Kelly's B-17C, 19th BG / 30th BS, (USAAF 40-2045)
零式艦上戦闘機 二一型
Tainan Flying Group by NAP1/C Saburou Sakai
勝つための条件 日本海軍にとって主戦場である太平洋はあまりにも広大で、また航空母艦の数には限りがあります。高度な航法装置やレーダーなどが未発達なこの時代、広い洋上で上手く会敵する事さえ大変困難な事でした。そして仮想敵であるアメリカは、日本の10倍かそれ以上の国力を持っています。日本にとってこの戦争に勝つためのシナリオは、ロシアとの日本海海戦での勝利のように、主力艦隊同士の決戦に勝利し、早期に講和を実現する以外に方法は無く、そのたった一度の決戦に、持てる力のすべてを注ぎ込むことが日本海軍の兵器や戦術思想の根幹を成していました。必然的にその兵器は自軍の何倍もの敵と戦うことを想定し、その中でも勝てる可能性を見出せることがその存在理由と言えます。零戦の最大の特徴である長大な航続距離は、広大な戦場と数的劣勢の中、可能な限り有効な兵器であるために必要だったのです。
零式艦上戦闘機 は世界で初めて認められた日本の工業製品の一つではないでしょうか。航空機の設計は速度、上昇力や運動性、武装、防弾等の兵装/艤装、そして燃料搭載量などの重量/各特性を、目的に応じてどのように配分するか、より高い次元でバランスさせるかが開発の要であり、一般的に同じ馬力のエンジンであれば、ライバルに対してすべての要素を上回ることは物理的に不可能と言えます。そして、戦闘機の目的は文字通り「戦闘に勝つこと」であり、それは「戦場に存在できること」を前提として初めて達成できます。サーキットに持ち込むことを考えないでレーシングカーを設計/製造することはありえません。戦後、零戦の欠点として指摘されることが多い防弾装備の欠如、人命軽視の設計思想は、それはそれで事実ではあるけれども、限られたリソースの中で如何に目的を達成するかの必然的な結論であり、それは開戦当初の実戦において完全に成功しました。
伝説の誕生 日米開戦から間もない1941年12月10日、コリン・ケリー大佐のB-17と、坂井三郎上飛曹の零戦21型との戦いは、空中戦によるB-17の初撃墜となりました。小さく華奢な零戦と、巨大で豪華なB-17。あまりにも対象的なこの2機の戦闘は、その後の太平洋戦域の航空戦を象徴しているようです
December 10, 1941, Philippines
零戦の武装上の特徴である20mm機銃は、敵大型爆撃機から主力艦隊を守るための仕様/装備。緒戦の戦訓では、この20mm機銃をもってしても、B-17が容易に撃墜できないと報告され、機銃の改良、戦闘法の改善が急務となります。一方、米軍側は 撃墜不可能とされていたB-17が実戦で日本軍機に“簡単に撃墜された”と報告されたことで、防弾装備、武装強化の充実が急がれることになります。この想定されていた両者の実戦での実証は、互いに大きな教訓を残すことになりました。