世界の現代文学

次回の読書会

2021年7月6日(火)20時30分-21時30分 @googlemeet, 『オリエンタリズム』(pp.294-342-395)。

テキスト:E.W.サイード『オリエンタリズム』東京:平凡社、1993年。ISBN: 9784582760118; 9784582760125.

(注意) 隔週、全7回で輪読します。

(出版社site) https://www.heibonsha.co.jp/book/b160202.html

読書会の概要

2017年5月から、世界各地の現代文学を対象とした読書会を始めました。

●活動内容:事前に書籍を入手して読んでおき、各自の感想を読書会で交換する。

●活動計画:1ヶ月に1度のペースで、火曜日6限もしくは水曜日5限の時間帯に常葉大学静岡キャンパス瀬名校舎 (→静岡草薙キャンパス) にて開催する予定です。1ヶ月に1冊を読みます。講読対象については、参加者間で相談して決めていきたいと考えています。また、研究会の名称も思案中です。

●参加方法:読書会にご参加を希望される方は、当日の正午までに若松へご連絡ください。この読書会は公開のものですので、学生や学外者の参加も歓迎します。

●その他:この読書会は、常葉大学外国語学部の教員有志が中心となって開催するものです。常葉大学外国語学部言語文化研究会の後援を受けています。

活動記録

2021/4/7 Wed.

2021年度前期の方針についての確認

共通テーマ:近代西洋の学知

テキスト:

E.W.サイード(著)、今沢紀子(訳)『オリエンタリズム』〔平凡社ライブラリー11-12〕東京:平凡社、1993年。ISBN: 9784582760118; 9784582760125.

(出版社site) https://www.heibonsha.co.jp/book/b160202.html ; https://www.heibonsha.co.jp/book/b160203.html

Said, Edward W., Orientalism, New York: Georges Borchardt, 1978.

目次

  • 第1章 オリエンタリズムの領域(東洋人を知る;心象地理とその諸表象—オリエントのオリエント化;プロジェクト;危機)

  • 第2章 オリエンタリズムの構成と再構成(再設定された境界線・再定義された問題・世俗化された宗教;シルヴェストル・ド・サシとエルネスト・ルナン—合理主義的人類学と文献学実験室;オリエント存住とオリエントに関する学識—語彙記述と想像力とが必要とするもの;巡礼者と巡礼行—イギリス人とフランス人)

  • 第3章 今日のオリエンタリズム(潜在的オリエンタリズムと顕在的オリエンタリズム;様式、専門知識、ヴィジョン—オリエンタリズムの世俗性;現代英仏オリエンタリズムの最盛期;最新の局面)

  • オリエンタリズム再考



時間

  • 4月13日(火)18:45-19:45 @草薙校舎A520;『オリエンタリズム』序説、第一章第一節(pp.12-119) [参加者6名: 教員4名, 学生1名, 卒業生1名]

  • 4月27日(火)18:45-19:45 @草薙校舎A520;『オリエンタリズム』第一章第二、三、四節(pp.120-262) [参加者6名: 教員4名, 学生1名, 卒業生1名]

  • 5月11日(火)18:45-19:45 @草薙校舎A520;『オリエンタリズム』第二章第一、二節(pp.263-341) [参加者6名: 教員4名, 学生1名, 卒業生1名]

  • 5月25日(火)20:30-21:30 @zoom;『オリエンタリズム』第二章第三、四節(pp.342-456) [参加者6名: 教員4名, 学生1名, 卒業生1名]

  • 6月8日(火)20時30分-21時30分 @zoom;『オリエンタリズム』第三章第一、二節(pp.9-129) [参加者6名: 教員4名, 学生1名, 卒業生1名]

  • 6月22日(火)20時30分-21時30分 @googlemeet;『オリエンタリズム』第三章第三、四節(pp.130-291) [参加者6名: 教員4名, 学生1名, 卒業生1名]

  • 7月6日(火)20時30分-21時30分 @googlemeet;『オリエンタリズム』書き下ろし(pp.294-342-395) [参加者?名: 教員?名, 学生?名, 卒業生?名]

  • 7月20日(火)18:45-19:45 @草薙校舎KNOWLEDGE SQUARE

2020/8/4 Tue.

2020年度後期の方針についての確認

共通テーマ:近代日本の国境

テキスト:

川越宗一『熱源』東京:文藝春秋、2019年。ISBN: 978-4-16-391041-3.

(出版社site) https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163910413

時間

  • 9月5日(土)16:30-17:30 @草薙校舎A棟5階;『熱源』序章(pp.5-16) [参加者5名: 教員2名, 学生2名, 学外1名]

  • 9月30日(水)15:30-16:30 @草薙校舎KNOWLEDGE SQUARE;『熱源』第一章(pp.17-93) [参加者4名: 教員3名, 学生1名]

  • 10月14日(水)16:00-17:00 @草薙校舎KNOWLEDGE SQUARE;『熱源』第二章(pp.94-163) [参加者5名: 教員2名, 学生2名, 学外1名]

  • 10月28日(水)15:30-17:00 @草薙校舎A棟5階;『熱源』第三章(pp.164-253)[参加者6名: 教員3名, 学生2名, 学外1名]

  • 11月11日(水)15:30-17:00 @草薙校舎A棟5階;『熱源』第四章(pp.254-332)[参加者4名: 教員2名, 学生2名, 学外0名]

  • 12月16日(水) → 11月25日(水)15:30-17:00 @草薙校舎A棟5階;『熱源』第五章(pp.333-396)、終章(pp.397-426)[参加者6名: 教員3名, 学生2名, 学外1名]

2020/9/5 Sat.

『熱源』序章

テキスト:川越宗一『熱源』東京:文藝春秋、2019年、pp.5-16。


 川越宗一『熱源』は書き下ろしの歴史小説である。史実をもとにしたフィクションである。明治維新後の樺太が舞台になる。作者は川越宗一(1978- )であり、本書は第162回(2020年)直木賞受賞作である。本書は序章と終章、そして本編全5章という7つの部分からなる。目次は下記の通り。

序章 終わりの翌日第1章 帰還第2章 サハリン島第3章 録されたもの第4章 日出づる国第5章 故郷終章 熱源

 序章「終わりの翌日」は、トラックに乗る「私」から始まる。「私」はクルニコワ伍長というソ連の女性兵士である。彼女は寒いと感じるものの、時は1945年8月15日の夕刻であり、場所は沿海州のソヴィエツカヤ・ガヴァニ港である。夜にソ連軍は対岸の樺太に向けて出航し、翌朝には塔路に上陸して一帯を制圧するという(p.8)。ソ連は日本が前日に降伏し、当日の正午に玉音放送の流れたことを知りながらも、なおも国土奪還のために対日戦争を続けるのである。曰く、「これは正当な戦いだ。四十年前に奪われたサハリンの半分を、我らの手で取り戻すのだ」と(p.8)。まさに章題のように、「終わりの翌日」に物語が始まる。

 「私」はレニングラード大学で民族学を学ぶ。そのため、これから自身が向かうサハリンについても少しは知識があった。大学入学の翌年(1941年)の6月にドイツがレニングラードに侵攻したため、「私」は大学を辞めて軍に志願した(p.10)。1945年5月には、ベルリンでは軍規に違反したソ連の政治将校(ポリトルク)を射殺している。(射殺は本書の中でどのような意味を持つのか。)

 「私」は、本書の登場人物一覧表(p.4)には記載されていない。物語がいきなり19世紀末や20世紀初めから始まると、読者に樺太とそこに生きる人々の状況が伝わりにくい、と作者が判断したからだろうか。「私」という1945年8月15日のソ連側の立場から説き起こすことで、2019年の日本の読者に樺太の歴史的背景を伝えたかったに違いない。

2018/5/16 Wed.

2018年度前期の方針についての確認

共通テーマ:スペイン語圏やポルトガル語圏の現代文学

テキスト(候補)

  1. 寺尾隆吉『ラテンアメリカ文学入門:ボルヘス、ガルシア・マルケスから新世代の旗手まで』〔中公新書 2404〕東京:中央公論新社、2016。

  2. ホセ・エミリオ・パチェーコ(ほか著)、安藤哲行(ほか訳)『ラテンアメリカ五人集』〔集英社文庫 ハ-17-1、改訂新版〕東京:集英社、2011年。

  3. ガルシア・マルケス(著)、桑名一博、安藤哲行、内田吉彦(訳)『ママ・グランデの葬儀』〔集英社文庫〕東京:集英社、1982年。

  4. コルタサル(著)、木村榮一(訳)『悪魔の涎 ; 追い求める男 : 他八篇 : コルタサル短篇集』〔岩波文庫 赤(32)-790-1〕東京:岩波書店、1992年。

  5. J.L. ボルヘス(作)、鼓直(訳)『伝奇集』〔岩波文庫 赤(32)-792-1〕東京:岩波書店、1993年。

  6. 東谷穎人(編)『スペイン幻想小説傑作集』〔白水Uブックス 94〕東京:白水社、1992年。


時間

  • 6月27日(水)15:15-16:15 @草薙校舎KNOWLEDGE SQUARE

  • 7月18日(水)15:15-16:15

  • 8月初旬

2018/6/27 Wed.

『ラテンアメリカ五人集』から任意の2篇

テキスト:ホセ・エミリオ・パチェーコ(ほか著)、安藤哲行(ほか訳)『ラテンアメリカ五人集』〔集英社文庫 ハ-17-1、改訂新版〕東京:集英社、2011年。

2017/5/10 Wed.

2017年度前期の方針についての確認

共通テーマ:アジアの現代文学

場所:瀬名校舎外国語学習支援センター

  • 2017/05/10 Wed.

  • 2017/06/21 Wed.

  • 2017/08/02 Wed.

  • 2017/09/19 Tue.

  • 2017/10/04 Wed.

  • 2017/11/01 Wed.

  • 2017/11/29 Wed.

  • 2018/1/17 Wed.

2018/1/17 Wed.

『七娘媽生』、「密入国者の手記」

テキスト:下記の2種

  1. 黄氏鳳姿「『七娘媽生』より」(1940年)、黒川創(編)『南方・南洋/台湾』〔「外地」の日本語文学選1〕東京:新宿書房、1996年、pp.116-129。

  2. 邱永漢「密入国者の手記」(1954年)、『帝国日本と台湾・南方:滄』東京:集英社、2012、pp.247-281。


黄氏鳳姿「『七娘媽生』より」(1940年3月)は、「今は非常時」(p.117)という状況で書かれた台湾の歳時記である。池田敏雄の指導や校正があったとはいえ、12歳の少女の書いた作品だということに、驚くばかりである。書誌情報としては、黄氏鳳姿「七娘媽生」(抄録)(1940年) ということになる。


邱永漢「密入国者の手記」(1954年)は、密入国者である游天徳が、自身の居住権をめぐる第三審の際に判事へ宛てた手紙である。游天徳は植民地統治下で身に着けた日本教育と日本語を使い、日本で生活することを望む。つまり、彼は今や外国となった日本での居住権の「なんとしてもの獲得」(p.247)を求めて、日本の司法に自らの運命を委ねるのである。

彼の手記によると、二二八事件およびそれ以後の白色テロのために、彼は台湾から日本へ逃げてきた。居住権を求める裁判では、第一審と第二審がともに強制送還という判決を出す。第三審でも同じ判決だった場合、「私はいったいどこへ退去すべきでしょうか」と問いかける(p.278)。日本教育を受けた彼の目(p.260)では、台湾の国民党政権も、中国大陸の共産党政権も、さらに言葉の通じない香港も退去すべきところではなかった。『帝国日本と台湾・南方:滄』の解説では、彼は従来、自分の運命をいつも他人の手に握られていたものの(p.249)、ここへきて初めて他人の手に握られていることを拒絶しようと試みているという。

2017/11/29 Wed.

「邂逅」、「志願兵」、「南方の言葉」、「若い海」

テキスト:下記の4種

  1. 龍瑛宗「邂逅」(1941年3月)

  2. 周金波「志願兵」(1941年9月)

  3. 真杉静枝「南方の言葉」(1941年11月)

  4. 龍瑛宗「若い海」(1944年8月)

  • テキストは、次の資料集に所収。

(1)黒川創(編)『南方・南洋/台湾』〔「外地」の日本語文学選1〕東京:新宿書房、1996年。(http://ci.nii.ac.jp/ncid/BN14048689)

(2)『帝国日本と台湾・南方:滄』東京:集英社、2012。(http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB10970070)

2017/11/01 Wed.

「魔鳥」、「奇談」、「新聞配達夫」、「増産の蔭に」

テキスト:下記の4種

  1. 佐藤春夫「魔鳥」(1923年)

  2. 佐藤春夫「奇談」(1928年)

  3. 楊逵「新聞配達夫」(1934年)

  4. 楊逵「増産の蔭に」(1944年)

  • テキストは、次の資料集に所収。

(1)黒川創(編)『南方・南洋/台湾』〔「外地」の日本語文学選1〕東京:新宿書房、1996年。(http://ci.nii.ac.jp/ncid/BN14048689)

(2)『帝国日本と台湾・南方:滄』東京:集英社、2012。(http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB10970070)

2017/10/04 Wed.

「新聞配達夫」

テキスト:楊逵「新聞配達夫」(1934年10月)、黒川創(編)『南方・南洋/台湾』〔「外地」の日本語文学選1〕東京:新宿書房、1996年、pp.53-83。


本書は、恐らく1930年代だろう東京で働く労働者の劣悪な風景に着目した短編小説である。「私」はようやく新聞配達夫という仕事を見つけるものの、ひどい労働環境で働かされるのみならず、店主に騙されて保証金まで没収される。作者は物語の中盤で、「私」が台湾人であることを明かし、故郷の台湾も内地からの資本家に収奪されている様子を描く。「私」は自分だけでなく、家族をもつぶされ途方に暮れていたところ、友人の田中から伊藤を紹介された。伊藤は労働運動のリーダーであった。

田中にしても伊藤にしても、「思いやり深い、理知的な、お世辞を嫌悪する素朴さ…これは私の理想とする人間のタイプ」(p.74)として描かれている。こうした人間像は、帝都東京を経由して植民地へもたらされた近代という理念の一つであった。

毛沢東思想は、階級闘争を民族闘争に転換した。プロレタリアートとブルジョワジーの戦いを、中国と日本との戦いに位置付けた。これに対し、楊逵は民族闘争を階級闘争に転換している。つまり、台湾(植民地)と日本(宗主国)との戦いを、労働者と資本家の戦いに位置付けている。この故に、日本の文壇からも楊逵「新聞配達夫」がプロレタリア文学として高く評価されたのだろうか。楊逵やその「新聞配達夫」については先行研究が多いので、参照してみたい。

2017/09/19 Tue.

『裏声で歌へ君が代』

テキスト:丸谷才一『裏声で歌へ君が代』東京:新潮社、1982(昭和57)年。


本書は、1980年前後に東京で展開された台湾独立運動を通じ、国家の持つ顔の表と裏を描いた長編小説である。話は、洪圭樹が台湾民主共和国の第三代大統領に就任し、本書の主人公である梨田雄吉(p.286でようやくフルネームが登場)が三村朝子を連れて、その就任パーティーに参加するところから始まる。

兵隊にとられたり(徴兵)、刑務所に入れられたり(投獄)、税金を取られたり(徴税)するのがきっかけになり、人は国家とは何かと考える(pp.332-333)。つまり、1980年前後の日本では、国家は普段はなかなか話題に上らない。しかし、少し裕福な中年男女は、洪圭樹という存在のために、自らの生活の中で国家とは何かをあれこれ考えることになる。

洪圭樹が中華民国に投降して台湾へ戻るも、投降に至る決定的な理由は明示されない。そして、三村朝子が梨田雄吉に別れの手紙を送り、二人の関係が終わるとともに、本書も終わるのかと思えば、最後に作者は読者へ続きを書くように白紙の4ページを贈る。

本書は「虚構の物語である。登場人物たちはすべて実在の人物と関係がない」(後記、p.516)。とはいうものの、台湾共和国臨時政府(1956年2月28日成立、於東京)や初代大統領の廖文毅(1910-1986年。1965年に帰国)というようにモデルとなった事実や人物がある[1]。ちなみに事実としては、中国国民党が廖に届けたカセットテープには、台湾へ戻って来いと呼びかける廖の母の声が入っていたという(碑文)。では、仮に梨田雄吉と三村朝子が実在の人物ならば、三村朝子が別れを決意した理由は何だったのか。

作者は、国家を個人との関係に基づき、暴君としての国家と、国家に対する反対意見を容認する国家に二分する(p.495)[2]。戦後30年以上が経過した日本では、前者を忘れがちである。しかし、戦時中を持ち出さなくても、1980年前後でも元皇族が警視総監と中華民国の特務とをつなぎ、政治的案件を解決することがある(pp.231-232)。つまり、日本でも時として国家が暴君としての顔をのぞかせるのである。とはいえ、洪圭樹は梨田雄吉に向かい、台湾に作りたい近代民主主義国家について、「いつまでも、大体のところ今の日本くらゐでいいと思ふ」と説く(p.289)。日本はあとどのくらい引き続き、国家に対する反対意見を容認する国家でいられるのだろうか。

書名について、最後まで理解できなかった。作者によると、君が代は村の祭りの歌であり、恋人を想っての歌であるかもしれない。それゆえに良くも悪くも近代国家としての理念やらイデオロギーが欠如しているのだという(pp.70, 79)。では、私たちはなぜ君が代を裏声で歌わなければならないのか。なぜ君が代を歌うのに際し、裏声を使わなければならないのか。


[1] 廖文毅は1946年9月に『前鋒雑誌』において、第二次大戦終結直後のマッカーサーによる第一号命令の主旨が台湾の軍事的占領であるから、したがって台湾の国際的な地位が未定のままであると主張した。「財團法人台灣大地文教基金會> 廖文毅證道紀念日 > 台灣大地文教基金會董事長楊緒東「台獨啟蒙者──廖文毅追思碑」碑文(2015年8月8日)」(http://www.taiwantt.org.tw/tw/index.php?option=com_events&task=view_detail&agid=484&year=2017&month=5&day=9&Itemid=30) [2017年9月19日確認] 以下、「碑文」とする。

廖文毅に関する最新の研究成果には、陳慶立『廖文毅的理想國』(台北:玉山社、2014)がある。日本語で簡単に読めるものとしては、やはり伊藤潔『台湾:四百年の歴史と展望』〔中公新書1144〕(東京:中央公論社、1993)、pp.160-161, 182が挙がろう。

[2] 本書の国家論には、シュティルナー『唯一者とその所有』(Max Stirner, Der Einzige und sein Eigentum, 1845)が背景にある。

2017/08/02 Wed.

『さよなら再見』

テキスト:黄春明(著)、福田桂二(訳)「さよなら・再見」、黄春明(著)、田中宏、福田桂二(訳)『さよなら・再見』〔アジアの現代文学1〕東京:めこん、1979年、pp.7-86。

北京語原著:黄春明『莎喲娜啦.再見』〔遠景叢刊2〕台北:遠景、1974年。


本書は、主人公がしてしまった「二つの罪なこと」を回想したものである。罪なことの「その一つは、七人の日本人を我が同胞女性のところへ案内して遊ばせたこと、もう一つは、その日本人たちと一人の中国青年の間にニセの橋をかけた、つまり嘘の通訳をしてやったこと」である。

後に司馬遼太郎『台湾紀行』(1994年)[1]が日本語世界へ伝えることになる台湾人像は、時に日本植民地統治を肯定的に評価する内容だった。これに対して、黄の描く台湾人像は「一個の人間として、また一中国人として、私は中国現代史を身辺の現実問題として体験してきたので、以前からずっと日本人を恨んでいた」という内容である(p.12)。どちらも現代台湾に生きる人々が持つ気持ちである。その時々の必要に応じ、前景にあるか後景にあるかの違いだと言えよう。


[1] もとは『週刊朝日』に1993年7月2月号から1994年3月25日号まで連載されたルポルタージュ。

2017/06/21 Wed.

『七〇年代』

テキスト:ルアールハティ・バウティスタ(著)、桝谷哲(訳)『七〇年代』〔アジアの現代文学12〕東京:めこん、1993年。

タガログ語原著:Lualhati Bautista, Dekada '70, Quezon City: Jingle Clan Publications, 1983.

Lualhati Bautista, Dekada '70 (Ang orihinal at kumpletong edisyon), Mandaluyong, Metro Manila: Carmelo & Bauermann, 1988.

Lualhati Bautista, Dekada '70: ang orihinal at kumpletong edisyon, Mandaluyong, Metro Manila: Cacho Publishing House, 1991.


本書は、主人公アマンダが1970年代を回想するという物語である。30章と最終章とエピローグから成る。第三章は1972年9月を、最終章が1982年9月21日を扱う。最終章が改めて述べるように、「10年前のこの日戒厳令が布告された」。つまり、本書は戒厳令下のフィリピンをブルジョワ階級の夫人アマンダの目線から描いた内容となっている。フィリピン社会が不合理を克服しようとすることと、アマンダの人格形成もしくは人格転換とが重なっていた。

読了して二点が気になった。一点は、アマンダの優柔不断というか、人任せというか、煮え切らないという態度に、著者はフィリピンの革命の本質を描いているのだろうということである。長男ジュレス(Julian)の人民民主主義革命的な考え方にも[1]、夫フリアン(Julian)の口から語られる親マルコス的な考え方にも、どちらにも彼女は理解を示しつつも、どちらにも完全に信じ切っていない。1970年代の10年間に後者の考え方から前者の考え方へ転換しながらも、アマンダはこの転換をマルクス主義的な発展や成長として位置づけていないのである。アマンダの言葉を借りれば、「自分に対する敬意」を持つに至ったのである(p.225)。さまざまな思想がアマンダに混在するため、物語がダラダラと進み、読者は本書をすらすら読み進められない。

思想の混在は、人間同士の愛の方向でも説明できる。ジュレスの言葉として、「愛することはお互いを見ることではなく、同じ方向を一緒に見ることだ」と言ったという(p.172)。ただし、ジュレスは自身の生命が危機的な状況に陥ると、「お互いを見」てくれる母や父に頼っている。結局のところ、思想の混在はだれかれも当てはまる。

アマンダが人民民主主義革命に没頭しないのは、二つほど理由があるのだろう。一つは、彼女がキリスト者であり、世界の展開を神に任せているからに違いない。いま一つは、巻末の「著者が語る」(訳者による1992年のインタビュー記録)において、著者が「エドサ革命を信じていませんでした」(p.275)と後に語るところに関係があるのだろう。マルコスにしてもアキノにしても、貧困というフィリピンの社会問題は解決できず、格差が広がる一方だったという1992年の後知恵が、1983年という本書の執筆時点において早くも、本書の物語に影響していたに違いない。

もう一点は、話者である「私」アマンダと著者であるバウティスタとの関係である。文学研究では、この関係をどのように説明するのか、気になるところである。例えば、「私がこの本を書いている今でも、ウィリーのような青年が命を落とした武力衝突について各紙が伝えている」(第二一章、p.179)や、「私がこの本を書いているあいだに、フィリピンの対外債務は170億ドルにもなった」(エピローグ、p.254)という一文がある。「私」がこの本を書いているというのである。しかし、著者はバウティスタであって、アマンダではない。ならば両者はどんな関係にあるのか。

そもそもアマンダは近代的な個人や人民(アン・バヤン)[2]として自律できていなかった。個人について言えば、本稿で前述したように、彼女は「自分に対する敬意が生まれてきた」(p.225)。また、人民について言えば、そもそも彼女は「新聞をよく読まなかったし、この国の社会状況についての意識もなかった」(第三章、1972年9月、p.22)。しかし、アマンダは次第に人民としての自律を目指すのみならず、フィリピンの内外政を批判的に理解するようになる。アマンダの中にバウティスタが乗り移っていく。本書は彼女が何かしらの知的訓練を受けたことを記していない。何がアマンダの蒙を啓いたのか。


[1] ジュレスの机の上に置いてある逐次刊行物を見て、アマンダは人民民主主義という言葉を使った(第五章、p.43)。

[2] フィリピン共産党の機関誌が『アン・バヤン』(人民)という名称だった(第五章、p.42)。

2017/05/10 Wed.

『マニラ:光る爪』

テキスト:エドガルド・M.レイエス(著)、寺見元恵(訳)『マニラ:光る爪』〔アジアの現代文学4〕東京:めこん、1981年。

タガログ語原著:Edgardo M. Reyes, Sa mga kuko ng liwanag, Maynila: Liwayway Pub., 1966.

(英訳題にはIn the Claws of Brightness、In the Claws of Neon、The Nail of Brightnessがある。)


本書は、フーリオ(Julio)という建設労働者の日常生活を描いたタガログ語小説である。フーリオは、恋人リガヤを追って漁村からマニラにやってきた。建設現場で働きながら、同じように貧しい人たちと過ごしていたある日、ようやくリガヤに再会する。しかし、リガヤは中国人Ah Tek(漢字は「阿徳」か)の妾になって監禁されており、フーリオとの駆け落ちがばれて殺された。フーリオは復讐のためにチャイナタウンでAh Tekをナイフで刺す。その直後、周囲の中国人がフーリオを撲殺しようとしたところで、物語は終わる。

本書が描くマニラの生活空間には、建設現場やチャイナタウンのほかに、バロンバロンがある。スクォーター(無断居住者)が暮らす掘っ立て小屋である(pp.38-39。P.40に挿絵)。第9章では焼けた場面が登場するも、すぐに再建するスクォーターたちの活力(バイタリティ)が描かれている(pp.105-106)。1960年代当時、こうした出現と消滅はたびたび繰り返されたにちがいない。そして、後のSmokey Mountainや現在のSmokey Valleyでも、当たり前のように見られる光景なのだと思う。フーリオのような悲劇もまた日常茶飯事であるものの、しかしバロンバロンがすぐに再建されるように、彼の悲劇の中に作者レイエスは何かしらの活力を見出したのだろうか。そして、それを爪と呼んだのか。

そもそも、題名の「光る爪」は何を指しているのか。物語は手の描写から始まる。マキシモが社会的な上昇を望み、就職面接に向かう際、マニュキアを塗った爪なのか(第7章、p.79)。あるいは、フーリオのナイフなのか(第10章、p.119。第14章、p.165)。訳者解題にあるように、作者レイエスは近代化するフィリピン社会で生きる人間を三つに類型化し、理想像をフーリオやマキシモでなく、ポルに見出していたという(p.179)。しかしながら、ポルはどんな爪を持っていたというのか。

本書は後に映画化されたという[1]。ぜひ鑑賞してみたい。『男と女』という香港映画[2]が、今の私の頭に浮かび上がっている。一人の男と一人の女が夢を求めて香港へやってきたものの、結局は夢が破れて絶望に打ちひしがれる。しかも、そんなことは香港のどこにでも溢れているのだと物語が伝えてくるから、観衆はやり場のない絶望感を持ち、後味は悪い。こうしたところに、『マニラ:光る爪』と重なるところがありそうだ。

めこんのシリーズでは、ニック・ホワキン『二つのヘソを持った女』[3]に関心を持った。アメリカナイズされたフィリピン人の苦悩を描いた作品だという(pp.184-185)。それから、黄春明『さよなら・再見』[4]を、台湾研究者の端くれとしてお勧めしたい。


[1] Lino Brocka監督、タガログ語、1974年。原題はMaynila, sa mga Kuko ng Liwanag。英題はManila in the Claws of Light。2017年3月にイギリスで復刻されたようだ。Two Films by Lino Brocka: Manila in the Claws of Light and Insiang. 参考サイト“British Film Institute” (http://shop.bfi.org.uk/)。なお、youtubeでも見ることができる。“Maynila Sa Mga Kuko Ng Liwanag with enlish sub” (https://www.youtube.com/watch?v=ZZpanFsR6jk) [2017年5月16日確認]。

[2] 蔡継光監督、広東語、1983年。原題は「男與女」。英題はHong Kong, Hong Kong

[3] ニック・ホワキン(著)、山本まつよ(訳)『二つのヘソを持った女』〔アジアの現代文学9〕(東京:めこん、1988年)。原著は、Nick Joaquin, The Woman Who Had Two Navels, Maynila: Regal Pub., 1966.

[4] 黄春明(著)、田中宏、福田桂二(訳)『さよなら・再見』〔アジアの現代文学1〕(東京:めこん、1979年)。原著は、黄春明『莎喲娜啦・再見』〔遠景叢刊2〕台北:遠景、1976年。