小松菜の虫害

小松菜の虫害

春に芽が出た小松菜が虫に食われてしまったので,虫害の少ない秋に再挑戦した.

秋の方が虫害は少ないという定説は九州では適用できないようだ.写真は屋上で育てた小松菜の惨憺たる姿である.

この状況になるまで何もしなかったわけではない.毎日毎日アオムシをピンセットで摘み退治した.

市販の小松菜はきれいすぎる.農薬を使わないと大量生産は不可能であると確信した.

薬学部で教育,研究に携わってきたこともあり,漠然とは知っていたが,個々の野菜についての農薬の実用的知識は持ち合わせていない.

そこで調べてみた.このような場合の早道は「残留農薬が基準値を超えていた」という報道資料をさがすことである.

さっそく,Web上,「こまつな,残留農薬」で検索すると,最近の事例として下記の記事が上位にヒットする.平成27年 (2015年) 11月 13日の県ホームページである.地元を含めた他地方のものもたくさんヒットする.熊本の例を紹介しようと思ったが,報道資料(10月初旬)だけで,公的機関の元データは消されていた.


県内産「こまつな」の残留農薬の基準値超過について - 山口県

食品中の残留農薬検査を毎年度計画的に実施しているところですが、このたび、県内産「こまつな」から食品衛生法に基づく基準値を超える農薬を検出したので、お知らせします。

1 検査

・ 収去年月日:平成27年11月5日(木曜日)

・ 検出状況

収去実施機関 収去品 農薬成分 検出濃度 基準値

岩国環境保健所 こまつな エトフェンプロックス(殺虫剤) 0.10ppm 0.01ppm ← 構造式は下図参照

2 健康への影響

検出濃度から、健康被害の恐れはない(「1日摂取許容量(ADI)」を超えない)

※「1日摂取許容量(ADI)」とは、人が毎日、一生涯、食べ続けても、健康被害が生じないと考えられる量で、本件では、体重50kgの人が

毎日15.5kgのこまつなを食べ続けても健康に影響はありません。

4 生産者への対応:農業振興課の調査結果等

栽培状況 露地畑でこまつなを栽培(10平方メートル)

農薬散布状況 こまつなにはエトフェンプロックスを使用していない。

出荷先 省略 出荷期間は11月1日~8日

違反原因等 隣接して栽培しているだいこんに9月30日に使用したエトフェンプロックスがこまつなに飛散したものと考えられる。

こまつなからエトフェンプロックスが基準値の10倍検出されたが,健康には問題はなく, 隣接して栽培しているだいこんに使用した薬剤がこまつなに飛散したと結論している.

実際に使用された農薬は記載されていない.無農薬栽培なら物理的な虫除けが必要である.もし,物理的な虫除けが使用されていたなら,飛散の影響は少ないはずである.


釈然としないので,エトフェンプロックスを含むピレスロイド類について復習してみた.

熊本大学薬学部の3年生に「薬物設計学」を講義していた際に,リード化合物の具体例として除虫菊の成分(ピレスロイド)についても話をしていたので,その後の発展を含めて紹介したい.注)講義名を見て,麻薬や覚醒剤と思った学生もいたらしい.

ピレスロイドは除虫菊に含まれる有効成分の総称であり,下記の構造を有する6個の化合物が単離されている.いずれもブルーで示した菊酸(R1 = メチル)のエステル誘導体である.ピレトリンI, IIで60%を占める.

ピレトリンには,分子歪の大きいシクロプロパン環,3個の不斉炭素,さらにはシス配置の二重結合を有していため,合成に手間がかかることもあり,単純化が計られた.

まず,菊酸部分(ブルー部分)はそのままで,エステルのアルコール部位を 3-phenoxyphenyl に置き換えた B 群の化合物が開発された.

その後,シクロプロパン環をプロピル基で置き換え,さらにエステル部位をアルキル鎖,エーテル鎖で置き換え,まったく不斉炭素を含まない化合物が開発された.エトフェンプロックスはその一つである.


ピレスロイド類は,昆虫類・両生類・爬虫類の神経毒である.神経細胞の受容体に作用し,Na+チャネルを持続的に開くことにより脱分極を起こさせる.哺乳類・鳥類の受容体に対する作用は弱いため,安全性の高い殺虫剤に分類されている.薬物の作用機序を説明する際に,「鍵と鍵穴」の関係に例えられる.合成ピレスロイド系化合物は天然ピレスロイドとは別系統の化合物のように見えるが,PM6最適化構造の分子サイズ,屈曲性(充填モデル構造),溶媒接触面積,容積等は非常に類似している.


小松菜の農薬につては食品中の基準値が公開されている.主に以下に示す化合物が使われている.ピレスロイド系としてはシペルメトリン,ノーベル化学賞で有名なエマメクチンチンも使用されている.これらのほかに,非結球アブラナ科葉菜類で登録のある薬剤もある.家庭菜園用としては市販されていない.

参考資料に示す「食品に残留する農薬等の限度量一覧表」等が参考になる.農薬,野菜の両面から検索することが可能である.収穫前の散布時期等も細かく規定されているが,市販後検査が必要であることは言うまでもない.


参考資料

公益財団法人 日本食品化学研究振興財団

厚生労働大臣の定める量(一律基準): 0.01ppm (平成17年厚生労働省告示第497号)

一律基準について(「厚労省のQ&A」から)

食品に残留する農薬等に関するポジティブリスト制度の施行にあたり,仮に残留基準の 定められていない農薬等の残留を一切認めない(いわゆるゼロ規制)とすると,ヒトの健康を損なうおそれのない微量の農薬等の残留が認められたことをもって 違反食品と取り扱われることとなる等不必要に食品等の流通が妨げられることが想定されました.

このため、食品衛生法(昭和23年法律第233 号、以下「法」という。)第11条第3項において,人の健康を損なうおそれのない量を厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて定めることとしま した.ここでいう「人の健康を損なうおそれのない量」というのがいわゆる「一律基準」です.残留基準が定められていない農薬等がこの「一律基準」を超えて 残留する食品等はその販売等が禁止されます.

食品の規格(残留基準): 食品に残留する農薬等の限度量一覧表 (平成27年3月30日更新)

食品安全委員会 食品安全総合情報システム 評価書一覧

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