エサオマントッタベツ

エサオマントッタベツ~神威岳

○1990年5月4日

○高野(男1名)

○コースタイム

04:30 帯広

05:20 戸蔦別林道車止め(大正の沢砂防ダム)

08:00 Co1670m主稜線

10:00 エサオマントッタベツ岳頂上(P1902m)

10:30 〃発

12:30 力ムイ岳頂上(P1756m)

14:20 車止め

戸蔦別林道の大正の沢砂防ダム横に車を置き霧雨の中カムイ北東尾根に取り付く。

例年になく雪が少なくCo800m付近までクマザサを掻き分けての急登である。

ゴールデンウィークとあって、先客のトレースがあるが下山したパーティーによってキックステップの跡が崩れ固まってるため、登りにくいが大いに助かる。

Co1300m付近まで登ると雲から飛出すといった感じで、視界がパッと開け太陽かまぶしい。

下界はすっぽり雲海の中に沈んでいる、

木々の間に間に目指すカムイ、エサオマン頂きが見え隠れし、心も弾みピッチも上り稜線に出る。

Co1300m程から上の高い山々だけが雲海から顔を浮かべ、燦々と輝く太陽の光を浴び輝いて見える壮快な光景の中、エサオマンの稜線を進む。

東側に雪庇が大きく張り一71一出し、所々大きく口を開け切れ落ちている。

雪庇を避けると雪も腐り、スポスポとぬかり出すが、目の前に広がる日高山脈とエサオマンの頂きに魅せられ疲れも苦労も少しも湧いてこない。

北、北東カールにはさまれた急峻な稜線をアイゼン・ピッケルをきかしながら頂上に立つ、

ヤッホー!ヤッホー!雲海に浮かぶ日高山脈。

南にカムエク、ペテガリ……北に幌尻、ピパイロ………ベリー!ベリーグー!

30分程山々に酔いしれてエサオマンにお別れ。

あんなに近くに見えていたはずなのに、帰りのカムイはさすがに遠く見える。

カムイは止めようかなと頭をよぎるが、せっかく此処まで来たのにと我に戻りカムイ岳に立つ。

真黒に日焼して、雲につつまれた下界の車止めに一気に下山。

(茶房多種No.145記録・高野)

エサオマン~十勝幌尻岳

(カムイ北東尾根~主稜線~札内分岐~十勝幌尻夏尾根)

○1995年5月3日~5日

○L大沼 穂積 岩本(男1名女2名)

○コースタイム

3日

05:15 車止め(採石場)

05:40 北東尾根取り付き

10:50~11:20 カムイ北東尾根頭

13:55 Co1630m(C1)

4日

08:00 C1

09:30 エサオマン頂上(P1902m)

10:25 札内分岐(Co1869m)

13:00 札内岳頂上(P1896m)

14:35 Co1580m(C2)

5日

05:40 C2

07:10 Co1710m

08:55~09:00 十勝幌尻岳頂上(P1846m)

11:50 夏尾根登山口(林道終点)

12:15 戸蔦別林道の幌後橋

3日 3年続けてGWに北東尾根を登った。

一昨年は車をびれい橋に置き、去年と今年はその先の採石場まで車で行った。

今年の林道は落石がひどかった。

エサオマントッタベツ沢への林道分岐の手前で、一辺が2mはあろうかと思われる巨石を筆頭に多数の岩が林道上に山になっていた。

沢シーズンまでにこれらの岩は始末されるのだろうか。

北東尾根取り付きには今年も雪はなく、踏み跡ができていた。

雪が出てきたのはCo900m位だろうか。帯労別PのナメワッカPと一緒になって7人で北東尾根をワイワイガヤガヤ登ったのは結構楽しかった。

雪は稜線上も含めて土ぼこりをかぶったように茶色つぼかった。

いわゆる馬ふん風がこの奥の山まで吹くのか、中国の黄砂が飛んでくるのか。カムイ岳方向の稜線から雪庇が崩れ落ちるのが見えた。

雪庇には気をつけよう。

気温が上がったせいか稜線の雪はぬかってひどかった。

ワカンを履いたが、効果があるようにも思えなかった。

稜線から見える山肌は、雪の間から現れているハイマヅがまるでシミのように見える。

14時少し前にCo1630m付近に着き、そこをC1とした。

エサオマンから下ってくる登山者が見えたが、なかなか降りてこなかった。

ようやく降りてきた2人は、勝ポロから縦走してきたという。

雪の状態が悪くかなり苦労して降りてきたらしい。汗がふきでていた。

夜になって風が吹き出してきた。

みぞれのようなものがテントにあたる音を聞きながら眠った。

4日 朝3時、目覚まし時計で目が覚めた。

外はまだ暗く風も強い。「どうしょうか」と言って皆でまた寝てしまった。

次に起きたのは5時半。風は相変わらず強いが出発することにした。

ナメワッカPは私たちより30分早く出発した。

朝で気温も高くないせいか雪がしまりアイゼンがよくきいた。昨日とは大違いだ。

エサオマン山頂付近は夏道を歩いた。つまり雪がなかったのだ。

残念ながらエサオマンではガスがかかってまわりの山々が見えなかった。風も強く、何度も耐風姿勢をとらなければならなかったし、足をすくわれかけた事もあった。

札内分岐ではナメワッカPがそこで停滞するということで防風、整地をしている最中だった。

私たちは大沼さんの経験によると札内方向は主稜線より風が弱いということで予定通り札内岳に向かって進んだ。

途中、カムエクなども見え、風も今までより弱くなったようだ。

前日の登山者の足跡と思われる穴が点々と続いていた。私たちは稜線に穴をあけることもなく歩けてラッキーだった。

札内岳には意外なほどあっけなく着いた。札内岳頂上には他のパーティーがいたようだったが、登ってきた道を帰っていったようだった。札内岳からの下りは急だった。

次のピークに登る途中、振り返ったとき、ずいぶん急な所を下ってきたものだと感心してしまった。

C2はCo1586mから次のピークへ行く途中にした。

カムエクが見えた。テントの中では大沼さんが持ってきた携帯電話で、帯広、広尾、音更、横浜と電話をかけまくった。電話は便利だ。

この夜も風が吹いた。前夜よりも強いのではないかと思われるくらいだった。

5日 朝は予定通りに起きて出発した。

風はやっぱり吹いているし、時々雪も降ったが、歩きやすい雪で行程もはかどった。

ずいぶんきつい登りもあったのに勝ボロにもすぐに着いてしまった感じだ。

長い稜線と聞いていたので本当に拍子抜けの感じだった。

勝ボロを下り始めると天気が良くなってきなヘアイゼンにも雪だんごが付くようになって、アイゼンをはずし、時々埋まりながら下りた。

車の関係で北に伸びる尾根を下りようとしたが、結局夏尾根を下った。

そしてそれが正解だったと雪がなくなってから言い合った。

大沼さんは雪がなくなるあたりで車を取りに一足先に下りた。おかげで穂積さんと私はマメのできた足で長い林道歩きをしなくてすんだ。

大沼さんありがとう。ちなみに、大沼さんの足にも大きなマメができていた。

下山すると上空は青空が広がり暖かかった。

ナメワッカPもきっと良い天気に恵まれて山の景色を楽しんでいるだろうと思ったが、あとから聞くと天気はずっと悪かったとか。

山の天気はわからない。

(茶房多種No.203記録・岩本)