一迫町長 菅原 雄二郎
「古きをたずねて、新しきを知る。」という諺がある。 私はこれを 「古い村づくりをたずねて、 新しい町づくりを知る。」というふうに考えてみたい。 私たちの町も、 明治二十二年の町村合併から、 新一迫町に大きく生まれかわる まで、 三回も町村合併を経て、 部落から村へ・・・・・・村から町へと。・・・・・・・
今日の躍進一迫町へ、大きく生活圏を広げてきている。
新しい一迫町の出現によ って、古い村々の歴史が埋没し、忘れ去られようとするとき、むしろ新しい角度から埋もれた歴史を発掘し、 見直していき、 別な観点で古い村々を意義づけてみたい。
これは、 ただ単に、 往時を回顧することではない。 われわれの祖先、先輩たちが、その時代時代において、風雪 をしのぎ、飢餓にたえ、また戦禍にもまれながらも、萎縮することなく、子から孫へと、 存続と繁栄のため、それ ぞれの立場で、如何に対処し、如何に積みあげてきたかを、身近かにくみとり、今日の世相と社会環境のなかで、「われわれはいま何をなすべきかを」町民の皆さんとともに考えてみた い。
例をあげてみるなり、 伊達家の御膳米は、当地方から生産された米であったことは、町史の中であますことな く取り上げられている。このことは、ただ単に気候・土質が、飯米生産に適していたからということだけ、片付けることができるだろうか。
しかし、当一迫町にも百姓一揆が発生している。また、「白河以北一山百文一」といわれ、日本の後進地域とみられながらも、大正初期にはわが町に電気事業がおこり、県電・東北電力と大きく飛躍する、基礎づくりがなされ ている。 こう挙げてみただけで、古めかしい郷土の歴史の中に、意外な新鮮味と、親しみと、愛情を感んずるのは私だけだろうか。
今や、わが一迫町にも、北上川沿岸、迫川上流開発事業が、槌音高く進められようとしているとき、乏しい予算にもかかわらず、資料収集や古老との対話等を重ねなが ら、 こ つこつと進められた町史編さんが、いま、金文学の表紙に輝く大冊となり、 類書に伍し、光彩を放つことは、この上もない喜びである。願はくは数多くの人が手に され、そのよってくる所を味わい、そして、さらに愛する郷土建設へ のよりどころとされることを祈ってやみませ ん。
最後に、ご多忙ななかで、監修をお引きうけ下され、時代考証や意義づけ、さらに、この地域のもつ歴史性が現代にどういきているか。そして資料はどんな角度から発掘すべきか等まで御指導いただいた、高橋富雄先生に心からの謝意を申しあげるとともに、この計画が企画されて以来、多くの労苦をのりこえてこられた、前町長狩野文朔委員長始め、各編さん委員、各協力委員の御努力に対し深く感謝の意を表し発刊のことばといたします。