Giner-Sorolla (担当:森本)
Post date: Feb 27, 2013 10:21:30 PM
Science or Art? How Aesthetic Standards Grease the Way Through the Publication Bottleneck but Undermine Science
当日の議論と感想
- あんたらのやっとることってアートちゃうん?
- 70年代にも似たようなことあって似たような解決策が提案されたけど,うまくいかんかったのもあるねんで
というあたりが楽しすぎてノリノリになってしまい,後半の解決策にかんする部分の時間を十分に取れず,すみませんでした。そのあたりはレジュメでご確認くださいますようお願いいたします。以下,議論のまとめです。
- AさんBさんの事例はわかりやすい。確かに,一つひとつの実験がどうこうではなく,研究全体の信頼性を考えるべきだということが理解できた。ただ,査読者に「有意になっていない論文を落とせと言われたらどうするか。戦うのか。戦わないのか。
- 戦うべき。しかし,戦うインセンティヴは何だろう?特に,学振や学位を目指す院生にとっては戦うリスクが大きすぎる。戦わない方に流れるのではないか。
- 戦う場合には,この論文があることが心強い。これを呈示して,有意でないデータでも,研究全体の信頼性を高めうるのだと査読者に訴えることができるのではないか。
- 70年代には「院生による追試」というような試みはなされたのだろうか?なされたのだとしたら,なぜ失敗したのだろう?
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