1944年6月、フランスでノルマンディー上陸作戦が開始された頃、ロンドンはドイツ軍からの新型兵器による脅威にさらされていました。その一つ、フィーゼラーFi103(V-1)はパルスジェットエンジンを動力とし、弾頭850kg、時速600km/hで距離250キロメートル先の都市に自動で着弾する、現代の巡航ミサイルの始祖になります。 Aggregat 4 (V-2)はロケットエンジン、弾頭1000kg 地上付近(着弾時)の速度は2880km/h。世界初の弾道ミサイルです。それらの照準は、どちらもGPSもない初期の誘導装置で、精密な目標設定は不可能であり、都市という広い目標を標的としました。第二次大戦末期、イギリス ロンドンは巡航ミサイルと弾道ミサイルの攻撃にさらされていたのです。
V-1のジャイロと高度、距離計による自立誘導は正確性に欠け、目標への到達率は低く、さらにはロンドンに向けて発射された全8564発中、22%はイギリス戦闘機、18%が対空火器により撃墜、3%が阻止気球に衝突しています。ロンドンに到達したのは2430発とされ、兵器技術としてはまだ未熟と言えるかもしれません。しかし安価な無人の誘導兵器であること、「撃墜が可能」であるがゆえ防御側は多大な防衛体制を整えなければならず、投資対効果という意味では防御する連合国側にとっては厄介な兵器だったと言えます。
ノルマンディ上陸作戦からほどなく、V-1はその発射基地のフランス カレー地方が連合軍に占領されると、航空機による空中発射方式が採られました。この運用はさらに目標への到達率を下げることになり、また発射母機が迎撃戦闘機に撃墜されることもあり、非常に危険な任務であったようです
stab/kg3, 1944
EE275, No616 Squadron, April 1945
V-1は比較的高速であるため、その迎撃には最新最速の航空機が用いられました。この英国グロスター・ミーティアはドイツのMe262と並ぶ実用ジェット戦闘機第一世代です。これら初期のジェット機は、エンジンの性能/制御にまだまた課題を抱えており、当時熟成期にあったレシプロエンジン搭載機に比べて速度性能を除く多くの点、特に実用性においてはまだ問題が多い時期でした。急激な加速や減速、機動を行う対戦闘機戦闘は困難でも、高速で直線飛行をするV-1の迎撃には適していたようで、多くの撃墜戦果を挙げています。
V-1は高速、かつ非常に小さい飛行物体であるため、目視による捕捉は非常に困難でした。また当時は機銃/機関砲しか攻撃手段が無いため、その撃墜には接近しての射撃が必要でしたが、V-1は被弾するとしばしば大爆発を起こすため、自機が巻き込まれる危険が常にありました 。
そのため、迎撃戦闘機隊はしばしばこの無人誘導ミサイルに接近し、自機の翼をV-1に接触、コントロールを失わせ墜落させる戦法を採ることもありました。
Peenemünde 21th Oct 1942
1942年、V-2ロケットは3回目にしてプロトタイプの打ち上げに成功。初めて宇宙空間に到達した人工物となりました。
以前、何かで大陸間弾道弾 ICBMのカタチを “究極の機能美、悪魔のデザイン” と評している文章に出会ったことがあります。人間が直接外界を見て操縦し、地上に帰還する。この2つの要素を全く考慮しない飛翔体のカタチはかくもシンプル。