「空に穴をあけて」これは、映画「THE RIGHT STUFF」主人公の一人、チャック・イエガーがBell XF-1で人類史上初めて音速飛行に挑戦するため飛び立つその時、彼の妻グレニス・イェガーがかけた気合の一言。
BELL X-1 グラマラス・グレニス
この時代、何もないはずの空には”穴を開けなければならない絶対的な何か”が存在していました。
音の壁って表現があります。今回はなぜ音の速度が飛行機の限界と言われたのか、人間はどのようにしてそれを乗り越えていったのかの考えてみます。以下趣味のレベルでのお話なので、数式のたぐいはほとんど出てきませんよ。
まず音速と言われる領域は、以下の様に分類されます。マッハ数は流れの速度と音速との比として定義され、マッハ1は音速になります。飛行機の速度が亜音速から遷音速に差し掛かると、自身が発する音に近くなり、機体の周囲に音波の蓄積が起こります。また周囲の空気の流れ、空気の圧縮は、その性質を大きく変化させ、それまでの航空機の常識が通用しなくなります。この遷音速領域をいかに突破するかが超音速機の開発という事が出来ます。
まずは翼の揚力発生原理と空気の流れを示します。 飛行機は ベルヌーイの定理またはコアンダー効果として説明される翼の上面と下面における流速の差による圧力差と、翼自体が受ける抗力の合力により空中に浮くことが出来ます。これを揚力と言います。 ここで注目してほしいのは翼の上面側、前の方(図1赤い矢印)がほかの領域に対して流体の速度が速くなる、ということです。(マス目のなかを長く移動している)ここでは圧力が下がり、翼の上下面に圧力差が生じ、上向きの力が発生する。図2)
翼面の衝撃波
この揚力発生の原理は別に図の様な翼断面でなく、例えばただの板や手のひらでも圧力差をさえ生じさせれば揚力を発生させることが可能だという事が言えます。そして機体が徐々に音速に近くなると、機体速度より先に部分的に音速を超える場所が発生することになります。音速と音速以下の速度の境目では音波の蓄積が起こり、局所的に衝撃波が発生します。これを翼面衝撃波といいます。
機体が音速に達する前に発生する衝撃波
図3は飛行機が音速以下(亜音速領域)で飛行しています。(丸い輪は音の広がり) 音は空気の振動で、あるエネルギーを持っています。そしてこの音源は、エンジンだけでなく空気を切り裂いて進んでいる機体全体から発生しています。機体全体が音源です。図4は遷音速領域(マッハ0.8~1.3)の音の広がりです。飛行機が音速とほぼ同じい状態なので音波が前方に進むことができず蓄積しています。このエネルギーが蓄積した壁のようなものが衝撃波です。しかし音速に到達しようとする物体に立ちはだかる壁はこれだけではありません。むしろ音速に到達する少し前の段階で、翼に発生する翼面衝撃波こそが最初の音の壁と言えます。
図5は翼面衝撃波の概念図です。機体速度がおよそマッハ0.8に達する頃、機体の色々な所で部分的に空気の流れが音速を越え始めます。赤い線を境に前方は超音速、後方が遷音速です。後ろの方から発生した音源(図5赤い点)から発生した音波は超音速のエリアに到達すると、それ以上広がることが出来ず衝撃波が発生します。これは空気が翼面に沿って流れる空気自体の速度差ですから翼表面に対してほぼ面直に立ち上がります。これを垂直衝撃波と言います。 これは翼面だけでなく、キャノピーの後方や胴体の凹凸など、空気の流れが周囲より速くなる場所で局所的な衝撃波となります。
衝撃波失速
この衝撃波は壁のように立ちふさがり、そこを通り抜けた空気を圧縮され、急激な空気の圧力差が生じます。図6 本来、翼はその上面側に低圧力領域を持つことで翼が持ち上げられるのですが、この高圧領域は揚力の逆方向への作用となり翼を押し下げます。この状態からさらにエンジンパワーにより速度を上げていくと急激に翼の揚力が減少することになります(図7)。これを衝撃波失速と言います。この失速の発生は、一部の流速が音速を越えた瞬間に発生する、かなり急激に発生するものです。またその発生する場所も、機体のわずかな横滑りなどによる左右の翼の気流の違いや、主翼表面のわずかな工作精度の違いから、左右の翼でどこが先に発生し、機体のバランスに影響するかもわりません。この急激で不均一に起こる圧力上昇(揚力減少)は、航空機が飛行する上でかなりのウイークポイントといえます。
衝撃波失速
プロペラやタービン、回転翼の衝撃波失速
ちなみにレシプロ機のプロペラ、ヘリコプターのローターやジェットエンジンのタービンブレードにもこの衝撃波失速は当てはまります。プロペラやローターで発生した推進力を動力とする乗り物は、この衝撃波の発生により大きな抵抗が発生し、さらにパワーをかけてプロペラを高速回転させても抵抗は増大する一方で、効果的な推力は得られず、速度を上げることが出来ません。またヘリコプターについては最初に失速現象を起こすの機体の進行方向に対して、回転が向かっていく側が大気に対してより速くなっているので、その片面側が先に揚力を失います。これが対気速度の限界になり、翼で揚力を発生させている飛行機に対して、ローターが揚力を発生させているヘリコプターが高速で飛べない理由なんです。またジェットエンジンは空気の圧縮にはタービンブレードを使っていますが、やはりエンジン内でこの衝撃波が発生すると効果的な圧縮を行えないので、エンジンに吸入する空気の速度はやはり音速以下でなければなりません。(これについては後述します)
衝撃波が作り出すこの現象は、更なる機体の不安定要素の引き金となって行きます。
揚力中心の変化とエレベーターリバーサル
翼面衝撃波は速度がさらに上昇(超音速領域の拡大)するとともに翼後方へと移動し、やがて下面側にも音速と音速以下の堺目が発生、衝撃波がします(図9)。また空気の流れは通常でも翼後端に剥離領域を形成しますが、翼面衝撃波の影響により図10のような大きな負圧領域を形成します。ここまで来るとつり合いが取れそうですが…、そこにはエルロンや昇降舵などパイロットに直結している操縦系統があります。この衝撃波は翼に大きな振動を伴い、同時に舵の効きを著しく低下させます。
また、この状態でパイロットが舵を動かすと気流と流速が変化し、翼面衝撃波はそれに伴い激しく前後に動きます。揚力そのものが低下し、また部分的には上下面の圧力差が逆転している状況で、舵の操作が合わさると翼の揚力中心が激しく前後に変化ことにもなります。そして場合によっては舵の操作する方向と逆に揚力が働くになることにもなります。(図11、12)これをエレベータリバーサルと言います。
飛行中に揚力中心が動くとどうなるのでしょう。航空機は本来、安定性が高い航空機は操縦の反応が悪く、操縦性が良い航空機は安定性が低いという事になるので、通常であればそのバランスが適切なものが良い飛行機と言えます。しかし飛行中、高速になればなるほど不安定で、操縦性が悪くなるこの現象はかなり恐ろしかったでしょうね。
揚力減衰とアウトフロー
翼の揚力中心と機体の重心を一致させることで機体は操縦安定性を得ていますが、翼揚力中心とその揚力分布はアウトフローという現象により、外に行くに従い強い揚力を発生しています。(胴体の干渉をうけにくく、気流の流れが速い図13上) これは翼端ほど早く翼面衝撃波が発生し、翼の両端から先に失速を起こすことになります。一方で、ジェット機に多い後退角(別途後述)が付いた主翼の場合、翼端が失速すると内側の揚力だけが生き残り、揚力中心が翼の前方に移動(翼が後退しているため)、機体は急激なピッチアップ(機首上げ)を起こします図13右。 またこのアウトフローにより主翼がねじれた力がかかっている状態で、翼端失速を起こした側を引き起こそうとしてエルロンを操作すると主翼上下面の衝撃波のバランスが変化し、ここでもパイロットの意図とは逆の挙動を示すことにもなります図13左。
尾翼への影響
一方尾翼では、通常の状態(図14)に対して、主翼上に発生した衝撃波により尾翼への気流の吹き下ろし角が急激に変化し、(要は乱流ですね)尾翼の機能低下を招きます。これは急激な機首上げ(Pich up:ピッチアップ)パイロットの操作によってはその意図とは逆の機首下げ(Tuck under:タックアンダー)を引き起こします(図15)。
ここまで各コントロール軸の機能低下や逆転現象を見てきました。次はこれらを要因としたコントロール不能と、そこからの回復困難というさらに危険な領域に入っていきます。
慣性(イナーシャ)カップリングとエアロダイナミック・カップリング
衝撃波による機体の不安定性に加え、超音速を目指したジェット機の「ある機体構造上の特徴」、その重量バランスからくる不安定性があります。
高速飛行のため細く長くなった機体は、機首側にはレーダーやコンピューターなど各種機器、そして尾部にはアフターバーナーなど、新装備の追加により機体の末端の重量が増加していきました。それは、それ以前の航空機などに対して重心が不安定になる傾向にあります。この状態でこれまでの様な遷音速による空力的不安定性をきっかけに機体が大きく振れると、慣性により尾翼類などの空力的安定性ではこれを止めることが出来なくなるなる現象が起こります。例えばローリングといった単一の回転軸に対し、他の操作軸(ピッチング・ヨーイング)といったそれぞれの回転軸の要素が加わる運動ことを「カップリング」と言い、例えるなら、やじろべえの前後左右揺れに回転が加わった動きとしてして揺れ続けるようなものです。 この複合された挙動を、慣性(イナーシャ)カップリングと言います。これは空気の流れとは原理的には関係ありません。
この通常ではありえない方向から機体後部の垂直/水平尾翼への空気が当たることにより、その摩擦が運動を助長したり、機体のコントロール能力を超え、回復を困難にします。図17この状態をエアロダイナミック・カップリングと言います。またこういった大きな機体の挙動は、揚力を失う失速を伴っているので機体は重力に負けて、機首下げ降下として現われます。
この機体の 3軸すべてで制御が失われた状態は、急激な傾き(Wing drop:ウイングドロップ)、機首の上げ下げを繰り返すポーポイズ現象やダッチロールなどなどありとあらゆる現象を複合しており、ついには完全に回復不能となるスパイラルダイブや、空中分解に至ります。これこそがパイロットたちが実際に体験した、最初の音の壁のでした。
ここまでの音速安定飛行に対しての様々なネガティブな現象は、理論的には当然予測できるもので、設計段階や風洞実験などで対策と実証が図られた上で、実機の製作、テスト飛行に移行しています。そしてこの1950年、60時代には航空機による多くの技術的革新や速度記録などが次々と達成されて行きます。映画ライトスタッフのような命知らずでマッチョなテストパイロット達と、白衣を着たメガネの博士達による超音速機やロケットの開発ストーリーは、その映画的なドラマチックな場面が強調されがちですが、実際はもっと冷静で論理的な理論の実践と実証、解析と改善という一見地味な努力の結果だったのだと思います。また一方で、当時は高度なコンピューター解析などまだ不可能な時代ですから、やはり挑戦という要素も多かったと思われ、人間の英知や技術に、勇気が伴って初めて達成出来るものだ、とも思います。(実際はマッチョなエンジニアと博士の様な知的なパイロットの組み合わせもあったでしょうね)
この音速突破への技術の挑戦は、結果として人間を月にまで一気に到達させてしまうのですから、まったく魅力的な時代ですね。
それではここで一休み、次はその技術開発がどのようなかたちになっているのかを見ていきましょう。
後退翼
主翼における衝撃波の発生と衝撃波失速(Shock stall)という問題は意外にシンプルな方法で解決できます。図18に示した通り後退角の付いた主翼は、ついていない翼断面を前後に引き伸ばしたことと同じになります。これにより翼表面の流速は低下し、翼面衝撃波の発生を遅らせることが出来ます。引き延ばすと速度が低下する???、これ三角関数ですよね…図19で、三角関数表を見ることにします。この図は後退角35°翼がマッハ9.8(ほぼM1)で飛行時にどれだけ翼表面で減速されているかを示しています。三角関数表から導き出された減衰速度はマッハ0.819…となり音速を越えてせんね。まあ翼の厚みをそのままに、前後に引き延ばすということは、空気にとっての翼上面の坂は緩やかになりますから、当然の現象といえばそれまでですが…。なんか狐につままれたような気がします。現実は複雑な空気の3次元の流れで理論参考値となるようですが、実際にも超音速機はこの後退角により翼面衝撃波を回避しています。
デルタ翼
引き延ばすだけで翼面衝撃波が抑えられるのであれば、単に薄い翼、又は前後に長い翼でも同じことになると言うことなんですね。薄い翼や強い後退角を持った翼を作るには構造的限界があり、やはりある程度の厚みは必要なるため、考えだされたのがデルタ翼のです。デルタ翼は胴体との接合面は長く取る事が出来て強度を確保しやすいので、薄翼の設計にも有利です。デルタ翼と言えばコンコルドが代表例でしょうね。この機体の離着陸の姿勢を思い出してください。それは大きく機首をもたげた姿勢で離着陸を行っていて、コクピット前方は視界確保のため下方に折れ曲がっていました。コンコルドは普通の航空機より機体を引き起こして翼の揚力を発生させる必要があったからです。冒頭でもいいましたが、手の平で揚力発生を感じ取る場合、気圧差で手が引っ張り上げられるというよりは下面に受けた風で押し上げられる感じがします。コンコルドの場合、機体を大きく引き起こし、まるで凧揚げのように翼下面に受ける抵抗とエンジン推力により強引に離陸していきます。
English Electric Lightning F
Dassault Mirage 2000
全可動尾翼 フライングテール
もう一つ衝撃波の尾翼への影響ですが、これもコロンブスの卵のような解決を見ます。それは全可動尾翼と呼ばれ、水平尾翼面に独立した昇降舵が無く、それ自体が全体で可動します。これならば、いかに主翼からの気流が変化しようとも翼の取り付け部ごと全体が可動し、変化した気流に対処できるので自由な操縦が可能になります。これは、ほとんど全ての超音速機に採用されることになります。
McDonnell Douglas F/A-18 Hornet
F-104の水平尾翼は、主翼から発生する乱流を避ける高い位置に設置されています。↓この位置はイナーシャカップリングの制御にも目的があったとされています。
Lockheed F-104 Starfighter
ボルテックス・ジェネレーター
これは遷音速領域に限らずコアンダー効果を高めるため、空気が剥離する境界層の手前から小さな渦を発生させる突起を設け、大きな空気の流れを整えるものです。亜音速においても翼後端の剥離領域に入ってしまうエルロンなどの舵の効きをよくするために設置されることもあるのですが、翼面衝撃波が発生する遷音速でもこの衝撃波を翼面から切り離す効果を持ち、舵の効きを維持するのに効果があります。図23
Douglas A-4 Skyhawk
※↑黄色い突起がボルテックス・ジェネレーター
このように翼面衝撃波の問題は理論と実証、危険なテスト飛行を行い確実に解決されていきました。そしていよいよ音速突破の瞬間が訪れます。しかしこの瞬間、これまでの翼面上の衝撃波とは別にまだ解決しなければならない大問題にぶつかります。これが空気の性質が非圧縮流から圧縮流への変化です。 第二の音の壁が飛行機の前に立ちふさがります。
空気の非圧縮性と圧縮性
通常の自然環境の中での空気は非圧縮性と呼ばれ、一部に変化を加えても瞬時に全体に影響が伝搬し、圧縮する事が出来ません。自転車の空気ポンプを大気に向かって使うようなものです。一方、タイヤの中に空気を入れれば空気の圧縮が可能であり、これは超音速機がその空気本来のエネルギーの伝搬を越えた速度で移動するため(空気の圧縮が起こり)機体の周囲に圧縮性の空気の流れが発生します。
このことを理解する上で断面の変化する管の中を移動する際の、空気の亜音速流(非圧縮性)と超音速流(圧縮性)のそれぞれの速度の違いによる、速度と圧力の変化を見てみます。
亜音速流体: 断面が小→ 圧力減少
超音速流体: 断面が小→ 圧力上昇
この図は一部が狭くなったチューブの中を空気が流れている状態と思って下さい。等エントロピー変化の中で、亜音速流では断面が最小になるにつれ、速度を増します。(図24)この加速に伴い圧力は減少します。その後、断面が最大になるにつれ速度は減少し圧力は元に戻っていきます。これはベンチュリー効果と呼ばれ、大気は圧縮することが出来ないため起こる現象です。ところが超音速流は断面が最小になるにつれ、速度が減少し、圧力が上昇します。(圧縮することが出来るため)そして断面が最大になるにつれ速度を加速し圧力が減少、元の超音速流に戻ります。(図25)このように非圧縮性と圧縮性では、断面の最小部を境に速度と圧力の変化が全く逆になります。これは超音速流が空気のエネルギー伝搬速度より速いため起こる現象です。先の音波の蓄積による衝撃波より、空気自体が急激に圧縮されているため強力はエネルギーを伴います。これを飛行機の翼に置き換えると非圧縮性の中で揚力を発生させていた翼が、超音速ではその作用が働かなくなる、世界が変わってしまうのです。いったい超音速機はどうして飛んでいるのでしようか…?
マッハ角とマッハ円錐
飛行機が音速を越えると機体から発する音波が自らの伝搬より先に移動してしまうためその蓄積が起こり衝撃波となります。(図26)この衝撃波面の航空機の進行方向に対する角度をマッハ角と言います。このマッハ角(μ)は速度の上昇と共にどんどん鋭角になっていきます。この時の角度は(図27)のようなシンプルな式で求められます。この角度で成す円錐形の領域をマッハコーンと呼びます。(図28) 衝撃波は音波のエネルギー伝搬の限界点である為、この領域は機体の運動エネルギーがつたわる限界領域という事になります。この外側には光や電波など光速で移動出来るもの以外、何も伝えることが出来ません。マッハ円錐は、この「航空機が影響を与えられる限られた空間の定義」である、ということです。超音速で飛行機が自分に向かってきても、光による光情報以外、何も感じることはなく、マッハ円錐に入って初めて音を感じることになります。
先に述べた翼面衝撃波の項で、空気はこのこの衝撃波面を通過することで圧縮されると言いましたが、ここで衝撃波にぶつかってくる空気はすでに音速以上の速度を持つ高密度の空気、圧縮性流体です。そしてこの空気の塊はこの衝撃波面を通過する際、なんの影響も受けずそのまま通過すると解釈できます。エネルギ-の変化はないのです。しかしの衝撃波面を通過すると空気は減速します。 うーん…ただこれは見かけ上の変化なんです。(もう私の脳みその理解限界も近ずいています!)
ここで視点を切り替えます。これは、大気に音速以上の空気の流れという影響を与えることが出来るのは、実際に空間を占有している航空機の持つ質量が移動することではじめて可能ある、という事なんです。??? 空気の立場からすれば自分が移動しているわけではなく、物体が音速以上でぶつかってくるという事です。これは超音速で飛行する航空機を外から眺めている我々にとってもそれは同じで、空気が移動していたわけではありません。そして音速以上でぶつかって来るものの影響で、音速以上で押しのけられる。(瞬間的に超音速で圧縮され、また元に戻る) エネルギーは、その衝撃波前後で変化しないので、全エンタルピー(total enthalpy) は一定であるということ。 そして 超音速で押しのけられる空気分子は、その意味に於いて音速を越えている、ということになります。(音速が音速よりも早い!?)
このイメージが超音速の世界を理解する上で重要なポイントだと思います。たぶん…(私には数式を理解することもイメージに変換する事も無理ですし)
造波抵抗
造波抵抗は特に船の世界で問題になる現象です。船が水面を進むとき図29の様な波を見たことありますよね。当然、水は空気に比べればはるかに密度が高く、それこそ船自身が水中に持っている体積を連続的に押しのけて進むことになります。この中で速度を上げるには強力なパワーを必要とし、この押しのけた結果発生する波が目に見える大きな抵抗というこになります。それは押しのけられ、圧縮された波と圧縮から解放され、再びもとの位置に戻ろうとする二つ境界(衝撃波面)がはっきりと観察されます。図30 この衝撃波と先のマッハコーンと混同してはいけません。その領域は同じでも、あちらは空気中を伝わる音の波動の蓄積、これは空気自体の移動速度の限界を超えたために起こる非常に密度のある物質の蓄積です。発生原理が違います。
速度が音速以下の非圧縮性流世界では空気の圧縮はほとんど起こらず、あまり問題になりません。しかし速度が音速にごく近くなると機体の周囲は圧縮された空気がまとわりつき、急激に抵抗が増します。これが造波抵抗です。単純にこれに打ち勝ち、音速の世界に到達するには強力なエンジンパワーが必要です。人類がジェットエンジンを利用して超音速を手に入れようと格闘していた1950年代、ジェットエンジンの出力は音速を超えるには十分、というまでにはまだ到達していませんでした。
エリアルールとシアーズ-ハック体
流体の抵抗の少ないかたちを描いてくださいと言ったら小学生でも上のような形を描くでしょう。図31 これはシアーズさんとハックさんが1850年に発表された流体中で最も抗力が少ない立体、というか理論になります。抗力(Cd)は摩擦抵抗(Cdr)と圧力抵抗(Cdp)の合計ですから、同じ前衛投影面積のなかで最も抗力が少ないかたちは、その立体の断面積推移が緩やかに増減し、かつ最小の表面積(必要以上に長すぎない)バランスのとれた形ということになります。エリアルールとはその機軸に直交する輪切り断面の面積変化をできるだけ滑らかにすることでその抗力を減らします。通常その断面積の変化は、機首から滑らかに変化してきても、いきなり主翼を含んだ断面部分が最大となり、主翼を過ぎると急激に減少、尾翼部分で再び増加し終わる。この断面積の変化を出来るだけ滑らかにするため、主翼最大断面付近の胴体をくびれさせ、その後の急激な面積現象を緩和するため、多くの場合垂直尾翼と水平尾翼を前後にずらして配置することで、断面積の集中を避けたりします。(図32、33)
一方で胴体にこのような”くびれ”を設けることは気流の乱れや表面積の増加を招きます。(摩擦抵抗の増加)それでもこのような形にするのは、この速度領域においてもっとも問題になるのが圧力抵抗だからです。一見して空気の摩擦抵抗が少なく見えるシアーズ-ハック体の理論の本質は、その空気の流れよりも、飛行機の周囲の圧力の逃げ場を作り、できるだけ圧力変化を滑らかにし、その引っかかり?を少なくするというものです。それは例えば、粘土のような密度の高いものに鉛筆を突き刺していく様な感じに似ています。 航空機におけるその滑らかな断面積変化、シアーズ-ハック理論を概念的に示したのが↓の図34です。白いカーブラインがシアーズ・ハック体、イエローラインが胴体の面積を表します。胴体のくびれが翼の体積増加分を吸収し、前後にずれている水平/垂直尾翼はその断面積変化を滑らかにしています。
右からF-104サンダーチーフ、ブラックバーンバッカニア、F-106デルタダート、胴体へのエリアルール適応がよくわかる機体ですね。いずれも開発は1950年代であり、そのころのエンジンパワーは音速を超えるにはまだ余裕十分というわけではなく、エリアルールを適応することでやっと音速を超えることができた、そんな時代でした。
二つの衝撃波
造波抵抗のところで衝撃波面は機体の前後に二つ形成されると言いました。実際、一機の航空機は発生する衝撃波音 は、ドン、ドンと2回聞こえます(sonic boom )。(残念ながら、私は飛行機の発生させる衝撃波を聞いたことはありませんが)衝撃波は急激な圧力差に発生する境界のようなものですから、通常の密度から急激に圧縮された面(機体の前方)と、その圧縮された空気の塊が元に戻る面(機体の後方)に発生します。それは前者を圧縮衝撃波 (Compression shock)、後者を膨張衝撃波 (Rarefaction shock)と呼ばれます。 機体各部で発生した無数の衝撃波はその伝搬の過程で一番強い(速い)波動に吸収/統合され、地上に届くころには機体前後の二つの衝撃波となります。(図35,36)この合体した衝撃波は机上の計算よりも思ったほど減衰せず、(人間の耳の感覚的なものもあるでしょうが…)、超音速旅客機コンコルドはその大きな衝撃波音により陸上での超音速飛行が禁止されました。私たちは陸上で生活する限り、航空機から発生する衝撃波音を聞くことはめったに無いんです。
しかし、衝撃波音としてはは花火など火薬の爆発や、雷など衝撃波を伴う爆発的現象としては日常的に耳にしていますよ。
図37は二つの衝撃波が地上に届く様子です。飛行機が2度太鼓を打ち鳴らすように音を出す訳ではなく、音速で移動する連続した波動の伝搬であることがわかりますね。たしかに、地上をなめるように移動するこのソニックブームは雷などより、遥かにタチが悪い存在ですね。
旅客機の速度の限界?コンコルドを師匠にして
コンコルドの地上での超音速飛行の禁止は、同時に飛行機の発達史において速度に社会的に限界が出来たということです。東京―ニューヨーク間、東京ーパリ・ロンドン間の行程の約半分は陸上を飛行するものであり、これを禁止されたコンコルドはその超音速機のメリットを生かす飛行は出来ませんでした。コンコルドの完成から50年、その後に新たな超音速旅客機を開発するることはありませんでした。しかし近年、超音速旅客機におけるソニックブームの低減の技術開発が盛んに行われています。これは機体各部で発生する衝撃波を極力抑えることと、発生した衝撃波の統合を起こさせないこと、衝撃波同士を干渉させ打ち消し合うといった技術開発になるようです。衝撃波の合体・統合は、機体の先頭から後方にかけて順番に発生する衝撃波のなかで、最も強い衝撃波(コンコルドの場合はエンジン周辺部)が、機首部/翼やその付け根付近で発生する衝撃波に追いつき、巻き込んで成長することで起こります。この追いつくとは、衝撃波の大気伝搬の減衰過程で強い衝撃波は早い衝撃波、とも言えるため起こる現象です。この合体を防ぐためには機首部で発生する衝撃波が最も強く、後方に行くにしたがってだんだん弱い衝撃波の発生に抑えれいいのですが、これは簡単ではなさそうです。あえて機首部で強い衝撃波を発生させる形状は抵抗の増大を招きますし、大きな衝撃波を発生するエンジンの吸気部は相対的に大きなキャビンを持つ旅客機の場合、細い機首部には持ってこれません。こういった技術開発はコンピューターの能力向上に伴い高度なシュミレーション解析が可能になり盛んにに行われています。コンコルド開発時には無かったものですね。次世代超音速旅客機はいったいどんなデザインになるのでしょうか?楽しみですね。
さて音速突破に必要なエンジンパワーを得た航空機はいよいよ超音速の世界に突入します。しかしまだ問題があります。非圧縮性流の世界で翼に作用していた揚力は、圧縮性流の世界ではその原理が作用しないのです。
なぜ、圧縮性流体の世界でも飛行機は飛んでいられるのか?それは意外と単純は原理で実現しています。それは翼の衝撃波背面の圧力差を利用すれば揚力を発生させられる。ということなんです。下の図38を見てください。超音速流が物体にぶつかり、流れを変えています。
超音速流体の世界では空気が物体にぶつかるとその物体にぴったり沿うように流れを変えます。亜音速のように巻き上がったり渦を巻いたりしません。それはこの圧縮性流の世界では空気は固く圧縮できるからなんですね。そこで、空気は坂を駆け上がる際に圧縮され、白い三角に囲まれた領域では空気が引き延ばされているのが分かります。そうです、物体により曲げられた空気の流れが、高圧と低圧領域を発生させています。
図39これは超音速で飛行するための翼、くさび翼とかダイアモンド翼と呼ばれるものです。この上下対象の翼断面、亜音速では揚力が発生する様には見えませんが…この翼断面に超音速流を当てると、先に述べたように前から来た空気は一旦圧縮され、そして引き延ばされ、再びもとに戻ります。そしてこの翼に仰角をつけていくと↓の図のようになります。
ダイヤモンド翼
レンズ翼
図41翼の下面側の前半部に高圧領域が発生し、翼を押し上げる力が発生します。そして上面側後半部には低圧領域が発生し上向きの力が発生します。これなら飛行機は飛ぶことが出来そうですね。 図40は同じく超音速用の翼、レンズ翼です。原理はダイヤモンド翼と同じで翼を上に押し上げる力が発生しています。いずれの場合もその翼端を鋭くすることで、衝撃波背面の低/高圧力領域を広くとることが出来るのが分かります。 お分かりだと思いますが、原理的には厚みの無い一枚の板でも同様の効果が発生しますから、超音速流の中で揚力を発生させる翼とは一枚の板を傾けるだけという、意外と単純なものです。実際には機体としての構造が必要ですから上記のような翼断面になるわけです。超音速機の翼が鋭く、薄い理由はこういった原理に従っているのです。
図42の赤くハッチングされた部位は超音速戦略爆撃機XB-70のエンジンへの空気を導くための構造部分です。XB-70はマッハ3で飛行しますから、そのエアインテークにはM3の超音速流の空気が飛び込んでいきます。冒頭のほうでタービンブレードは音速をこえると著しく効率が悪くなると言いましたが、これは回転失速(ローテーション・ストール ) と呼ばれ、エンジンそのものを損傷してしまう場合もあります。 ジェットエンジンのタービンの機能は「一定の圧力比まで安定して空気を送り出すだけ」と言えます。(この安定して空気を圧縮する技術開発にジェットエンジンは大変苦労して来たたわけです)流入速度がこれをを超えると、コンプレッサーを通る空気の流れが完全に破壊 します。 これはコンプレッサーのサージラインとして知られていて、 これを超えると圧縮器段が異常燃焼(入口燃焼)やエンジンストールを起こしてしまうのです。
亜音速ディヒューザー
XB-70に限らず超音速機はその空気取り入れ口、あるいは機首先端を含めたに機体形状に、超音速の空気の流れを亜音速まで減速したうえでエンジンに取り込む工夫があります。XB-70は離着陸など低速時と、超音速クルーズの際とではその流入口の形状を変える可変機構を持っています。図43 圧縮性流の空気は衝撃波面を通過した際に減速するので、計算された角度で衝撃波を反射/連続発生させ、段階的に流速を減速していきます。減速された空気は同時に圧縮もされていますから、これを効率的にエンジンに導くことが出来るのです。図44はネット資料で見つけたイメージを作画したもので、数字自体が正しいかは不明ですが、仕組みは合っているでしょう。図44
SR-71のエンジンエアインテークの先端にある三角コーンは前後に可動することで、衝撃波角を調整しエンジンへの空気の流入速度をコントロールしています。
こうして航空機は超音速の世界を手に入れ、自由に飛行することが出来るようになりました。それはまた、同時にその限界も見せつけられることになります。圧縮性流の世界では空気は圧縮され、その衝撃波背面には熱を持ちます。急激に圧縮、発生した熱は逃げ場がありません。(この現象を断熱圧縮といいます)。タイヤに空気を入れすぎると簡単に熱を持ちますよね、アレです。 この機体表面が高温になる現象は、一般的には空気との摩擦で高温になると思われていますが、(それも多少はありますが) 実際は急激に圧縮された空気の持つ逃げ場の無い熱で高温になるのです。高速で大気中を移動する機体の表面温度は、巡航高度を 40,000ft 以上とするとマッハ 0.9 で約 10℃、マッハ 1.5 で約 40℃、 マッハ 2.0 で約 100℃、マッハ 2.5 で約 200℃となります。これはエネルギーの散逸と呼ばれ、(運動エネルギーが熱エネルギーに変換されること) マッハ数の2乗に比例して増大します。さらには高速になればなるほど衝撃波角が鋭角になり、衝撃波面は機体表面に張り付くようになり、高温になる領域を広げて行くことにもなります。アポロやスペースシャトルはこの現象を利用して(スピードを熱に変換して)減速し、地球に帰還してきます。角が丸く、コロンとしたシャトルのデザインは減速するためのかたちなんです。
耐熱素材: マッハ3では機体表面は一気に500℃に達します。通常の航空機素材であるアルミ合金やエポキシ複合材ならばマッハ1.6 / 70℃まで問題なく使用出来ますが、マッハ 2.0 では耐熱アルミ合金やビスマレイミド等の耐熱樹脂が必要になり、マッハ 2.5 /200℃になるとアルミでは耐えられず、チタン合金やスチール素材、樹脂はポリイミド系の特殊耐熱樹脂を使用することになります、ポリイミド系樹脂はその融点の高さから整形加工性が劣ることが問題のようですね。いずれにせよ500℃~540℃前後が航空機における複合素材の最先端と言えるようです。
熱膨張:機体の構造設計においては機体前端部が特に高温になるため、機体各部でその熱膨脹差による熱応力や熱歪みを許容する構造を適用しなければなりません。これはどうしても設計強度の不足という問題を合わせ持ちます(がっちり組めない)。
宇宙からの帰還時など極超音速 M 5 以上になると、 その高温による空気の組成変化、(空気組成分子の解離反応や化学反応) 電子励起やイオン化 が発生します。(地球帰還時の通信途絶する例の現象)もう空気自体の変化が起きてしまいます。(極超音速の世界はまたいずれ・・・)
これらのことから 非常に限られた使用目的や耐久性で運用される実験機やスペースシャトルなど宇宙機を除けは、実用機としての速度の限界点はマッハ3程度、さらに厳しいコストと耐久性が求められる旅客機ともなれば、その実用速度はマッハ1.4~1.6程度といえるかもかもしれません。
長くなりました、これまで見て来た超音速突破直前の音の壁、空気そのものの性質が変わる空気の壁、そして機体構成素材の限界である熱の壁。
ああ、人生壁だらけ…。人間、そんなに急いでどこに行くのでしょう?
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いずれこれら技術的課題をも克服するでしょう。そしてそれは飛行機が地球と宇宙との境界面を飛び越えることにもなるでしょうね。